2000年代から10年代後半にかけて、インターネット上で巨大な勢力圏を築いていたのが、2ちゃんねるを始めとする匿名掲示板。近頃はSNSなどの隆盛によって以前ほどの影響力はなくなったが、それでも一定の世代にとっては匿名掲示板の書き込みが血肉になっている。一度もアクセスしたことはないという人も最近は多いだろうが、そんな人たちでも匿名掲示板が生み出したミームを知らず知らずのうちに受け取っていたりすることもある。
 というわけで、今回はそんな匿名掲示板のスレッドが登場する小説をピックアップ。ファンタジー世界の悪役になったので組織の行動方針をスレッドで相談する集団や、主人であるお嬢様が婚約破棄されたことをネタにスレを立てるカス執事。ダンジョン運営の方針を安価で決めようとするダンジョンマスター。オカルト板に立った相談スレに顔を見せる怪しいコテハンなど、匿名掲示板の文化にどっぷり染まった人たちが主人公。匿名掲示板のオブラートに一切包まない暴言交じりのやり取りからしか得られない栄養がここにある!

ピックアップ

巨悪たちは掲示板に集う

  • ★★★ Excellent!!!

 300年前に魔王が斃れすっかり平和が訪れた世界に転生した現代人たち。ある日神によって、そんな彼らに命令が下される。その内容とはこの平和ボケした世界を盛り上げるべく魔王に続く新たな巨悪となれというもの。しかも最終的にはわざと敗北して勧善懲悪を成り立たせなければいけないのだ!

 こんなろくでもないミッションを進めるために神から与えられたのが、仲間内で情報交換をするための匿名掲示板のスレッド。しかし、異世界にはインターネットもスマホもないので、スレッドはそれぞれの脳内で直接展開される。うーん、この。

 脳内掲示板では匿名掲示板特有の軽いノリで話している彼らだが、悪役なので実際の行動は平気で人を殺したり、新たなモンスターを作る実験台にしたりとかなり邪悪。物語は現地人の視点も交えて繰り広げられ、掲示板でバカな話ばかりしている主人公たちが、現地側の視点からでは正体不明の恐ろしい集団として描かれるギャップがすさまじい。

 また、主人公たちは自分たちが敗北するために、自作自演で敵となる勇者を育てようとするのだが、所詮は匿名掲示板に集まった烏合の衆。中には流れを無視して勇者を始末しようとしたりする者が現れたりと、一筋縄ではいかないストーリーも面白い。掲示板の馬鹿馬鹿しいやりとりと、異世界で暗躍する悪役たちによるシリアスな物語という、全く異なる二つの要素を同時に楽しめる異色のファンタジーだ。


(「掲示板に集まる人たち」4選/文=柿崎憲)

この護衛ちょっとカスすぎる……

  • ★★★ Excellent!!!

 無実の罪で王子から婚約破棄された貴族令嬢。だが彼女に付き従う執事兼護衛の主人公はこの事件の真相にいち早く気づく……。というのは悪役令嬢ものの王道のパターンだが、本作はその執事が冤罪を解消するために動くわけでもなければ、令嬢をフォローするわけでもなく、この出来事をネタに掲示板にスレッドを立てるから酷い。

 お嬢様が深刻なことになっているにもかかわらず、自分はこのまま当主の執事になれるから問題ないとのたまって草を生やしまくる。当然他の住民からは大ブーイングの嵐なのだが、本人はそんなこと気にせず全方向を煽りまくるのだが、この筋の通ったカスっぷりがたまらない。想定外の事態にはキレ散らかし、いい流れに乗ればすぐ調子に乗ってスレで自慢するというわかりやすさも最高である。それでいて外面だけは良いため、気が付けば世間的には「忠義の僕」扱いされているのが面白い。

 全編掲示板の書き込みのみで構成されているが、書き込みの内容だけで作中で起きている出来事の状況から、登場人物の性格や関係性まではっきりと伝わってくる情報の取捨選択が上手く、何よりカスな主人公と掲示板住人のテンポの良いやり取りがたまらない。まとめスレとか好きな人には間違いなくおすすめな一作だ。


(「掲示板に集まる人たち」4選/文=柿崎憲)

ダンジョンの運営方針も世界の命運も全て安価で決まる……!

  • ★★★ Excellent!!!

 スレッドを立てた人間が、掲示板のレス番号(=アンカー)に従って行動を起こす「安価スレ」。普通だったら「今からコンビニ行くけど何か買ってくる?」ぐらいの軽い内容になるのだが、本作では突然ダンジョンマスターに任命された主人公が、自身のダンジョンの運営方針から、ダンジョン内のモンスターの種類、自分の装備や名前までをも安価で決めるという暴挙に出る!

 ダンジョンを運営するためのポイントはダンジョンのファンを増やすほど多く入ってくるため、運よく安価で指定された美少女の天使を使って、彼女の服装を安価で決めさせたり、きわどい写真で釣ったりと、こすい努力を繰り返して注目を集める過程が面白く、そうした貯まったポイントをやりくりするダンジョン運営がとても楽しい。どんなダンジョンになるかはやっぱり安価次第なのだけど……。

 また、実はダンジョンマスターに選ばれた主人公には人類の命運がかかったとんでもない責務が課されている。この前までただの一般人だった主人公がこの重圧に立ち向かう方法として選んだのはやはり安価……! 「世界を救うため」なんて壮大な理由ではなく、「安価スレを立てた人間の義務」として、自身の行動方針すら安価に委ねる姿は等身大でありながらかなりユニーク。そんな軽いようでちょっぴり重い彼と何も知らずに気楽に安価スレを楽しむスレッドの住人とのしょうもないやり取りが読んでて心地よい。


(「掲示板に集まる人たち」4選/文=柿崎憲)

オカルト板の相談スレには時々〝本物〟が現れる

  • ★★★ Excellent!!!

 怪奇現象に出くわした人がオカルト板に立てる相談スレ。物好きや冷やかしが集まるばかりと思いきや、実は本当に心霊現象のプロフェッショナルも姿を見せる。そして本作は、特殊な能力を持つ〝生き字引き〟と彼の知人である〝底辺作家〟というコテハン二人が、掲示板の書き込みを通じて、事件の真相を暴いていくオカルトミステリー。

 基本的に物語全編が全てスレッド内の書き込みだけで物語が展開されており、匿名掲示板の特有の軽いノリをメインにしながら、妙に書き込みの口調がぶっきらぼうな〝生き字引き〟とやたら語りたがりで事件に関係あるのかどうかわからないことまで解説していく〝底辺作家〟の二人のキャラが大変立っており、彼らと相談を持ちかけたスレ主、そしてオカ板住人のやり取りが軽妙で楽しく、また書き込みの合間合間に〝生き字引き〟と〝底辺作家〟のプライベートで付き合いが漏れ出ているのも凄くいい……!

 スレッド内で話を促して怪奇現象の内容を掘り下げていくうちに、当初想定されていた怪異の内容は二転三転していき、時には思わぬ結末に至るストーリー展開も大きな魅力。

 掲示板というフィルターを通しているため、通常のホラーより直接的な恐ろしさも弱まっており、ホラーが苦手という人もいかがでしょう?


(「掲示板に集まる人たち」4選/文=柿崎憲)