第4話 魔族の噂
今日もアメリアはいつも通り、満席の店内で忙しく歩き回る。
しかし店内の様子は、いつもと少し様子が違っていた。
(なんか、冒険者が多い?)
最近めっきり来なくなっていた、冒険者の姿をちらほら見かける。魔王は討伐されたというのに、一体この町に用があるのだろうか。
同じことを思ったのか、店の常連である女性、アルバがアメリアに話しかけてきた。
「ねえ、アメリアちゃん。今日はどうしてこんなに冒険者が多いのかしら。こんなむさ苦しい店内久しぶりじゃない?」
「そうですねぇ……」
むさ苦しいとはアメリアはあまり思わないが、冒険者には男性が多く、熱気がすごいのは確かだ。
町に何かあったのなら不安なことだが、アメリアはそれ以上に、キーラの正体がばれてしまうのではないかと気が気ではなかった。
キーラは基本的に、厨房から出てこない。たまにアメリアの手が空いていないときに、配膳を手伝う程度だ。帽子を被っているし、一見すると人間に見えるだろう。
とはいえ、魔導士の中には探知魔法という、魔族を見つけられる魔法を持つ者もいるという。今のところ魔導士は見ていないが、油断はできない。
そのとき、アルバの近くに座っている男性が、アメリアの方へ振り返った。
「知らねぇのかぁ?この辺に魔王軍の残党が出るって噂があんだよ」
馬鹿にしたような言い方に、アメリアは少しムッとする。しかし騒ぎにならないよう、「そうなんですね~」と笑って返した。
斧を持った、戦士と思われる冒険者の男性は、得意げな顔で話し続ける。
「しかもただの残党じゃないぜ?『炎獄のヴァレリヤ』に『氷槍のキリル』。幹部クラスが出るっていうじゃねーか!こいつらを倒せば、オレたちの評判もうなぎ登りだ!」
冒険者は上機嫌にそう言う。しかしアメリアは、申し訳ないが彼に幹部クラスが倒せるとは思わなかった。
アメリアは幼いころから、この場所で多くの冒険者を見てきた。そのうちに、だんだんと冒険者のレベルがわかるようになっていったのだ。
幹部と戦えるレベルの冒険者の中に、自分の評判のために魔族を追う者は一人もいなかった。仲間のため、家族のため、皆のために、危険を顧みずに戦いに行くのだ。
アルバも、この町で冒険者を支え続けていた一人だ。アメリアと同じ感想を抱いたのだろう。呆れたようにため息をついた。
その態度が気に入らなかったのだろう。男性は椅子から立ち上がり、アルバの元に大股で歩いてきた。
「オイ、笑ってんじゃねーぞババア!」
アメリアは咄嗟に、男性とアルバの間に入った。男性は苛立ちを隠そうともせずアメリアを見下ろす。
「引っ込んでろクソアマ!」
「申し訳ありません。他のお客様のご迷惑になりますので……」
「知るか!どけよ!!」
青年は強い力でアメリアの肩を突き飛ばした。アメリアは体勢を崩し、床に倒れ込む。すぐに起き上がろうとしたが、手首に少し痛みが走った。捻ってしまったのかもしれない。
アメリアが青年に視線を戻すと、青年がアルバの胸元の服を掴んでいた。
(危ない……!)
アメリアは再び立ち上がろうとした。そのときだった。
青年が元々座っていたテーブルから、ガシャンと大きな音が響く。驚いて音の方を見ると、キーラが冒険者のテーブルに、出来立てのスープを置いたようだった。
青年も音に驚いたのか、アルバの胸倉を掴んだままキーラの方を振り返る。
「んだテメェ!うるせぇ……」
「レインボーフィッシュのスープでございます。ぜひ、お早めにお召し上がりください。でないと……」
そう言ったキーラの声は、一瞬誰かわからないほど淡々としていた。感情を感じない無機質な声に、アメリアの背中がぞくりと震える。
キーラが静かに青年を見る。いつも穏やかな紫の瞳は、凍るように冷たかった。
「……冷めてしまいますから」
その声の冷たさは、言葉で言い表しようがないほど恐ろしかった。
怒ってるようでもなく、無関心なようでもない。ただ冷ややかに、足元から凍っていくような感覚。
得も言われぬ恐怖に、アメリアは指先一つ動かすことができなかった。
青年は圧倒されたように口をパクパクさせ、アルバから手を離した。そして操られたかのようによろよろと歩き、元居た椅子に倒れるように腰かける。青年は青い顔で俯き、それ以上騒ぎ立てることはなかった。
キーラは踵を返し、アメリアに向かって歩いてくる。不安が渦巻き、アメリアは咄嗟に目を閉じた。
「アメリア、大丈夫~?」
聞き慣れた朗らかな声に、アメリアは恐る恐る目を開ける。そこには柔らかな瞳を、心配そうに細めるキーラがいた。
キーラはアメリアの手を取り、手首を優しくさする。
「少し痛めちゃったかな。重いものは僕が持つから、無理しないでね~」
触れられた人肌の温かさに、アメリアの恐怖が少しずつ薄れていく。いつも通りのキーラの様子に、先ほどの冷たさは見間違いだったのではないかとアメリアは思った。
落ち着いたアメリアは、キーラの手を借りてゆっくり立ち上がる。幸い手首は腫れた様子もなく、極端に重いものでなければ問題なく持てそうだ。
その後は何事もなく、穏やかに閉店時間を迎えた。キーラは至っていつも通りで、あの冷ややかな様子はやはり幻だったとしか思えない。
(気のせい……だよね)
きっと動揺のあまり、恐ろしく見えてしまっただけだろう。食べ物を恵まれただけで泣き出すようなキーラが、凄むことなどできるわけがない。
アメリアはそう思い、痛みの引いた手首をさすりながら明日の仕込みに取り掛かった。
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