第3話「大ナル耀ヒ此処ニ眠ル」

 河端俊敬の実家は、龍顕寺りゅうけんじという寺院だ。

 真言宗根本大道の御堂で、大日如来だいにちにょらいの教えを伝える住職の三男として生まれた。いずれ長兄が跡を継ぎ、次兄も祭祀承継者に就くと見込まれる中で、末弟の俊敬にはこれといったしがらみがなかった。そこで差し当たり高校を卒業したあとは、隣県の大学へ進学し、将来は地方公務員にでもなろうかと、漠然とした展望を抱いていた。たとえ平凡であっても、地道に穏やかな生活を送ろうと考えたからだ。


 とはいえ生まれつき霊能力の持ち主であることも影響し、運命はそれを易々とは許してくれていないのだが……。



「普段は都内の広告代理店に勤務しているわ。月読峠には溜まった有休を使って、先週の金曜日から――だから、もう一週間ほど滞在していることになる」


 俊敬や璃々花と同じテーブルに着席すると、天澤麗奈は自己紹介を続けた。

 すでに俊敬は夕食を済ませ、座席を璃々花の隣の椅子に移動している。麗奈が腰掛けているのは、丁度差し向かいの席だ。

 麗奈に対する不信の念は晴れないが、あれから繰り返し「お願いしたいことがある」と言われ、なし崩し的に事情を聞くことになってしまった。


「かなりまとまった期間の休暇ですね。個人的に広告代理店には多忙なお仕事だというイメージがあるのですが、地方都市の清炭に逗留とうりゅうし続けている理由は何ですか」


「それを説明する前にまず、君にはこれを見てもらいたいの」


 俊敬が率直に問い掛けると、麗奈は肩掛け鞄の中から巻き物状の紙を取り出す。相席に際して注文したビールと餃子ぎょうざを脇へ除け、テーブルの上でそれを広げた。


「これは……月読峠の地図ですか。随分と古いもののようですが」


「たぶん大正時代か、それ以前に作られたものだと思うわ。この種の地図は一説によると、明治時代より昔からあったものではないそうだけれど」


 俊敬が紙の表面に描かれた図を見てつぶやくと、麗奈は緩い所作で首肯した。


「近頃あちこちで、月読峠の古地図が複数発見されている、ってことは知っている?」


「そりゃ有名な噂ですから。ある程度は耳に入ってきています」


 月読峠の隠れた名物、無数の「古地図」。

 出自不明で真偽不明なそれの風聞には、俊敬も多少なりと聞き覚えがある。

 最近では、それらの中の数枚が「化石化した巨大蛇のを示すものだった」と判明して、インターネットを通じ、世界中でちょっとした話題になっていたはずだ。



「だったら話は早いわ。これは私が以前地元に帰省したとき、実家の蔵から出てきたものなの。ねぇ、ここを見て――」


 麗奈は、テーブル側へ身を乗り出し、地図上を指差す。

 清炭市郊外だ。月読峠の山地でも、砂原湖さはらこがある中腹より多少奥まった地域だろう。

 そこに「×」で印を付けられた箇所がある。ざっと見た印象だと、周囲には山林と思しき地形が見て取れるばかりだった。


 さらに麗奈は「あとこっちには、メモ書きしたような一文があるの」と言って、古地図の右端に注意をうながす。


「……『オホイナル耀カガヨ此処ココネブル』ですか」


 俊敬が毛筆の記述を読み上げると、麗奈は口元に薄い笑みを浮かべた。


「どうかしら、興味深いと思わない? 耀ヒというのは、現代語訳すれば光るものとか、きらめき揺れるものを意味する言葉でしょう」


「墓碑銘みたいな一文だとは思いますけどね。まさか大判小判でも埋まっているかもしれない、なんていうつもりですか」


「実際そうだとしたら、夢のある話だわ。少なくとも別の古地図で先日、化石化した大蛇が発見されている」


「だから試しに宝探しに繰り出したい、とでも?」


「そう。それで地図上に印が書かれた地点まで、君には私と一緒に来てもらいたいの」


 当て擦ったつもりだったのだが、麗奈はあっさり認めて同行を求めてくる。



 俊敬は即答しかねて、麗奈の顔を探るようにのぞき込んだ。


「どういうことだか、やっぱりわかりませんね。俺は傭兵上がりのボディーガードでも、考古学に造詣が深いトレジャーハンターでもない」


「でも、個人で活動している『ボランティアの拝み屋さん』ではある。そうでしょう?」


 麗奈は、ビールジョッキに手を伸ばしながら、事実を確認するように言った。

 ここへ俊敬を訪ねてきたときから当然予想されていたことだが、やはり異能をにしているようだった。


「×印が書かれた周辺だけどね、昼夜を問わず悪い幽霊みたいのが頻繁に目撃されているって、最近ネット上じゃ少し話題になっているの。急に心霊スポット化しつつあるらしくてね。だから念のため、そっち方面に詳しい人の手を借りたいってわけ」


 俊敬は生来、密教系呪術の才覚を有している。実兄二人には及ばないものの、怪異を調伏する技能に関しては、それなりに自負心を持っていた。もちろん世間一般にはオカルトじみた能力と認識されているため、人前でそれを誇ることはないのだが。


 もっとも璃々花は俊敬に対する強い思慕の情から、異能を広く世の中に認めさせたがっているらしい。そこで怪異の情報を聞き付けると、俊敬の呪術で調伏させるべく、たびたび彼を現場へ連れ出していた。

 そのため近頃では、月読峠に暮らす一部の住人――不運にも怪異と遭遇してしまった人々――のあいだで、俊敬は「個人で無償の除霊活動に携わる拝み屋さん」として知られつつある。父親からの訓戒を心に留めているせいもあり、人助けはやぶさかでないのだが、現状に複雑な心理もあった。


 ましてや突然、麗奈のような人物が自分を訪ねて現れるとなれば、猶更なおさらである。


「いったい、どこで俺の話を知ったんですか」


「あちこちで月読峠について聞き込みしているうち、自然と耳に入ってきたの。ここに一週間前から滞在しているって、もう言ったわよね?」


「じゃあ天澤さんは、幽霊だの、呪術だのっていう、オカルトじみたものが実在していると本気で信じているわけですね」


「少なくとも、絶対存在しないと否定するつもりはないわ。だって馬鹿げたサイズの化石化した大蛇が発見されたぐらいですもの」


 立て続けに問うと、麗奈はジョッキを口元で傾けながら答えた。


「だから心霊スポットに近付いたとき、万一悪霊に出くわした場合に備えておきたい。そのための一番有効そうな対策が、君の助力を得ることだと考えているの」


「仮に天澤さんの要望を、ここで俺が断ったらどうするつもりですか。もう古地図を頼って探検ごっこに興じるのは、止めたりするんですか」


「いいえ。そうなったら残念だけど、たとえ一人でも地図の秘密を突き止めるために×印の場所へ向かうわ」


 麗奈はジョッキをテーブルの上に置くと、きっぱりと意思表示する。

 説得が難しそうだと察して、俊敬は密かに頭痛を覚えそうになった。


 璃々花は同じテーブル席で、新たに注文したオレンジジュースをストローで吸い上げながら、一連のやり取りを聞くともなしに聞いている様子だった。

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