地の底に棲むもの(ちのそこにすむもの)
はるか昔、
人がまだ大地の声を恐れていた時代――
山の下、岩と闇のさらに奥に、
名を持たぬ魔が棲んでいたという。
その存在は、姿を見せることはほとんどない。
ただ、夜になると地の奥から
呼ぶような声が聞こえた。
迷った旅人。
欲に目が曇った者。
悲しみを抱え、居場所を失った者。
彼らは皆、
「地面が口を開いた」と語り、
二度と戻ることはなかった。
村人たちはそれを
「地喰らい(つちぐらい)」と呼んだ。
それは人を喰うのではない。
人の“存在”を奪うのだという。
連れ去られた者の名前は、
やがて誰の記憶からも消える。
まるで、最初から
この世に存在しなかったかのように。
古い石碑には、
こう刻まれている。
「地の底を見るな
名を呼ぶ声に応えるな
もし振り返ったなら
お前は、もう“こちら側”ではない」
今も、
人の足が届かぬ地下深くで、
それは静かに待っている。
次に、
名を失う者が
現れるのを。
