第5話「×印の地点」

 うながされるまま、いったん俊敬は身の回りの様子に注意を傾けてみた。


 と、たしかに自分たちの方へ注がれている視線の存在が感じ取れる――

 それが何者によるもので、どこから見られているかまでは不明だったが。


「……天澤さんはいつから、誰かに付き纏われているようだと気付いたんですか」


「そうねぇ。たぶん実家で古地図を発見して、東京へ戻ったとき以降からかしら」


 俊敬も声を潜めてたずねると、やはり麗奈は平然とした物腰で答えた。


「私ね、×印の場所に財宝があるかはわからない。けれど貴重な何かがあるってことには、君の言う通り確信がある。だって古地図を持っているせいで、私が誰かに追い回されているとしたら、それこそが何よりの証拠だと思わない?」




 そのまま七駅分移動した先で、電車から降りた。

 次いで付近の停留所から、清炭市南西部の郊外へ向かうバスに乗り込む。一日に四、五本しか運航していない、片田舎の路線だ。同乗してくる客も、俊敬たちの他には数名しかいない。


 定刻が来てバスが出発すると、それまで仄かに感じていた視線の気配が消えた。

 どうやら駅を離れたところで、何者かは追跡を止めたらしい。さすがに乗客が数えるほどしかいないバスの中に紛れるのは、難しいと判断したのだろうか。



 バスに乗ってから古地図に描かれた場所までは、約一時間掛けて移動した。

 車窓の外を眺めていると、路線を先に進むにつれ、みるみる人家は少なくなり、景色に田畑や山林が増していく。他の乗客も、ぽつりぽつりと途中で降車していき、目当ての地域に到着する頃には、俊敬、璃々花、麗奈だけが車内に残されていた。


さびしいところだけれど、見方によってはおもむき深い土地ね」


 停留所でバスを降りると、麗奈が率直な感想を述べる。

 ここはただただ、舗装路沿いに木々が建ち並ぶ山中といった有様だ。頭上に枝葉の合間から、切り取られたような空が見え、陽の光も一応差している。しかしそれとて、夕刻を過ぎても届く保証はなく、むしろ今しも夜闇に浸食されつつあるように思われた。


「えーやだ怖いシュンケーくん万一こんな場所で道に迷ったら大変ですよっお互い絶対離れないように私のことぎゅってして捕まえていてくださいねていうか何なら一ナノメートルの隙間すら生まれないようにくっ付いたりべったりしたりあるいはそのままぶちゅっとちゅーしてくれてもかまいませんし責任取ってくれるならそれ以上のこともオッケーですっほら今なら麗奈さんしか見ていませんし!」


 ここぞとばかり、璃々花はキス待ち顔になって身体を擦り付けてくる。

 俊敬は、それを雑に片手で押さえて突き放し、もう一方の手でスマートフォンを取り出した。ブラウザが起動できたので、どこから電波が届いているかはわからないが、ネット回線は使えるらしい。地図検索の結果を画面に表示してから、麗奈に古地図を見せてもらう。作成年代の差異から、多少の齟齬はあるものの、おおむね地形は一致した。

 ×印が記された地点の近辺と考えて、間違いないようだ。


「ところで、帰りはバスに乗れなかったらどうするつもりですか」


「普通にスマホで通話がつながるんだから、タクシーを呼べばいいじゃない。料金だったら、私が持つわ」


 尚、ここまでの移動にタクシーを利用しなかったのは、電車とバスを乗り継ぐよりも、余計に尾行されやすいと考えたからだという。



 何はともあれ、麗奈は率先して上りの山道を歩きはじめた。目的地までの道のりは、ある程度当たりを付けてあるらしい。

 俊敬と璃々花も、慌ててそれに倣う。


 いくらか進んだ先で、舗装路から外れ、いっそう険しい山地の奥へ向かう脇道があった。麗奈が迷わず分け入っていくので、ここでも何も言わずにあとに続く。

 足元は固い土が剥き出しで、道幅も狭い。片側が樹木の生い茂る急な下り斜面になっていて、遠くの景色も見晴らせた。眼下の一部分に棚状の土地があり、家屋が何棟か建っている。近くにバス停もあるだけに、この辺りで暮らす人もいないわけではないようだ。


「ここから、坂道が少しきつくなるけど」


 しばらく傾斜路を歩いていると、麗奈が仰ぎ見るように前方へ顔を向けて言った。


「そこを越えたら、古い建物があるみたいね」


「ひょっとして、そこが×印の地点ですか?」


 俊敬も坂道の先に視線を飛ばし、斜面を一歩ずつ登りながら問い質す。

 先頭の麗奈は背後を振り返ることなく、たぶんね、と返事を寄越した。


 ほどなく荒れた傾斜路を登り切り、幾分か平坦な場所へ出る。

 麗奈の見立て通り、そこには古い日本家屋が一軒建っていた。

 古民家の類だ。ただし人が居住している様子はなく、放置された空き家と見て取れる。土壁は表面が部分的に剥げ落ち、縁側の雨戸は外されていて、軒下に打ち捨てられていた。



「あーんシュンケーくん、ここまでずっと山道を登って疲れましたあー!」


 璃々花が泣き言を喚きつつ、俊敬に寄り掛かってこようとする。


「もぉこんなでこぼこした道歩くなんて思わなかったから厚底の靴履いてきちゃったせいで足が痛くて痛くてこういうのはいらないっていうかもっともシュンケーくんになら痛いことされてもオッケーですしむしろ痛くされるのが気持ちいいまであるので一回試し」


「ちょっと待ってください天澤さん。その家には無防備に近付かない方がいい」


 例によって幼馴染を傍から引き剥がすと、俊敬は嫌な予感がして制止の声を掛けた。

 麗奈は早速古民家へ踏み入ろうとしていたようだが、警告されて咄嗟に立ち止まる。

 入れ替わりに俊敬が前に出て、建物の出入り口付近まで歩み寄った。次いで身を屈め、足元を探る。茂みの陰に気になるものが落ちていた。


 縒れて、細切れになった藁だ。


 ――空き家の中に何かがいる。


 俊敬は、確信して身構えた。

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