第5話 あの日の炎

「おーいアメリア!今日も持ってきたぞー」


 夕飯時の前、客のいない店の中に、筋肉隆々の中年男性が入ってくる。角刈りが似合い、程よく日に焼けたその男性は、牛乳の仕入れ先のトーマスだ。

 トーマスはアメリアの父の代からの取引先であり、父の友人だった。父が亡くなった今でも、こうして毎日牛乳を運んできてくれる。


「ありがとう!トーマスさん」


 アメリアが駆け寄るよりも早く、トーマスは牛乳を貯蔵庫に運び入れる。アメリアが手伝おうとしても、トーマスは「重いから」と全て運んでくれた。


 厨房で仕込みをしていたキーラが、「ちょっと休憩しよ~」と飲み物を持って現れる。アメリアとトーマス、キーラはテーブルを囲んで椅子に腰かけた。絞ったレモンに蜂蜜を混ぜたジュースは、甘酸っぱくて昼の疲れを癒やすのにちょうどいい。

 トーマスは喉が渇いていたのか、ジュースを一気に飲み干した。「カーッ!」と気持ちのいい声に、アメリアが用意したわけでもないのに嬉しくなる。


「そういえば」


 トーマスが妙に真剣な表情で、テーブルに肘をかけた。


「最近ここいらに魔族が出るって言うじゃねーか。しかも幹部クラスときた」


 トーマスの言葉に、アメリアはジュースを飲む手を止める。この間来た冒険者もそう言っていたし、町に来る冒険者の数は日に日に増えている。本当に魔族が町に来るのではないかと、アメリアは不安を抱えていた。

 この店には既にキーラという魔族がいるが、キーラ曰く、「僕は魔族でも特殊な方」らしい。他の魔族が、キーラのように無害だとは思わない方がいいだろう。


「うん……。心配だね」

「心配で済めばいいんだが……」


 トーマスが眉間に深いしわを作る。その表情に、この町以外で既に何かが起こったのだと、アメリアは察した。


「ここより北の町が、既に魔族にやられたらしい。家も住民も、ほとんどが燃やされちまったって話だ」

「そんな……」


 あまりに恐ろしい話に、アメリアのジュースを持つ手に力がこもる。キーラも悲しそうに眉尻を下げていた。

 黙ってしまったアメリアとキーラに、トーマスも苦々しい顔で腕を組んだ。


「炎の魔族が来てるんじゃ、余計に警戒しちまうよな……」


 トーマスのその言葉に、キーラがジュースをテーブルに置いて首を傾げた。


「どうして?炎を使う魔族と何かあったの?」


 キーラの問いに、トーマスは慌てたように言い淀む。トーマスは窺うように、アメリアに視線を向けた。

 その視線の意図を理解し、アメリアは少しだけ悩んだ。この話を、キーラにしてもいいのだろうか。というのも、魔族に対して悲観的な話になるからだ。

 しかしいつまでも隠すことはできない。アメリアはトーマスに視線を返し、小さくうなずいた。

 トーマスは少し心配そうにアメリアを見たが、うなずき返してキーラへと視線を移した。


「実はな……。戦争が終わる前に、この町は一回魔族に襲われてるんだ。その魔族が、炎の使い手だった。アメリアの両親は、そのとき亡くなっちまってな……」


 一部始終を話すトーマスの言葉を、アメリアはどこか遠くの物語のように聞いていた。


 両親を失ったときのことは、あまり思い出したくはない。気持ちが沈んで、底なし沼に落ちていくような感覚がするからだ。

 話してみると大したことではない。両親の仕入れについて行ったある日、突然空から魔族が現れ、火の粉をまき散らした。戦争中はよくあることだった。

 両親は火の粉からアメリアを守り、命を落とした。全身に火傷を負い、面影を失った両親の姿を、アメリアは今でも夢に見ることがある。

 店は奇跡的に無事だった。もしかしたら、店内に誰もいなかったから攻撃を免れたのかもしれない。


 あんなことがもう一度起こるかもしれない。そう思うと、アメリアの指先は小さく震え出した。

 キーラのことは信用している。けれどもやはり、魔族に対する恐怖心はなくならなかった。

 話を聞いたキーラは、辛そうに眉根を寄せて俯いた。


「そう……だったんだね」


 その反応を見て、キーラを魔族だと思う人はいないだろう。キーラのグラスを握る手に、力が入っているのがわかる。


「辛い話をさせちゃって、ごめんね」


 キーラはアメリアとトーマスに目を向け、そう言った。

 アメリアは少しほっとした。この話に、キーラを批判するような意図はない。けれどもしかしたら、キーラとの関係に亀裂が入ってしまうのではないかと思っていたのだ。


(キーラが、痛みがわかる人で良かった)


 人というのは正確ではないが、アメリアは心が温まるのを感じた。いつの間にか、指の震えも治まっている。

 トーマスは重たい空気を切るように、「よしっ!」と勢いよく立ち上がった。


「辛気臭ぇ話して悪かったな!とにかく、お前たちも気をつけろよ!」

「トーマスさんも、気を付けてね」


 アメリアがそう言うと、トーマスは白い歯を見せてニカッと笑う。そして鍛え上げた腕を振り、颯爽と店を後にした。

 キーラと二人きりになったアメリアは、ジュースを飲み干して切り替えるように頬を叩いた。


(気にしてもしょうがないし、今やるべきことに集中しよう!)


「アメリア」


 アメリアが向くと、キーラは空になったグラスを握りしめて目を伏せていた。


「アメリアは……。魔族に両親を殺されたのに、魔族の僕を助けてくれたの……?」

「え?うん……」


 キーラの不安げな表情が気になりつつ、アメリアは正直にうなずく。キーラは寂しそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。


「……そっか」


 キーラは立ち上がり、空いたグラスを盆にのせた。そしてアメリアの方を向き、穏やかな笑顔で微笑む。


「もし魔族が来ても、アメリアとお店は僕が守るからね。大丈夫。僕、こう見えて結構強いんだよ~」


 キーラはそう言って、はにかむように微笑んだ。

 正直、キーラはあまり強そうには見えない。けれど安心させようとするその言葉が、アメリアはすごく嬉しかった。

 キーラがいたら、本当に何とかなる気がする。何の根拠もないのに不思議とそんな気がした。

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