第6話審判の日
結局、私はこの歴史ある魔法学院を卒業することは叶わなかった。 手にすべきだった羊皮紙の卒業証書も、栄光ある賢者の称号も、私のもとへは届かない。代わりに私を待っていたのは、白々しい静寂と、冷徹な法が支配する聖白(せいはく)議事堂だった。
聖白(せいハク)議事堂の空気には、度を越して濃厚な、嘔吐を催すような百合の香が漂っていた。それは、大理石の隙間にこびりついたレアンドの、弾丸で撒き散らされた脳漿と血の生臭さを覆い隠すためのものだった。 私は漆黒の鉄椅子に深く沈み、周囲をそびえ立つ白石の柱に囲まれていた。審判席からは、エルフの長老たちが私を完全に見下ろしていた。その双眸は洗いたての空のように澄んでいるが、そこには「人間性」などという不純物は欠片も存在せず、ただ空虚だった。
陪審席では、レアンドの両親が引き裂かれるような悲鳴を上げて泣き崩れている。 「罪を認めるか、ポール」 審判長が口を開いた。その声は清冷な玉(ぎょく)のごとく、怒りすら帯びていない。そこにあるのは、異類に対する根源的な蔑視だけだった。
「罪だと?」 私の声は、粗い砂紙を擦り合わせるように掠れ、粘ついていた。
「問いたいのだが、私に何の罪がある? この学院の主義は自由と平等ではなかったか。校内でこのような事態が起きたのは、誰もが予期せぬことだった。責めるべきは学生を守れなかった貴公らではないのか。正当に試験に参加した一介の受験生に、何の関係がある。それとも、私はただ膝を突き、奴に慈悲を乞えばよかったのか? あるいは、熾烈な炎に生きたまま焼き尽くされるのを待てと? 貴公らの言う自由や平等は、木桩(くい)に吊るされた弱者の上に築かれたものか?ゴブリンから引き剥がされた爪の上に成り立つものか? あるいは、物理法則という絶対の真理を無視した上に浮いているのか。……あの鉛弾がレアンドの眉間を貫いた瞬間の音。あれは、私の人生で最も美しい楽章だった。旋律などない。そこにあるのは『存在』と『消滅』。それこそが真実だ、長老。鉄は冷たく、火は熱い。脳漿が飛散する速度は、貴公らの冗長な詠唱では永遠に捉えきれん」
「狂える猿め」 審判長が指先を微かに動かす。粘着質な魔力の圧が、私の肩にのしかかり、無理やり膝を折らせようとする。それは湿り気を帯びた無数の毒蛇に締め付けられるような感触だった。
「そこまでだ」 重厚で野卑な、煙草の煙にまみれた声が議事堂の入り口で爆発した。 アンダーソン教授が扉を蹴破るようにして現れた。皮の作業着には暗褐色の機油がべったりと付着し、一歩進むたびに大理石の床に汚らしい黒い足跡を刻みつける。その手には、帝国の外交印が押された、黄ばんだ保釈状が握られていた。
「放せ」 教授は長老たちを見ることなく、ただ口端に火のついていない煙草をきつく噛み締めた。「こいつの学籍は疾うに抹消した。帝国側はこいつの安全な帰還を要求している。それとも……貴公らは戦争を望むのか?」
長老たちの頬が微かに引き攣った。「恐怖」という名の生理反応が、その優雅な面皮の下で波紋のように広がっていく。
私はあの白い牢獄から引きずり出された。学院の門前、教授からずっしりと重い帆布の鞄を渡された。中には「余燼(エミキ)」の予備部品と、手垢で汚れた数冊の手稿が入っていた。
「行け、ポール。家に帰るんだ」 アンダーソン教授は地平線の彼方を見つめていた。その瞳には夕陽の紅が、まるで沸き立つ鉄水のように映っていた。「ここにはもう魔力しか残っていない。奴らは旧時代の残骸を抱いて死を待つだけだ。だが、我らがすべきは、本物の火を灯すことだ」
三ヶ月後。帝国の辺境。
そびえ立つ巨大な煙突が、荒野にその姿を現した。それは太く、黒い骨のように、かつて神と魔法が支配した空を無残に突き刺していた。
私は工場の影に立ち、耳を澄ます。そこにあるのはもはや虚偽の詠唱ではなく、数百台のプレス機が刻む規則正しい轟音――「ドォン、ドォン、ドォン」。
その響きは粘り強く、重苦しく、大地そのものを震わせていた。
棄冕者 瓶の中の小さな忌まわしいもの @HarryLich
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