第9話 この町の居場所

「……え?」


 冒険者に囲まれている状況に、アメリアは困惑した。

 キーラはヴァレリヤを追い払ってくれた。火事も鎮火してくれた。それなのに、冒険者たちはどうしてキーラに刃を向けているのだろうか。

 冒険者の一人がアメリアに目を向け、切羽詰まった様子で叫んだ。


「お嬢さん、逃げてください!早く!!」

「え?えぇ??」


 逃げる理由がわからず、アメリアは助けを求めるようにキーラを見る。

 キーラはいつもの穏やかな瞳で、自嘲気味に微笑んでいた。


「あー……。やっぱりこうなるよねぇ」


 キーラは落ちていた帽子を拾い、ぽんぽんと砂を払う。その帽子を簡単に畳むと、アメリアの手を取り帽子を載せた。


「アメリア、僕が協力できるのはここまでみたい」

「え……?」


 キーラはアメリアを見て、少し悲しそうに目を細めた。


「人と魔族に境界はないって言ったけど、それはあくまで僕の考えだから……。やっぱり、魔族は怖いものだよね」


 キーラは帽子越しに、アメリアの手を優しく握った。


「今までありがとう、アメリア。お店がんばってね!」


 明るい声でそう言うキーラは、笑っているのに、どこか寂しそうだった。

 アメリアはキーラの言葉を理解できなかった。言っている意味はわかるのに、頭が受け入れることを拒否していた。

 キーラの手がするりと離れていく。握り直そうとしたアメリアの手は、届かずに空を掴んだ。


「待ってキーラ……。キーラ!」


 キーラはアメリアに背を向けて歩き出す。聞こえているはずのアメリアの声は、キーラに届いていないようだった。

 アメリアの中に、キーラとの思い出が走馬灯のように蘇る。お腹を空かせて倒れたキーラ。ご飯を食べて泣いたキーラ。一緒にメニューを考えたキーラ。作り方を夜なべして覚えたキーラ。美味しいまかないを作るキーラ。アメリアの隣で、いつも笑ってくれたキーラ。

 いつの間にかアメリアの心は、キーラで埋め尽くされていた。キーラがそばにいてくれたら、それだけで幸せだった。


(そっか。私、キーラのこと……)


 今さら自分の気持ちに気付いても、もう遅い。キーラは歩き出してしまった。

 最後になるなら、せめてこの気持ちだけは。アメリアはキーラの背中に、もう一度手を伸ばそうとする。キーラが手に載せてくれた帽子は、再び地面に落ちた。


「待ちなさい!!」


 予想外の方向から聞こえた声に、アメリアは驚いて伸ばしかけた手を止める。キーラも目をぱちくりさせながら、足を止めて声の方を見ていた。

 そこには必死の形相のアルバが、仁王立ちで立っていた。


「私、まだ今日の分の『ゆきだるま』食べてないわ!」


 堂々と放たれたその言葉に、アメリアはぽかんと口を開ける。様子を窺っていた冒険者たちも、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。

 アルバは周りの反応を気にすることなく、キーラに詰め寄った。


「私はね、お店がお休みの日以外は『ゆきだるま』を食べるって決めてるの。あれ、あなたにしか作れないんでしょ?いなくなられたら困るのよ」

「えぇっと……。僕じゃなくても、氷の魔法が使える人なら……」


 アルバの威圧感に押されたように、キーラは一歩後ずさりをする。しかしアルバは再び距離を詰めた。


「そんなのほいほい見つからないわよ!!大体、魔法が使えても料理ができるとは限らないでしょ!!」


 アルバの剣幕に大人たちが驚く中、子供たちはよくわからない様子で首を傾げていた。


「ねー、ごはんまだー?」

「『ゆきだるま』たべたーい」


 何気ないその言葉に反応し、キーラが子供たちに目を向ける。その顔は少し困っているようだった。

 そのとき、遠くから走ってくる足音が聞こえた。見ると、トーマスが満面の笑みで店の方に向かっていた。


「おーい、アメリア!キーラ!」


 その声は本当にいいことがあったかのように、高揚感に満ちていた。

 トーマスはまっすぐアメリアの方に向かっていたが、店を囲む冒険者を見て、不思議そうに足を止めた。


「なんだ?さっきの炎の魔族でもいるのか?」

「そっちはいなくなったんだが、『氷槍のキリル』が……」


 冒険者の一人がトーマスに状況を説明する。トーマスはニカッと白い歯を見せて笑った。


「やっぱさっきの氷はキーラか!ありがとな。もうちょっとで家が燃えてなくなるとこだったぜ」


 トーマスの言葉に、キーラも冒険者も驚いたように目を丸くする。トーマスはキーラが魔族だと聞いても、驚く様子はなかった。


「……知ってたの?僕が、魔族だって」


 キーラがそう尋ねると、トーマスは平然と「ああ」と言った。


「長く見てたらわかるもんだぜ。俺も最初は心配したもんだが、アメリアが楽しそうなんでな」


 トーマスはそう言って、にこやかにアメリアを見る。つられたように、周りの冒険者や待合客からも視線が集まり、アメリアはなんだか恥ずかしくなった。

 トーマスは再びキーラに笑顔を向けた。


「親友の娘があんなに笑ってんだから、信じてみようと思ったんだよ。まあ、一応頻繁に様子を見るようにしてたんだが……。いらない心配だったな」


 トーマスの言葉に、キーラの優しい紫色の瞳がじわじわと潤んでいった。

 またぐちゃぐちゃに泣き出すかもしれないと思いながら、アメリアはキーラに近寄る。アメリアは少し不安に思いながら、キーラの手にそっと触れた。

 キーラがアメリアに視線を向ける。触れた手はいつもより、少しだけ冷たい。

 アメリアはその手を、温めるようにぎゅっと握りしめた。


「キーラ、行かないで。私、キーラとじゃないとお店できないよ。キーラが町を出るなら、私も連れてってほしい」


 他の客たちも、温かい視線をキーラに向けている。キーラを「魔族だから」と批判する者は、一人もいなかった。

 キーラの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。鼻をすすり泣きじゃくる姿は、アメリアと出会ったときと何も変わっていなかった。


「ありがと……。ありがどぉ……!」


 トーマスがキーラの背中を叩き、アルバがハンカチを渡す。他の客も次々にキーラに声をかけに来た。

 冒険者たちは呆気にとられたような顔をしていたが、諦めたように剣を仕舞った。食事中だった者は店に戻り、その他の人は立ち去っていった。

 アメリアは握っていたキーラの手を、強く握り直す。するとキーラも同じ強さで握り返してきた。


「アメリア、言うことがころころ変わって申し訳ないんだけど……」


 キーラは涙を拭き、満面の笑みをアメリアに向けた。


「これからも、一緒にお店頑張ろうね!」

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