第13話:拳を重ね、反撃の狼煙を上げる


一瞬、耳を疑う言葉が過った。


「ソフィア……俺と一緒に、生き残る覚悟はあるか?」


その言葉に反応して、私はソウの顔を見上げた。


そこには、今まで影を纏っていた男とは思えないほどの覚悟と――そして、少しだけ肩の荷が下りたような、清々しい顔があった。



「……ソウ、それはどういう意味だよ……」



驚きを隠せないまま、私はソウにその意味を尋ねた。



「その前に……一言、謝らせてほしい」



ソウはそう言って、静かに息を吐いた。



「……俺は、君を無関係な一般人として扱い、君の気持ちを蔑ろにしていた。……済まない。だから……ここを生きて“2人”で出るために、力を貸してほしい。この通りだ」



そう言って頭を下げてきたソウは、少しばつの悪そうな顔をしていた。


そんな顔をされたら、私も怒る気も、悲しむ気持ちも、どこかへ失せてしまっていた。


私はただ、忘れてほしくなかっただけなんだ。


お前の過去に何があり、どんな大切なものを失ったかなんて、私は知らない。


それでも……お前自身がお前の命を蔑ろにしてほしくないと、私は思う。


きっとそこには、まだ語られていない物語の人たちの想いもあるはずだから。


私は目に溜まった涙を払い、掴んでいた手を離した。


そして、ソウの胸に軽く拳をぶつける。


「良いに決まってんだろう……馬鹿ソウ」


トスン――。


胸を叩かれたことに驚いたのか。


それとも、涙で腫れた私の目を見て驚いたのか。


どちらかは分からないが、ソウは少し苦笑いしたあと、意を決した表情で言ってきた。


「策はある……キルボックスを作る。そのために、ソフィア……君が必要だ」


「キルボックス……なるほどね。具体的には、どんな風に?」


「敵を一点に誘導して、最大火力を叩き込む。そのための場所を作る。現状、今の化物に唯一対処できるのが――コレなんだ」


そう言って、ソウは左腕を見せてきた。


そこには、さっきまでナノアーマーに覆われていた部分から、何か石のようなもの――いや、ダイヤモンドにも似た原石と、金色に輝く装飾が施されたブレスレット状のものが浮かび上がっていた。


「コレは……?」


雷霆遺環ディオス・ケラウノス……かつて、ゼウスの雷霆≪ケラウノス≫を模して、工匠ヘファイストスが人類に残した聖遺物≪オーパーツ≫だ」


ソウの声が、洞窟の静寂に低く響く。


「幸いなことに、この洞窟には地脈……いや、龍脈が通っている。そいつを俺の“霊子力”と組み合わせて、雷撃としてあの化物にぶちかます。ただ……3つ問題≪リスク≫がある」


「……3つの問題≪リスク≫」


その言葉に、私の額から一筋の汗が流れた。


同時に、喉の奥がごくりと鳴るのを感じた。


私の動揺を察しながらも、ソウは決してその瞳を逸らさなかった。


そして、指を1本ずつ立てながら説明してくれた。



「まず1つ目。見ての通り、俺は今、左手しかない。だから、アイギスを展開したまま器用に両方を同時発動することはできない」



2本目の指が立つ。



「2つ目。雷霆遺環ディオス・ケラウノスの発動には、身体にかなりの負荷がかかる。たぶん、隻腕の状態で無理に発動すれば、その反動で最悪……この左腕も持っていかれる可能性がある」


「なっ……」



思わず声が漏れた。


けれどソウは、そのまま3本目の指を立てる。



「そして……3つ目。これが1番重要なんだが……」



口ごもるソウの仕草で、私は察した。


きっと、この一言がお前の懸念なんだろう。


私の命に関わること。


お前が言った“覚悟”という言葉の意味は、そういうことなんだろ?



「なっ……何をすればいいんだ、私は!? 黙っていても分からないだろう!!」



相変わらずせっかちな性分だと分かっている。


それでも、知らずにはいられなかった。


ソウはもう一度深く息を吸い、目を閉じた。


何かを考えるような沈黙のあと、ゆっくりと口を開く。



雷霆遺環ディオス・ケラウノスは威力こそ強いが、その反面、溜めが長い。まして今回は、龍脈からエネルギーを吸い上げて、俺の“霊子力”と組み合わせる必要がある」



「どれくらい?」


「3分……いや、1分でいい。君に、その1分を稼いでほしい」


「つまり……囮か」


自分でその言葉を口にして、私は少しだけほっとしていた。


ソウがあまりにも神妙な顔をしているから、もっと複雑なことを言われるのかと思った。


でも、やっぱりお前は優しいヤツなんだと、内心で笑みがこぼれている自分に気づく。


それと同時に、2つ目のリスク――左腕まで持っていかれるかもしれないという言葉の方が、どうしても気になってしまった。


「それより!! 私が囮になることより、ソウの左腕の方が危ないんじゃないのかよ!!?」


「もちろん……“今の俺”1人で放てばの話だ」


ソウは、左腕に浮かぶ雷霆遺環ディオス・ケラウノスへ視線を落とした。


「だから……ソフィア。俺が合図したら、あの化物を引き寄せてほしい。指定した位置まで誘導して、そのあと俺の元へ戻る。最後に、君の両手で俺の左腕を支えてくれ」


「……左腕を?」


「ああ。出力の反動で腕が逸れれば、撃ち損じる。最悪、俺の腕が持っていかれる。だから、君に支えてほしい。危険な役目だ。断ってもいい。だが……君にしか頼めない」


なんだ。


その程度でいいのかと、安堵した。


それと同時に、私の悪い部分が働いた。


もしかしたら、これは言ったもん勝ちではないのかと。


「分かった……私、やるよ。ただ、その……私からも提案があるんだが……」


「……どうした?」


私が“わざと”俯きだしたので、ソウの顔が少し神妙になる。


それを確認した瞬間、私はこれをチャンスだと思い、行動に出た。


「私って、こんな任務とは関係ない“一般人”なんだろ? そんなか弱い女性に、命をかけろとか、力を貸してほしいとか、俺を支えろって言うなら……その、あ・と・は、男性として、ちゃんと責任ある行動を取ってくれるんだよな?」


一瞬、訳が分からないという顔をしていたソウだったが、私の言葉とニヤけた顔を見て意味を理解したのか、深くため息をついた。


「まったく……君という女性は、根っからの商売人だな……もちろん、できる限りの謝礼は払うつもりだが、俺にも限度って――ぷっはっ!? 何をする?」


ソウが最後まで言い切る前に、私はその口を手で塞いだ。


お前のことで呆れるのは、これで何回目だろう。


けれど、言葉で伝えないと分からないと思ったので、私ははっきりと言った。


「ソウ……お前って奴は、変なところで気が回るくせに、肝心なところで鈍感だな」


私はソウの口を押さえていた手をどかし、人差し指を1本立てて、ソウの目の前に突きつけた。


「まぁ、謝礼はちゃんと貰うし、車の修理もしてもらう。だけど……無事にここを出られたら、1つ。約束を聞いてもらうからな」


これにはソウも観念したのか、少しだけ肩をすくめた。


「……ふっ。できるだけの努力はしてみるよ」


渋々。


それでも、確かに笑ってくれた。


そう、それでいいんだ。


人生、どんなことがあるか分からない。


だから――。


私は、それをまた見たいと思った。


共に笑い合える奴と出会えたなら、とことんソイツと笑いたい。


それが私の性分なんだからさ。






♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎






私たちはその後、目の前に鎮座している黄金髑髏≪バケモノ≫をどう攻略するか話し合った。


キルボックスで、私が1分間、時間を稼ぐ。


正直、引き受けてみたはいいものの、きっと人生で1番長い1分間になると思った。


そんな時だった。


「ソフィア、これを着てくれ」


「お前の赤い外套≪マント≫? ……なんでだよ。私にはデカくて邪魔じゃないか!?」


正直、お前から借りているフード付きのアーミージャケットだけでも大きいのに。


きっと、そんな不満が顔に出ていたのだろう。


ソウは小さくまた息を吐き、説明してくれた。


「この赤い外套≪マント≫は、かつてとある“聖人”の遺骸を包んだ聖衣を核に、聖遺物≪オーパーツ≫として再加工したものだ」


「……聖人の、聖衣?」


「ああ。だから、あの咆哮のような怨嗟の概念は無効にしてくれる。それに、いざとなったら、こう叫ぶんだ。――《■■■■》と」


その話を聞いているだけで、やっぱりまだ事実を受け入れられない私がいた。


聖人。


聖衣。


聖遺物≪オーパーツ≫。


そんな言葉を聞くと、ますます昔、父さんから聞かされた御伽話を思い出してしまう。


でも、もう迷っている暇はない。


目の前の事実を受け入れて、行動するしかないんだ。


「ソフィア……俺が今からカウントダウンを始める。合図と同時にアイギスを解除する。君はそれを羽織って、囮になってくれ。分かった?」


その一言に、私は頷いた。


それと同時に、少しだけ笑みがこぼれてしまう。


それが不思議だったのか、ソウが聞いてきた。


「どうかしたか……ソフィア?」


「いや、ほらさ。まさか本当にこの子たちの出番が来るとは思っていなかったからさ」


「……ふっ。そうだな、前言撤回だ。確かに“使わないけど持っているだけで安全・安心”になるな」


そう言ってソウと私は、愛息子たち――《Glock 43X》と《Savage Lady Hunter》を見て、お互いに笑った。


そしてすぐに顔色を戻し、目の前の黄金の髑髏≪バケモノ≫を見据える。


一瞬、緊張が走りかけた。


その時、ソウが私の前に左手を拳にして、差し出した。



「死ぬなよ」



「お前もな。勝手に死んだら許さないからな」



ガツン、と拳をぶつけ合う。


その音が、湿った洞窟の中に短く響いた。


そして、ソウはカウントを始めた。


これが、私たちの戦いの狼煙となった。

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