第10話 ふたりの食堂

 店に破損がないことを確認したアメリアたちは、すぐに営業を再開した。待っている人がいるのに、営業しないわけにはいかない。キーラが魔族と知っても、皆いつもと変わらず笑顔で帰っていった。

 閉店後、アメリアはヴァレリヤと戦っていたキーラの様子を、「無表情で怖かった」とキーラに伝えた。

 キーラは困ったように頭を掻き、テーブルを挟んでアメリアの正面に座った。


「昔の癖なんだよね~。イライラしてるときとか、昔馴染みと話すとつい出てきちゃって」


 客のいなくなった店内で、キーラは懐かしそうに目を細めた。


「僕は産まれたときから「魔族と人間は争うもの」って教えられてね。戦うために、心を殺さなきゃいけなかった。何も考えず、ただ淡々と争うだけの日々を、三十年くらい過ごした。そのうちに、いつの間にか幹部なんかになっちゃっててね~」


 キーラはいつものようにへらへらと笑ったが、アメリアには壮絶な人生のように思えた。三十年というと、アメリアが産まれてから今まで歩んできた時間よりも長い。

 魔族の寿命が長いのは知っていたが、最年少幹部でもそれなりに長く生きているというのも、アメリアは初めて知った。

 キーラは帽子を脱ぎ、放射状に広がる縫い目を見つめた。


「二十年くらい前のことなんだけど……。いつものように、魔王様の命令で人間の町に行ったんだ。だけど僕……」


 そこまで言うと、キーラは耐えられなくなったように笑い出した。


「お腹が空いて、動けなくなっちゃって……っ」


 アメリアはキーラとの最初の出会いを思い出す。あのときも、キーラは空腹で倒れてしまった。

 心を殺していても、変わらないところがあるんだなと思いながら、アメリアも口に手を添えて小さく笑った。

 キーラは笑いを落ち着かせるように大きく息を吐いた。


「それでねぇ……。なんでもいいからごはん食べなきゃと思ったときに目に入ったのが」


 キーラは顔を上げ、店内をぐるりと見渡した。


「この店だったんだぁ」


 キーラの言葉に、アメリアは少なからず驚いた。


「えっ……!じゃあキーラは、私に会う前にこの店に来たことがあるの!?」


 アメリアがそう言うと、キーラは微笑みながらうなずいた。


「お金がないから、最悪店主を殺そう思って店に入ったんだ。だけど僕を見たご夫婦らしき人たちはね、「お代はいいから、お腹いっぱい召し上がれ」って、お料理を作ってくれたの」


 二十年ほど前にこの店で働いていた夫婦。アメリアはそれが、自分の両親のことだと気づいた。


(お父さんたち、私と同じようなことしたんだ……)


 両親の笑顔を思い出し、アメリアは胸がいっぱいになる。キーラに料理を出す二人の姿が、目に浮かぶようだった。

 キーラも懐かしそうに目を細めて微笑んだ。


「そのごはんが本当に美味しくて。しかも本当にお代を求められなかったんだ。襲われることも、冒険者を呼ばれることもなかった。それに後から思えば閉店時間だったんだけど、追い出さずに、僕が食べ終わるまで待ってくれたんだ」


 両親が本当に自分と同じことをしていることに、アメリアは苦笑してしまう。アメリアがキーラに会ったのも、閉店時間を過ぎたころだった。

 キーラは優しい目で、手に持っていた帽子を緩く握り直した。


「もしかしたら、お腹いっぱい食べさせたら人を襲わないって思ったのかもしれないけど……。それでも僕は嬉しかった。こんなにも温かい気持ちがあるって、初めて知ったんだ。それから僕は人を殺さなくなった。魔族たちの手前、戦わないっていうのは難しかったけど、できるだけ傷つけずに逃がすようにした。あの人たちみたいに笑顔でいたくて、魔族たちに隠れて笑顔の練習をたくさんした。そのうちに、なんか涙もろくもなっちゃったんだけど……」


 そう言って、キーラは少し恥ずかしそうに笑った。


「戦争が終わって、再起しようとする魔族と距離を置いたら、僕は一人ぼっちになっちゃった。人間と生活するのは難しいと思ってたし、お腹は空いたし。もう死んじゃうかもって思ったときに、またここのごはんが食べたくなったんだ。あとは、アメリアの知っての通りだよ」

「そう、だったんだ……」


 アメリアは両親に見守られているような、不思議な感覚になった。両親の優しさのおかげで、キーラは再びこの店に来た。そのキーラのおかげで、店は活気を取り戻した。全ては両親が繋いでくれた縁なのかもしれない。

 アメリアはなんだか嬉しくて、無意識に口元をほころばせた。

 キーラはアメリアを見て、つられたように微笑む。そして何かを覚悟するように、ほんの少しだけ目を伏せた。


「アメリアがお店で働いてほしいって言ったとき、これで恩返しできるって思ったんだ。僕を助けてくれたお店を、今度は僕が助けるんだって。その気持ちは今もあるけど……。もう一個、ここにいる理由ができた」


 キーラが顔を上げ、真剣な瞳でアメリアを見つめる。いつもの朗らかさとは違う表情に、アメリアの鼓動が強く脈打った。

 キーラは帽子をテーブルに置き、アメリアの手を両手で包み込む。慈しむようなその手は、相変わらず温かかった。


「きみが好きなんだ、アメリア。こんな頼りない僕だけど……。これからずっと、僕にきみを守らせてほしい」


 冷たさと温かさが混じる瞳が、上辺ではない、本当の気持ちなのだと伝えてくる。アメリアは嬉しいような、恥ずかしいような気持ちで、顔に熱が集まっていくのを感じた。

 鼓動の音がキーラに伝わってしまいそうで、少し不安に思いながらも、アメリアはキーラの手をしっかりと握り返した。


「私も、好きだよ。キーラのこと。キーラがお腹をすかさないように、一緒に、お店頑張るから」


 だいぶたどたどしい返事になってしまい、アメリアは恥ずかしさで顔から火を吹きそうになる。けれどキーラは気にしていないようで、少し情けない顔で笑った。


「よかったぁ~。ありがとう、アメリア。絶対、幸せにするからね」


 キーラがテーブルから身を乗り出し、アメリアに顔を寄せる。キーラの意図を察し、アメリアはぎゅっと瞼を閉じた。

 アメリアの唇に、柔らかい感触が一瞬だけ触れる。すぐに離れたことが不安になり目を開けると、キーラが楽しげに笑っていた。


「そんなに固くならなくても……っ」

「だ、だって、初めてなんだもん……!」

「そうなの?うれしいなぁ」


 キーラがアメリアの頬に触れ、再び顔を寄せてくる。アメリアは緊張をほぐすことを心がけながら、キーラの唇を受け入れた。

 その温かさに、アメリアは心が満たされるような幸福を感じた。

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