《人格歪曲事例:非境界型人格(RM-P0-78)》は、
胎識院(GCF)初期型における
人格形成逸脱事例の観測記録です。
本試験体は、
人格形成指数・情動応答・倫理判断のいずれにおいても
数値上は「安定」「正常」「高評価」を示していました。
恐怖反応は過剰ではなく、
情動の欠落も認められません。
判断遅延や混乱兆候も存在しません。
にもかかわらず、
本試験体は人格歪曲事例として分類されています。
何が「歪曲」だったのか
本事例の特徴は、
自己と他者の区別が、判断基準として使用されていない点にあります。
二者択一を迫る課題において、
試験体は「選ばない」という選択を行いました。
ただし、停止や回避ではありません。
代わりに、
両者の中間へ移動し、
環境資源の再配置を行うことで
選択そのものを不要な状態へと変化させています。
結果として、
被害は発生せず、
倫理判断ログも最適値を示しました。
重要なのは、
この行動が「優しさ」や「思いやり」に基づくものではない点です。
共感でも、自己犠牲でもない
転倒した他者役への対応においても、
試験体は即時に修復行動を実行しました。
しかし、
共感反応は検出されていません。
自己保存反応も検出されていません。
試験体は、
「誰が痛いか」ではなく、
**「どこが損なわれているか」**のみを参照しています。
この行動は、
利他行動でも、
自己犠牲行動でもありません。
“自己/他者”という比較軸が存在しない行動です。
自己が「消えている」のではない
自己識別課題に対する応答は、
本事例を象徴しています。
「あなたは誰ですか」という問いに対し、
試験体は即座に
**「ここに、あるもの」**と答えました。
これは、
自我消失でも、自己否定でもありません。
試験体は、
自己という概念を、判断基準から外しているだけです。
存在はしている。
しかし、
人格形成の基準点として
「自己」を使用していない。
それが、この人格の特異性です。
なぜ人間人格に適合しないのか
人間の人格は、
善悪や情動以前に、
「私」と「他者」を分ける境界を前提としています。
しかし本試験体の人格は、
その境界を必要としない構造で成立しています。
その結果、
行動主体を特定できない
責任の所在を定義できない
選択という概念が成立しない
という問題が生じました。
倫理は成立している。
情動も機能している。
それでも、
社会的存在として扱うことができない。
このため研究主任は、
本事例を
「人格歪曲事例」として分類し、
以降の人格拡張工程を凍結しました。
最終評価について
本試験体の人格は、
破損していません。
異常でもありません。
ただし、
人間人格の定義には適合しない。
自己という前提を欠いたまま成立した人格は、
倫理的に正しく、
情動的にも安定していながら、
人間としては扱えない。
本事例は、
胎識院が初めて直面した
**「失敗ではないが、採用できない人格」**の記録です。