短編「梁を繞って」を投稿させて頂いた。こちらは、祐里様の企画への参加作であり、指定されたテーマは「キャンセル」となっている。
【参加作】
https://kakuyomu.jp/works/822139843952121146/episodes/822139843952263707【企画ページ】
https://kakuyomu.jp/user_events/822139842309378240仕様上、タイトルにフリガナを振ることはできないが「はりをめぐって」と読む。脚注にも記載した通り、これは故事成語「余韻繞梁」からの借用であり、主たる参考文献である『梁塵秘抄』と対を成すため、加えて、通奏的に扱われるデリダのアーカイブ概念に対応するために選択された。
当作執筆時、僕は個人的経験を契機として公共性の概念に関心を持っていた。このため、作中にはいくつか関連した問題意識が織り込まれている。執筆に当たっては、本文内に引用されたデリダと山本七平だけでなく、複数の関連書籍を読んでいるが、参考文献には列挙しなかった。これはあくまで一万字の短編小説であり、僕は哲学論文や政治批評を書いているわけではない。
紹介文の内容を繰り返すが、当作は、類似業務の取材と実体験を織り交ぜて書かれている。しかし、作中の言動はあくまで架空のものだ。また、当作中の記述がそのまま筆者の政治的主張であるわけでもない。それらは会話文および一人称の独白として相対化されているつもりだ。現実はつねに複雑だ。僕の作品を過去に読んでくれた方々であれば、理解してくれると信じたい。
なお、投稿と同時に当作をカクヨムコンの円城塔賞へとエントリーすることも検討した。しかし、当作は、あくまでXで僕と直接言葉を交わしてくれた祐里様に宛てたものだ。政治的にも万人向けではない題材を含んでいる。加えて、僕は今まで読者投票のある賞を避けてきた。よって、今回も現時点では応募していない。もし、エントリーすべきだという応援のお言葉があれば──あるいはそれ以外であっても、ご意見を頂ければ幸いだ。
繰り返すが、誰にでも受け入れられる作品だとは思っていない。それでも、本作に記された言葉たちが、僕の知らない誰かの脳内に残り、神経細胞の梁を繞って、余韻となることを願っている。
二〇二六年一月三十日、通勤電車にて