とある研究者の疑念

国教会の皆様方に逆十字架を見せつけた後、私は普通に家のある村に戻りました。

何も私は、あの村を壊滅させたかったわけではありません。

神を信じて疑わない愚かな奴らに見せつけてやりたかっただけです。

だからこそ、それ以上の救済はせずに証言を残すのが筋というもの。

その考えを、何度も頭の中で繰り返しながら家に戻ります。

村に着いたとき、まず耳に入ったのが村の人たちの会話でした。

「聞いたか?少し遠いところにある村で、逆十字架に殺しかけの人を吊るすやつが現れたそうだぞ。」

「ああ、聞いた。神を冒涜するなど可笑しいやつだ。」

「しかし、吊るされた者たちは何人か、息絶える前に救えたそうだ。なんとも、国教会が現場に直接赴いたようだぞ。」

「流石神に導かれし国教会!国教会の者さえいれば、この国は安泰だ!」

…不服ですね。

その逆十字架に殺しかけの人を吊るしたやつも、国教会の人だと言うのに。

私は、自分が引き起こした惨状を国教会の美談にされたことに憤怒しました。

もう一回国教会の奴らほぼ全員殺してやろうか、と柄にもないことを考えてしまうほどです。

まあその場合、国教会の奴らを苦しみから解放することになるのであちらにとってはメリットになりますが…。

私は少し怪訝になってしまった表情を直し、何も聞いていないフリを徹底しました。

そのまま家のドアまで向かい、ドアノブに手をかけます。

しかしふと、別の用事を思い出し、体を180度回転させました。

数分ほど歩き続け、ある家の前で止まります。

その家のドアをノックすると、すぐに中から人が出てきました。

最初にこの村を案内してくれた、あの天使の羽を持つ人です。

「こんにちは。ただいま戻りましたので、少しご報告をと。」

「お帰りなさい。戻ってこられたのですね。不調などはありませんか?」

その方は、相も変わらず、特別な存在を思わせない立ち振る舞いが上手でした。

「ええ。私は万全ですよ。」

「それは良かったです。そう言えば、あちらの方で大きな事件があったようですが巻き込まれたりしませんでしたか?」

その方はドアを開いたまま、こちらを伺うような眼差しで聞いてきました。

「ああ。先ほど、村の方からその事件について聞きました。私が行った方向とは逆だったので、特に巻き込まれたりはしていませんよ。」

「そうでしたか。最近は何かと物騒な事件が多いので、くれぐれもご注意ください。」

「お気遣いありがとうございます」

完璧です。

疑いようのない丁寧な会話を、私は終えることができました。

右手を挙げて、会釈と断りの意味を込めながら私は言います。

「では、私は自宅の方に戻るので、これにて失礼します」

「分かりました。しかしその前に少しだけ。」

「なんでしょう?」

「…少し、中の方でお話しをさせてください」

そう言われた時、私は瞬時に察しました。

おそらく、天使の羽のこと、あるいはそれに関連することで話がしたいのでしょう。

確かに、外でする話ではありません。

「いいですよ」

「お気遣いありがとうございます」

その方が右手を中の方へと示したので、私は家の中にお邪魔しました。

中は書物や羊皮紙で溢れかえっているのに、その全てに置き場所が決まっているように見受けられます。

どこにどのような書類やら書物やらが置かれているのか、初めて中に入った私でもそれとなく分かりました。

「すみません。物を収納するクセがついてないもので…。」

「いえ。私は全然大丈夫ですよ。むしろ研究職と生活との密接さが感じられて、あなたがいかに真面目な方か分かった気がします。」

「そう言っていただけてありがたいです」

その方は部屋の隅から椅子を一つ持ってくると、それを机のそばに置きました。

「どうぞこちらに」

「分かりました。失礼します。」

浅く椅子につき、両手を膝の上に揃えて置きます。

そしてその方も席に着き、私と目を合わせてきました。

「この前お話しさせていただいた、悪魔の羽を持つ方については何か進展などありましたか?」

やはり羽関連の話でしたか…。

話が始まるまでの短時間に想定していた質問が来たことで、すんなりと返答ができました。

「いえ。隙間時間に少し調べてみたりはしましたが、特に何も…。」

「そうでしたか…」

その方は目線を左にズラして言葉を溜め、辺りをはばかりながら言いました。

「実は私、少しだけ国教会の事務に携わることがあるのですが…」

……少しまずい事態でしょうか?

この方がどれほど関わっているのかにもよりますけど……。

「そうでしたか!それはいやはや素晴らしい!」

「と言っても、研究に関することで少し助言等をするのみで、明確に国教会に属しているわけではありません」

「それでも、国教会に少なからず携わるのは素晴らしいことですよ」

まあ私も属していますが

なんなら地位も中の上ぐらいですが

「お褒めいただき、誠にありがとうございます。本題ですが、先日の虐殺事件に国教会が直接赴いたことはご存知ですか?」

「ええ。その話も村の方から聞いております。」

なるべく、知らないフリはしない方が良いでしょう。

これだけの大きな事件が起きておいて、噂も知らないと言うのは疑われる要素の一つです。

「その際に、国教会は1人の子供を保護しました。その子供は生涯のほぼ全てで忌み子として扱われ、長らく幽閉されてきたようです。」

忌み子。その言葉を聞いた瞬間、私は話の意図をつかみました。

おそらく、その子が悪魔の羽を持っているとの情報が手に入ったのでしょう。

天使の羽について国教会の方に明言しているか否かは定かではありませんが、研究職に就いているのならばそのような話が回ってきても不思議ではありません。

「忌み子…ですか」

もちろん、私は知らないフリをしました。

村の噂で聞かなかったということは、忌み子の件が公になっていないのでしょうし。

「はい。その忌み子が、悪魔の羽を持っていたのです。」

「…それ本当ですか?」

あくまでも知らないフリです。

一発で非現実的な情報を信用してしまっては、人間性が薄れますしね。

「実際に私も見たので、確実な情報ですよ。私が嘘をついていない限りは。」

「いえ、信じましょう。あなたのようなお方が、嘘をつく意味なんて見当たりませんからね。」

「…そうですか」

その方が静かに言います。

「その忌み子は悪魔の羽を持っているにも関わらず、誰よりも誠実に神を信じているように見えました」

「人を騙すための演技でしょうか?」

「…いえ。それだけでは説明がつかないほど、重厚な信仰心だと、少なくとも私は感じました。」

「その忌み子とやらは今どうしているのです?」

「国教会の方で保護されています。少なくとも、邪として扱われてはいないかと。」

「なんだか雲を掴むような話ですね。悪魔の羽を持つものが、誰よりも神を信じる信徒とは…。」

実際、私もあの信仰を演技だとは思っていませんしね。

「私は国教会の方に頼み込み、その忌み子と2人きりで対談することに成功しました」

「その際に私の羽の件について話すと、その子は言ったのです」

「『きっと、前世での行いが素晴らしいものだったのでしょう』…と」

「忌み子は、そのように解釈したのですね」

記憶が朧げなのであまり覚えていませんが、前にあの子供にあった時も前世の行いがどうとやらと言ってた気がしました。

“前世“…とやらは、あまり聖書に載っていない概念のような気もしますが…。

「前にあなたに羽を触れさせた時、あなたは火傷しました」

「そうですね」

「悪魔の羽を持ちながらも、神への信仰が誰よりも厚い彼が私の羽に触れればどうなるのか…。あなたと同じようなことがあった時のために応急処置できる物を用意し、私は彼に羽を触れさせたのです。」

「結果は?」

その方は目を閉じて深呼吸し、そして一口に言いました

「あの子は私の羽に触れた時、『ぬるい』と言いました」

「ぬるい…?」

「”暖かい”と言うよりかは、”ぬるい”という感覚に近かったようです」

「どういうことでしょうか…?」

「私にもよく分かりません。なので次は、私が彼の羽に触れました。」

「そう言えば、悪魔の羽に触れた者はいるのですか?」

私は言いかけてしまった悪魔の羽の情報を飲み込み、それを疑問としてこの方に吐き出しました。

「何人かいるそうです。その方達は全員『不快』な思いをした…と言っていました。」

「温度ではなく、感情的に変化があった…ということですね?」

「そうなりますね。ただ、誰も不快になった理由が分からない様子でした。」

「それで…あなたがその羽に触れた結果、どうなったのですか?」

私が触れた時は、嘔吐しながらも、なぜか笑顔でいました。

そしてこの方は…

「……他の者と同様、『不快』になりました」

「……なるほど。全く原理が分かりませんね。」

「ええ。私の方でも分析を進めていますが、未だに何も分かっておらず…。申し訳ありません。」

「仕方ありませんよ。ただでさえ秘密裏にしている情報を個人で分析するとなると、気苦労なことでしょう。適度に休んでくださいね。」

「そのつもりでいます。最後に、一つお願いしたいことが」

「なんでしょうか?」

「…もう一度、私の羽に触れてみれくれませんか?」

「いいですよ」

意外とあっさり、了承してしまいました。

興味があったのでしょう。

悪魔の羽に触れた後の自分が天使の羽に触れれば、何か変わっているのかもしれない、と。

その方は少し驚いた表情をしましたが、すぐにいつもの調子に戻っていました。

「ありがとうございます」

「研究の参考にするのですか?」

「ええ、まあ。そんなところです。」

私は少し、その方が言葉を濁しているかのように感じましたが、特に気にしませんでした。

「また火傷させてしまうかもしれませんので、事前に救護セットと水の入ったバケツを用意しています」

その方は一度席を立つと、台所の方から水バケツを持って机の上におきました。

「触るときは、なるべく一瞬で手を離してください」

「一瞬ですね。分かりました。」

その方がローブを取ると、またあの時と同じ、白い羽が姿を現しました。

私は席を立って羽に近づき、水バケツのある位置を見やりながら少しづつ左手を伸ばします。

そしてその羽に触れた瞬間__

「アチッ_?!」

鋭い痛みと同時に、短く声を上げました。

目の前の事象を理解できないまま、反射的に目を瞑ります。

あの時と同じ、いえ、それ以上に何かが左手を纏っているような……

顔の筋肉を歪めながら左手を見ると、それは明らかに『燃えて』いました。

「……っ!」

その方も反射的に体を動かし、羽が後方へと萎みます。

そして足元のバケツを両手で持つと、周りの物一切を無視して私に水をかけてきました。

纏っていた熱気が一瞬のうちに消え、ヒリヒリとした痛みを水の冷たさが助長します。

私は服の袖から顔に至るまでが水に濡れ、水滴がポタポタと床に垂れました。

頭が思うように動かず、なんとなく左手を見つめます。

前回よりも爛れた皮膚が、少しづつぼやけた目を元に戻してくれました。

「……本当に申し訳ありません。まさか燃えるとは思わず…。」

「…いえ。触りたくて触ったのは私なので、あなたが謝る必要はありませんよ。」

私は、ずぶ濡れになった右腕で顔を拭い、滴る水を振り払いました。

爛れた左手の痛みは凄まじいものでしたが、それ以上に私の胸を支配していたのは、奇妙な「満足感」でした。

「……あなたは、何かを感じましたか?」

私の問いに、その方は救急セットを手に取りながら、視線を私の左腕へと落としました。

「特には何も…。ただし、短期間で反応がこれほど変わったというのは、私が悪魔の羽に接触したことで何かしらの変化があったのかもしれません。」

「そうですか。まあ、変化があったのは私の方かもしれませんけどね。」

自嘲気味に笑うと、その方は手際よく私の左手に薬を塗り、包帯を巻いてくれました。

その手はかすかに震えており、先ほどまでの冷静な「研究者」の仮面が剥がれ落ちそうになっているのが分かります。

『燃える』という、普通の羽では説明できない原理に直面したことで、少なからず動揺しているのでしょう。

「……これ以上は、危険です。本質が何であれ、この羽との接触はあなたの命を削りかねない」

「忠告、痛み入ります。ですが……」

包帯で真っ白になった自分の手を見つめ、私は椅子から立ち上がりました。

「真実を知るためには、多少の代償は付き物でしょう? 研究も、生きるということも、同じことだ」

その方は何も答えず、ただ濡れた床を見つめていました。

その沈黙には、何かを考えているようにも、すでにその何かを見つけているようにも、私には見受けられました。

その方は顔を上げずに、しかし穏やかな口調で言います。

「今回の件で、あなたに重度の火傷を負わせてしまいました。火傷の跡が残る可能性も十分あります。定期的に、その火傷の様子を私に診させてください。」

「…では、お言葉に甘えて、また火傷の様子を診てもらいに来ますね」

そう言ってドアを開け、外に一歩、足を踏み出します。

丁寧にドアを閉めるため、一度体の位置を修正し、そしてドアノブをきっかりと閉めます。

そして私は、今度こそ自宅の方向へ向かって歩き出しました。



「……行きましたか」

「………」

「…悪魔の羽に触れた時、『嘔吐しながらも笑っていた人がいた』」

「そして、『その人が村で虐殺を行うと言っていた』」

「もしその証言が本当なら…」

「……」

「……前回と反応が違かったのは、悪魔の羽に触れたからなのですか?」

「それとも__」






超常は、科学では説明できないものとされる。

となれば、超常に『正解』はないのかもしれない。


__毎話最後に来るこの締めの文も、正解かどうかは定かでないのだ

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