第5話:都市演算の最短手順

放課後の校門前。



昨日、繭(まゆ)に無残にフラれたモデルの「蓮(れん)」が、三台の黒いワンボックス車と共に待ち構えていた。



「……いたぞ。あの眼鏡のガキだ。白凪をたぶらかした報いを受けさせてやる」



蓮の背後には、街の裏社会と繋がるプロの「回収屋」たちが控えている。

周囲の生徒たちが異様な空気に怯えて散っていく中、枢(くるる)はスマホをポケットに仕舞ったまま、ただ一定の歩調で歩き続けた。



(演算開始。対象、車両三台。人員十二名。

 現在時刻、十七時十五分。……この街の信号サイクルが『最短』になる時間帯だ)



枢は耳元のワイヤレスイヤホンを介し、音声入力で街のシステムへ侵入する。

「――Bluetoothジャック。対象車両のオーディオへ、偽の警察無線をインサート」



「おい、無視すんじゃねえ! 捕まえろ!」



蓮が叫び、男たちが枢を囲もうとした瞬間。

彼らの車のスピーカーから、背筋が凍るような「本物」の警察無線が流れ始めた。



『……対象車両、黒のアルファードを確認。ナンバー〇〇―××。トランクに違法薬物の疑い。全部署、至急包囲せよ。逃走時は発砲を許可する』



「なっ……な、なんで警察が!? しかも発砲だと!?」



蓮たちは、トランクに「絶対に表に出せない荷物」を積んでいる。

枢は、彼らが最も恐れる最悪のシナリオを、偽の音声信号で脳に直接叩き込んだ。



(……ここからは、心理学のパズルだ。

 逃走経路にあるすべての信号を『赤』にし、唯一『青』のルートだけを提示する。

 極限のパニックに陥った脳は、その青信号が『神が与えた唯一の脱出口』だと錯覚する)



「クソッ、パトカーが来る前に逃げろ! 信号が青の方へ曲がるんだ!」



蓮たちの車が、枢の設計した「青の回廊」を猛スピードで突き進む。

曲がる先、曲がる先、まるで彼らを祝福するかのように青に変わる信号。

蓮は「俺はまだツキに見放されていない」と、ハンドルを握る手に力を込めた。



だが、そのルートは枢が設計した『警察署直通』の滑り台だった。



「おい、あの突き当たりのゲート、空いてるぞ! あそこに隠れろ! 早くしろ!」



蓮は、枢がリモート開放した「ある施設の地下ゲート」へ、救いを求めるように車を滑り込ませた。



キィィィィィィィィッ!!



停止した直後。

不気味なほどの静寂が車内を包む。



「ハァ、ハァ……巻いたか? ……って、ここ、どこだよ」



蓮が顔を上げた瞬間、目の前には「中央警察署地下駐車場」の巨大な看板。

そして、一斉にこちらへ銃口を向ける、数十人の武装警官たちの姿があった。



「……はい。速度超過、信号無視、不法侵入。

 そして何より、偽の無線に踊らされて自ら檻に飛び込んだ、救いようのないバカ。

 自分の足でアクセルを踏み、最短の手順で破滅する。……これ以上の効率解はないね」



枢は一度も振り返ることなく、隣を歩く繭に淡々と告げた。



「……九重くん。あなた、やっぱり恐ろしいわ。

 彼らが『自分で選んで逃げている』と思い込ませたまま、喉元にナイフを突き立てるなんて……」



繭はその光景を、恍惚とした表情で見つめていた。

彼女にとって、枢はもう、世界のノイズを意思ごとデリートする、冷徹な『執行者』だった。



(……やれやれ。街の信号を弄るのは、帰宅ルートを計算するより骨が折れたな)



枢は眼鏡を押し上げ、雨の降り始めた空を見上げた。

彼にとって、これは正義でも復讐でもない。

ただ、自分の平穏を乱す不快なバグを、最短の手順で「処理」しただけなのだ。

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