第2話鉄を弄ぶ男
アンダーソン教授に初めて会ったのは、学院の最も薄暗い隅だった。そこにはエルフ魔法特有の流麗な光輝はなく、優雅な蔦も花香もない。あるのは鼻を突く機油の臭い、金属摩擦の耳を裂く轟音、そして火花。薄暗い光の中で、それらは微弱だが強情な星辰のように飛び散っていた。
彼は極めて凡庸な人間だった。群衆の中に放り込めば、瞬時に没するほどに。魔力は水を足しすぎた粥のように希薄で、ほとんど感知すらできない。燦然たる魔法の光を放つエルフの導師たちの中に立つ彼は、絹織物の山に落ちた一塊の錆びた生鉄(なまがね)のように、粗野で、暗く、周囲の優雅さと絶望的に不適合だった。彼の手は胼胝(たこ)と黒い油垢にまみれ、指の関節は腫れ上がっていた。それは長年、歯車や金属、研磨機と対峙してきた痕跡であり、一つ一つの傷痕が、凡庸さと戦い抜いた刻印だった。
彼の講義は『魔導工学』と呼ばれていた。エルフの郷では物議を醸す学問だ。彼らは純粋な天賦と生来の力を信奉している。「鉄の塊で魔法を代用する」などという学問を「弱者の足掻き」と見なして蔑んでいた。だが奇妙なことに、彼の講義は常に満席だった。私のような人間の留学生もいれば、少数の物好きなエルフもいた。彼らは教授の理念には同意せずとも、その瞳に宿る断固たる意志と、その手の中で「生命」を得る機械仕掛けの造形物を無視することはできなかった。
「魔法は天賦だが、工学は意志だ」
彼は常に俯き、声は枯れ、幾多の星霜を経た重みを湛えていた。胼胝と油垢にまみれた指で、熟練の動きで歯車を弄ぶ。その動作は生理的なほどに連動し、変化への執着を感じさせた。彼は高価な付魔金属を容赦なく切り裂く。研磨機の下で金属が上げる悲鳴を、まるで冷たい死体を解剖するかのような、微塵の動揺もない、決絶した瞳で見つめていた。
「想像してみろ、子供たちよ」
彼は顔を上げ、教壇の下を見渡す。我々、人間の留学生に視線が落ちる時、そこには僅かな、本人も気づかぬほどの慈愛が混じっていた。
「君たちの多くはエルフであり、天賦の魔力を持っている。海を渡りたければ、己の意志と実力で成し遂げられるだろう。だが、君たちの中にも、その域に達せぬ者はいる。結局、君たちは妥協した。飛空艇を作ったのだ――魔法で駆動する飛空艇を。それは本質的に、君たちが『弱さ』に妥協し、『利便』を追求した結果だ」
彼は語りながら、黒板に向き直る。チョークが素早く走り、飛空艇の構造図が鮮明に描き出された。各々の部品、接合の箇所、すべてが精密を極めていた。それは黒板に描かれた図面ではなく、彼の脳裏に刻まれ、血肉に溶け込んだ実体であった。当然だ。この代物は、彼が発明したものなのだから。
「だが、子供たちよ、ここには問題がある。分かる者はいるか?」
彼はチョークを止め、再び場内を見渡す。声には追及と、微かな期待が混じっていた。全員が静まり返り、魔力を持たぬこの男を注視していた。傲慢なエルフたちでさえ、その時ばかりは不遜な笑みを収めていた。
「そうだ、飛空艇は便利だ。私のような魔力の乏しい凡人でも操縦できる」
彼は自嘲気味に笑い、黒板の図面を指先で叩いた。
「だが、最大の問題は、それが『人』を、そして『魔法』を必要とすることだ。もし、いつの日か、この機械が魔法を持たぬ凡人でも動かせるとしたら。いや、人による操縦すら必要ないとしたら。エネルギーを充填し、起点と終点を設定すれば、あとはこの鉄の塊が自ら飛んでいく――私の目的は単純だ。『到達』すればそれでいい。これは進歩ではないか? 我々が次に解決すべき課題ではないのか?」
彼の声は一段と高まり、断固たる響きを帯びた。瞳に宿る光はエルフの魔法より眩く、飛び散る火花より熱かった。
「忘れるな、子供たちよ。君たちはエルフだ。強者であり、常に高みに立っている。君たちは常に自分たちの視点で世界を見、問題を思考する。それは天賦の才能であると同時に、呪いでもある。強者の視点からは、弱者の足掻きは見えない。才能に見捨てられた者が、いかに死力を尽くして生き抜いているかが見えないのだ」
「私は最初の講義から何を教えている?」
彼は言葉を切り、視線を私に落とした。その眼差しは、私のすべての葛藤と迷いを見透かしているようだった。
「弱者の視点で世界を見ろ。思考しろ。天生(生まれつき)の強者たるエルフにとって、それは拷問に等しい難事だろう。だが覚えておけ。人間やゴブリンが生まれる前、この世界には海を渡る船舶すら存在しなかったのだ。弱者の足掻き、不屈の意志が、一歩ずつ世界を押し進め、我々の希望を創り出してきたのだ」
その瞬間、私は彼の胼胝に覆われた手、その瞳の輝き、そして黒板の構造図を見つめ、故郷の苦難を思い出していた。魔法を持たぬ凡人、悪魔の蹄の下で喘ぐ同胞たち。彼らこそが、そうではないのか。才能も、強大な力もない。だが意志を武器に絶望と対峙し、希望を探し続けている。そしてアンダーソン教授は、この偽りの優雅さの中で、我ら人間の進むべき道を照らす一筋の光だった。
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