新しき路
一、伊舎那天
揺光、過刻は本当に世話になったな。此度のお前の働きにより、我ら退魔衆がどれほど助けられたことか。多聞天様からも重々礼を尽くす様云われている。退魔衆としても…… いや、ひとりの夜叉としても礼を云わせて欲しい。本当にありがとう。羅睺はこれから、俺の紋を分けて配下に入れる。共に冥界を守り、夜叉としての本分を取り戻させるよ。
それで、その…… お前に、ひとつ謝っておかねばならないことがあるんだ。実は、お前に隠していたことがある。羅睺のことなんだ。多分、あの場での話でなんとなくお前にも察せられたと思うが、あいつは……
え? 知っていた? あいつと俺たちが面知りであったことも、俺たちが裏香屋の正体をあいつと知った上で今まで黙っていたことも……?
……おいセツ、お前…… どこを向いているんだ、こっちを見ろ。お前、いつ話した。まさか、羅睺の捕縛前に揺光に話してなどいないだろうな。 え? 俺じゃないだと? だから、すぐに嘘と知れるような嘘をつくんじゃない! お前は本当に……
……いや、でも、結果的には良かったのかもしれないな。俺も、揺光を信じて事前にあいつのことを話しておくべきだった。セツが伝えておいてくれたから、揺光も必要以上に羅睺を責めずにいてくれたんだろう? いや、もちろんあいつのしたことは厳しく糾弾されるべきことだ。しかし……
あの地は海のそばだ。地獄に近い地だ。だから、魔衆に転じやすい気で満ちているんだ。そして羅睺は…… ずっと虐げられてきた夜叉だ。あの時、お前が羅睺に情けをかけずその罪を責めたなら、羅睺はきっと、己が心の傾きに耐えきれず、魔衆に身を堕としていたかもしれない。そうなれば、もう対話はできない。あいつを助ける術はなかっただろう。
ときに、羅睺が星を降ろしていたあの場所、お前も気になっていただろう? これから本格的に調べに入るところだ。詳しいことがわかれば、またお前にも教えよう。
しかしあれは、天部が創った場所、すなわち自然に存在する場ではなさそうだ。通路に灯が点されていただろう。誰かがあそこを管理しているんだ。俺は…… あれは街の鬼たちが造った儀式の場、祭壇じゃないかと見ている。通路の先に月明かりの差す開けた場があって、ちょうどその中心に何かを捧げるような台座が造られている。構造から見ても、この考えは的外れではないだろう。問題は、それが何の祭壇かってことだが…… なんとなく想像はつくよ。ただ…… すまないが、確証が得られるまではあまり口にしたくない。今は、伏せさせてくれないか。
ああ、そうだな。そんな所、今までどうして見つけられなかったのかって思うよな。それはな、あの洞穴の一帯が「翳」によって俺たちの目から隠されていたからだ。お前があの岩壁に近づいた時、突然景色が歪んで洞穴が現れたと云っていたな。それが、翳だ。これはこの地にある不可思議な現象でな、天部やその配下…… つまり、天部の紋を持つ者の目だけを欺く「もや」のようなものなんだ。翳の影響を受けない、紋を持たない鬼たちには、その場が影のかかったように沈んで見えるから、翳と呼ばれるようになった。これまで羅睺の星降ろしの現場を押さえられなかったのも、此度お前を助けるのに時間がかかったのも、あの場が翳に覆われていたからだったんだ。俺たち天部には、あの洞穴が見つけられない。だが此度は揺光が持つ多聞天様の紋の痕跡を追えたから見つけることができた。そういうからくりだ。
でもおかしいと思わないか? 翳は、天部の紋を持つ者を欺く。しかし揺光だって天部の紋を、それも多聞天様と閻魔天様、二つも持っていたのに、どうしてあの洞穴を見つけられたんだ? 羅睺が入っていく所を見たから入れたのか…… あるいは、お前が現世から来たということが何か関係しているのか……
二、羅刹天
まぁまぁ、難しいことは後にしようぜ。大将の紋は返しちまったけどよ、これからもあんちゃんは退魔衆の一員だぜ。困ったことがあったら、今度は俺たちがあんちゃんを助けるよ。大将も云ってたぜ、今回の件はすべてあんちゃんのお手柄だってよ。まぁ、この俺が気を利かせて事前に羅睺のことをあんちゃんに話しておいたことも忘れねえでほしいけど…… あ! 冗談だって! イシャ兄、そう睨まねえでくれよぅ。とにかくさ、俺たちとして恩を返せることがあれば何でもするぜ! なあ、イシャ兄もそう思うだろ? おいおい、今更そんな恐縮すんなって。俺たち、もう仲間で友達だ! 天部もニンゲンも鬼も、同じ輪廻の中にいるんだ。みんなおんなじ仲間だぜ。
そうそう、羅睺も、俺たちの仲間に戻ってくれてよかった。いや、今も昔もずっと仲間だった。俺、思ったんだ。俺たちが勝手にあいつを仲間外れにしていたのかもしれないって。俺たちが天になったから、あいつが離れていったんじゃない。俺たちの方が、あいつから離れちまったんだって。だからさ、俺、これからは羅睺と…… あいつが置かれている状況と、ちゃんと向き合っていくよ。
それでさ、俺が云うことじゃねえとは思うんだけどよ…… あんちゃんには、羅睺のやつと一度、話してやって欲しいんだ。立場とか関係なくさ、その…… 香屋としてとか、退魔衆としてじゃなくて、ひとりの夜叉としてさ。あいつさ、今んとこ俺とイシャ兄以外に話せるやつもいねえし、他の退魔衆の奴らも遠巻きにしてるからよ。あんちゃんが話してやったら、きっと他の奴らも話しやすくなると思うんだ。だからさ、な、頼むよ……
そうか、あんちゃんも羅睺と話がしたかったのか。そいつはよかった…… え、昔羅睺に会ったことがある気がするから、確かめたいって? そりゃ、あんちゃんはあの裏香屋で会ったから…… そうじゃなくてか? あんちゃんがここに来る前に会ったことがあるってことか? そんなことあるもんか? だってあんちゃんは現世の人だろう。羅睺は地獄で生まれ育ってる…… んだよな、イシャ兄? そうだよな。じゃあ、あんちゃんの記憶違いじゃあねえかな。羅睺の方だって、あんちゃんを見て何か反応したわけじゃあないんだろう? だったら、何か別の記憶と混じってるんじゃねえか。昔のことなんて、誰だってぼんやりとしか覚えてねえだろ。かく云う俺も、小せえ頃のことなんか全然覚えてねえぜ。だからさ、あんま気にすんなよ。
ところでよ、あんちゃん。まだこの冥界に留まるんだよな? それともさ、もう現世に帰っちゃうのか? いや、もちろんわかっちゃいるさ。あんちゃんは、現世に戻る方法を探すためにここまで手を尽くしてくれたんだもんな。もう羅睺も星を降ろすのをやめたから、星の座はきっと元に戻るはずさ。現世とここを繋いでいる星の門も直って、通じるようになるはずだ。そうすれば、あんちゃんはもう、自分のうちに帰れるんだよな。これでめでたしめでたし……
でもさ、あんちゃん。現世に帰っちゃったら、もうこっちには戻れないんだろう? 俺たちさあ、あんちゃんとせっかく仲良くなれたのに、もう会えないなんてちょっと寂しいなぁ…… なんてね。
そんなこと俺が云っても、仕方ねえよな。あはは……
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