第3話 『ゆきだるま』ができるまで

「お店を立て直す手伝いをさせてくれないかな?」


 廃棄予定だった食材を全て使い、青年に料理を提供した後、アメリアは青年に「お代はいらない」と伝えた。理由は青年が代金を用意するまで、店を存続できない可能性があるからだ。

 そして青年が提案したのが冒頭の言葉だ。青年は「こんなに良くしてもらったんだから、ほんの少しでも力になりたい」と言う。それが魔族の常識なのか、青年の性格なのかはわからないが、人間よりよほど律儀だとアメリアは思った。


 最初アメリアは、青年の提案を断った。魔族に長く関わることに、まだ多少の恐怖があったからだ。

 しかしどうしてもという青年の圧力に押され、承諾してしまった。押しに弱いのは、アメリアの良くないところである。


 アメリアはまず、青年にメニューを見てもらった。料理の絵が描かれたメニュー表は、「とっても見やすいし、おいしそうだね!」と青年には好評だった。


「若い男性向けが多いのかな?お肉がたっぷりで力が湧きそうだよね~」


 青年の言葉に、アメリアははっとする。確かにこの店のメニューは、冒険者向けに作られていた。

 今のこの町に多いのは、子供がいる家族だ。女性や子供が食べるには、重たいメニューが多い。


(客層と料理が合ってないのかも……)


 アメリアの心に希望が湧き起こる。まだ改善する余地はある。店を畳むのはまだ早いと思えた。

 とはいえ、料理の方向性を変えすぎてしまうと、数少ない常連客も失ってしまう。アメリアは父の味を守りつつ、家族が喜んでくれるメニューを考えることにした。

 青年もたくさんの案を出してくれた。「みんなで分け合える料理はどうかな」「これを入れるとお肌がきれいになるから、女性にいいかも」など、とにかく思いつくままに案を出し合った。


「子供が食べたくなるようなお菓子があるといいかも」


 アメリアがそう言うと、青年も大きくうなずく。


「食べたい!っていう気持ちは、子供の方が強そうだもんね~」


 そうは言っても、アメリアはお菓子という分野に明るくなかった。ありきたりなものしか浮かばず、頭を抱えてうんうんと唸る。


「この店の雰囲気を崩さないお菓子ってなんだろう……」


 おしゃれすぎると手が出しづらい。普通すぎると“この店”を選ぶ意味がない。

 そもそもこの店らしいとは何か。考えすぎて頭が爆発しそうだった。

 そのとき、青年がメニュー表を見てぽつりとつぶやいた。


「雪だるま……」


 青年が見ていたのは、メニュー表の一番上に書かれた店名のようだ。それがどうしたのだろうと、アメリアは首を傾げる。

 すると、青年が突然目を輝かせて立ち上がった。


「そうだ!雪だるまだよ!」

「……へ?」


 青年の言いたいことが分からず、アメリアはぽかんと口を開ける。青年も説明に困っているようで、あわあわと手を彷徨さまよわせている。


「ええっと……。ねえ、牛乳ってあるかな?」

「加工前の?なくはないけど……」


 アメリアは青年を、厨房から直接入れる貯蔵庫に案内した。ここはその日使う食材を置くための蔵だ。厨房内より少し気温が低く、すぐに使いたいが傷みやすい食材を置くのに適している。

 牛乳は朝夕二回、父の友人だったトーマスが採れたてを運んできてくれる。余った牛乳はその日のうちにチーズにしてしまうが、今日はまだ閉店後の作業をしておらず、加工前の状態で置いてあった。


 青年は牛乳を器に入れ、さらにそこに蜂蜜を加える。均一になるまで根気よく混ぜようとしていたので、アメリアが少しだけ牛乳を温めて混ぜやすくした。


「ちょっと離れてて~」


 牛乳と蜂蜜が完全に混ざると、青年はアメリアにそう声を掛けた。アメリアは言われた通り、青年から一歩距離を取る。

 すると、ヘラを持つ青年の手が、水色の光を発した。そしてヘラに触れている牛乳が、少しずつ凍り始めたのだ。

 そういえば店に入って来たとき、青年は「氷の魔法が使える」と言っていた気がする。きっとこれがその魔法なのだろう。

 青年は牛乳を凍らせながら混ぜ続ける。そのうちに、牛乳は滑らかなクリーム状に姿を変えていった。


(すごい……)


 アメリアは魔法のことを、「魔導士が武器の代わりに使う恐ろしいもの」だと思っていた。生活に根ざした便利な魔法もあると聞くが、アメリアの中では、以前町を襲った魔族が使っていた力という印象が大きい。

 魔法で料理ができるなど、アメリアは想像もしていなかった。


「こんなもんかな~」


 青年はヘラを置き、手のひらを上に向ける。青年の手が再び光り、手元に半円状に窪んだ氷の器が二つ現れた。

 青年は窪みの中に、クリーム状になった牛乳を入れる。二つの器を合わせ、小ぶりの皿の上で器を開くと、球状になった牛乳クリームが皿の上に転がった。


「これを三つ重ねたら雪だるまになると思ったんだけど……。どうかなぁ?」


 青年が可愛らしく首を傾ける。魔法の力に圧倒されていたアメリアは、青年の問いかけではっと我に返った。


「うん、すごい……。すごいよ……!」


 驚きと感動で、アメリアは「すごい」としか言うことができなかった。青年はそんなアメリアを見て、はにかむような笑みを浮かべた。


 とりあえず食べてみようと、アメリアと青年は丸くなった牛乳クリームにスプーンを入れる。口に含むと、それは柔らかく口の中で溶けていった。

 優しい甘みが口に広がる。疲れていた心と体を、優しく解きほぐすようだった。


「おいしいね!触感もいいし、見た目も可愛い!」


 アメリアが興奮気味にそう言うと、青年は照れたように後頭部を掻いた。

 確かにこれは子供が食べたがりそうだし、女性も好きそうだ。『雪だるま』という店名からも想像できて、他の店とも被らないだろう。


 しかしメニューに取り入れるなら、解決しなければならない問題があった。この国では、氷が貴重なのだ。

 氷が採れる北の地域は、元々魔族の領土だった。魔王が討たれ、人間が土地を獲得したとはいえ、まだ氷はほとんど流通していない。

 とてもしがない町民のアメリアが手に入れられるものではない。しかしだからこそ、この菓子の希少性は売りになる。これを安定して商品化するには――。

 数秒考え、アメリアは覚悟を決めた。


「……ここでは氷が貴重なの。私の力で、これを商品化するのは難しい」


 アメリアがそう言うと、青年は「そっか……」とあからさまに落ち込んだ声で俯いた。長い耳も、感情に連動するかのように垂れ下がっている。

 アメリアは青年の様子に構わず、「だから」と言葉を続けた。


「お願いです!この店で働いてください!!」


 アメリアはそう言って、青年に右手を差し出した。

 正直、まだ魔族が怖い気持ちはある。けれど青年の力がなければ、この菓子を作ることができない。

 それでもアメリアは、できるだけ多くの人に、この菓子を食べてもらいたかった。


 差し出した右手が小さく震える。青年の反応を見るのが怖くて、アメリアは頭を下げて目を閉じた。

 少しして、アメリアの手が温かく包まれる。顔を上げると、青年がアメリアの手を握り返していた。

 青年は少し気恥ずかしそうに、柔らかく微笑んだ。


「役に立てるかわかんないけど……。僕でよかったら、よろこんで」


 そう言った青年の手も、少しだけ震えていた。

 アメリアは青年の手をしっかりと握り、両手で包み込む。先ほどまで氷に触れていた手は、人間と変わらない熱を持っていた。


「ありがとう……!私、頑張って店を立て直すから!」


 アメリアが青年の手を掴んだまま、ぶんぶんと腕を上下に振る。青年はされるがまま、にこにこと笑っていた。


「私はアメリア!あなたは?」

「僕は、キ……」


 そこまで言って、青年は思い出したように口ごもった。青年は視線を彷徨わせ、ごまかすようにへらへらと笑う。


「キーラだよ。よろしくね」


 アメリアは少しだけ不思議に思ったが、あまり深くは考えなかった。人間と魔族では常識が違う。人間に名乗ってはいけない名前があるのかもしれない。


 アメリアとキーラは、この雪だるま型の菓子を更に良くしようと工夫を重ねた。三段では安定せず、配膳時に崩れてしまうからと二段にした。鼻や手を付けて、より雪だるまらしくした。

 商品名も案を出し合い、結局はそのまま『ゆきだるま』に落ち着いた。

 近所の子供たちに試食してもらったり、噂の伝達が早い女性たちの集まりに持ち込んだりして、アメリアは『ゆきだるま』の知名度を上げた。


 こうして大衆食堂『雪だるま』は、少しずつ客足を取り戻していったのだった。

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