第7話 町に上がる火の手

 いつも通りの昼飯時。この日も満席の店内を、アメリアは忙しく駆け回っていた。

 食事を終えた客を送り出し、テーブルを片付ける。店の外で待つ次の客を呼ぼうと、アメリアは店の扉を開けた。

 すると、待合客は皆一様に、怯えるように体を縮めていた。

 つい先ほど見たときは、日常の何気ない話をしたり、注文するメニューを決めたり、和気あいあいとしていたというのに。


「どうしたの?何が……」


 困惑しながらも皆が見ている方向に視線を向けたアメリアは、信じられない光景に言葉を失った。

 町の至るところで、真っ赤な炎が燃え盛っていたのだ。


「なに、これ……」


 そうつぶやくアメリアに、待合客の一人であるアルバが切羽詰まった様子で話しかけた。


「わからないの。さっき突然火の手が上がったと思ったら、他にも次々と……」


 アルバも混乱しているようで、その声には不安の色が浮かんでいる。

 アメリアの中に、過去の記憶が呼び起される。父と母を焼いた炎が、目の前で燃えているような錯覚を覚えた。

 頭が真っ白で何も考えられない。アメリアはただ立ち尽くした。


「『炎獄のヴァレリヤ』だ!!」


 店内から聞こえた声に、アメリアははっとして振り返る。それと同時に、先ほどまで食事をしていた冒険者たちが、店から勢いよく飛び出した。

 彼らの向かった先を見ると、一人の女性が歩いてくるのが見えた。

 露出が多く背の高いその女性は、腕を組んで不敵に笑っている。狼のような耳とふさふさの尻尾が、女性が魔族であることを示していた。


 『炎獄のヴァレリヤ』。いつだったか、冒険者が話しているのを聞いた覚えがある。魔王軍の元幹部だ。

 ヴァレリヤは束になって襲い掛かった冒険者を、羽虫でも払うかのように炎で払いのけた。

 ヴァレリヤは燃えるような赤い髪をかき上げ、「ハッ!」と馬鹿にしたように笑い声を上げる。


「この程度の力で、アタシに勝てると思ったのかぁ?ザコどもが!」


 ヴァレリヤはそう言うと、店に向かってつかつかと歩いてくる。ヴァレリヤの背後から冒険者たちが飛びかかるが、ヴァレリヤは尻尾の一振りで巨大な炎を巻き起こし、冒険者たちを一蹴した。

 強い熱気と風圧に、アメリアは恐怖で座り込んでしまった。

 ヴァレリヤは店の前で足を止めると、アメリアと待合客には目もくれず、店の外観をまじまじと眺めた。


「気配はするんだけどな……。こん中かぁ?うまいこと隠れやがって。まあ、壊しゃわかるか」


 ヴァレリヤが店に向かって手を伸ばす。その手に集まる炎を見て、ヴァレリヤが店を壊そうとしていることをアメリアは察した。

 アメリアは考える前に、ヴァレリヤの前に立ちふさがっていた。足が震え、奥歯はカタカタと音を立てている。


「あぁ?なんだテメェ」


 ヴァレリヤのつり上がった金色の瞳がアメリアを睨む。アメリアは恐怖に竦み上がるが、逃げようとはしなかった。


「や、やめて、ください……」


 アメリアは震える声でそう絞り出した。つぶやくような声はヴァレリヤに届かないかと思ったが、どうやら聞き取れているようだ。ヴァレリヤはアメリアを見下し、鼻で笑った。


「バカか!やめてって言われて止めんなら、最初からしねーんだよ!」


 ヴァレリヤに集まる炎が大きくなる。アメリアは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、そこをどこうとはしなかった。


(この店だけは守らなきゃ……。お父さんとお母さんが残してくれた、キーラが立て直してくれた、大切な店だから……!)


 ヴァレリヤの手から炎が放たれる。アメリアは衝撃を覚悟し、固く目を閉じた。

 その瞬間、ひやりと冷たい空気が足を撫でた。

 冷気は全身に広がり、アメリアは寒さにぎょっとする。驚いて目を開くと、町中を焼いていた炎は見る影もなく、代わりに氷の世界が一面に広がっていた。

 アメリアはふと、隣に誰かが立っていることに気づいた。

 その隣の人物を見て、ヴァレリヤはにやりと口の端を吊り上げた。


「やぁっぱ、ここにいやがったか。探したぜぇ、キリル」


 その言葉を聞いて、地面に転がっている冒険者の一人が顔を上げた。


「キリル……『氷槍のキリル』か!?」


 アメリアが隣の人物に目を向ける。そこには一切感情を感じない、凍えるような瞳のキーラが立っていた。

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