小生はカシオのFX-502P(256step!)から始めたので、物語の起点より少し前からの記憶が、大量に連想されます。
「知人」さんの様に、これは敵わん!と言う知人を思い出したり。
ベーシックマスターLV 1のbiosを徹夜で逆アセンブルして、藁半紙に機能コールを書き出したりしてたなあ。
当時の不便さ(工夫の余地?)と熱量が記憶にある人には、とても刺さる内容です。
今の人には、探求と創造はかくも楽しき、と伝われば十分かと。
近くの電気屋のパソコンコーナーでSANYOのビジネス機(グリーンモニタ)を見たな…あれがMBC -55だったのか?ハンドヘルドも出してましたね…
今も手元にあるFM-8店頭ポスターの伊藤麻衣子さんが、後にパソコン講師をしていたり…縁は奇なものですな。
学生時代、88MRのDISK-BASICを軽く機能拡張したシステム作って遊んでました。
本家では再起動が必要な2D/2HD切り替えを、ドライブごとにBASICの空予約語フックからいつでも使えるようにしたり。それを消費メモリ増なし、起動時から使えるように組み込みたいってことで、DISK-BASICのどうでもいい画面メッセージ域を潰して読み込むIPLを作ったり、IPL書き換えた状態のシステムディスクを作っるツールと、2D/2DD/2HDをサポートかつ本家より速くFDをコピーするツール書いたり。ついでにALU使った高速CLSも組み込んだり。
88は5"FDD側にもZ80とRAM積んでたので、本体側でユーザと対話してる間にFDD側のZ80にデータ準備させたりとかもしたなあ。
Oh!○○に投稿したら、雑誌連載のスーパー88とちょっと被るからムック発刊してそちらに載せますとなったりもしました。
そんなわけで私は88ユーザだったのに、自分のために書かれた物語のように感じてしまうほど刺さりました。懐かしい