第3話 吾輩、ジューシー肉山でピンと来る

 吾輩はリビングのソファで丸くなっていた。鼻を肘当てにつけて、推理の香りを思い出す。


 なぜケンジは、事件現場を散歩コースに入れていたんだ。犯人がケンジなら、事件現場にまた行くこと自体、危険な行為だ。二万円奪えたなら、証拠に繋がるバッグはすぐ捨てる。事件現場には近寄らないはずだ。


 自分の犯行の愉悦に浸っているのだろうか。放火犯は、自分が燃やした家をあとから見に来ると言うし。

 

 ケンジも京子さんを襲ったときの、達成感や快感を思い出すために事件現場に来てる、とか。うーん。それならケンジは吾輩のウンコ以下である。主として最低だ。


 思考が他に飛ぶ。


 なんで肉屋のおっちゃんから、京子さんの匂いがしたんだろう?

 

 お惣菜を買ったときに手が触れたのか、それとも袋を渡したときに、香りが移ったのだろうか。いや、そんなちょっとしたことで付く匂いの量じゃない。なにか別の可能性があるのか。

 

 肉屋のおっちゃんが京子さんの彼氏……だからおっちゃんも京子さんの匂いがした。いや、そんなこと……うーん。わからない。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃした。推理の匂いも混ざっちゃってわけわからなくなっている。どうしよう。行き詰まってしまった。強盗犯に辿り着けない。ほかに嗅ぎ損ねている匂いがあるのだろうか。


「ササミ」


 急に呼ばれて顔を上げる。ケンジが吾輩の皿を持って来た。


「おやつだよ。元気なさそうだから。お食べ」


 皿には肉、いやハンバーグが乗っていた。


 おいおいケンジぃ。なんて良い主なんだ。惚れ直してしまったわ。

 吾輩はテレビをつけて、まったりおやつタイムを楽しむ。ちょうどジューシー肉山も出演してた。ふふふ。いいね。


 吾輩は一口食べた。む、なんだ……ふにゃふにゃした感触。期待していた肉汁は出ない。水の味がした。

 

 吾輩はケンジを見た。

 皿を見た。

 ケンジを見た。ケンジは頷いて笑顔を見せた……騙された。これ水でふやかしたカリカリじゃん!

 

 潰してハンバーグの形に整えただけ。カリカリは水でふやかしても、カリカリなんだよ。ケンジっ、吾輩はハンバーグだと思って食べたのだぞ。くそう。ダイエット飯めぇ。


『筋肉と肉汁のハイブリッド、ジューシー・肉山(にくやま)ですッ!』


 吾輩はジューシー肉山の声で顔をあげた。視聴者のお悩みを訊く「ジューシー人生相談、焼き加減、ちょうどいい?」が始まるところだった。

 

 テレビの司会者が、ジューシー肉山に話を振る。


『ペンネーム焼肉食べたいさんから。ジューシーさん聞いてください。知人の紹介で付き合った彼氏が無職でした。初めて会ったときはスーツを着ていて、いかにも商社マンって感じで頼れそうだからOKしたのに。これって別れた方がいいんでしょうか?』


『これねこれ。めっちゃくちゃわかります。思っていたのと違ったって。僕も過去にあったんですよ』


 ジューシー・肉山は、わかるわかるぅ、と体全体で返事をしているかのごとく頷いた。


『実家にいたころ、夕飯にハンバーグが出たことがあったんですよ。バクっ勢いよく食べたら、びっくり! 肉じゃなくて大豆ミートだったんです』


 ジューシーもかぁ。吾輩はハンバーグもどきカリカリを見つめ、密かに共感してしまった。


『ウチのママンにね「アンタ脂身ばっかのお肉食べているから、脂肪がストーカーして太ってきたの。大豆ミートでもハンバーグはハンバーグなんだから、ワガママ言わないで食べなさい」って言われたのさ。そのとき僕はハッとしたよ。

 肉のハンバーグって、最初から決めつけていたんだって』


 吾輩もハッとした。推理の香りとジューシー肉山の言葉が繰り返して混ざり合う。


(最初から決めつけていたんだって)


 初めて霜降り和牛を食べたときのような、歓喜の震えに直面した。わかった。繋がったぞ。


テレビの司会者が、それ関係あるんですか、とジューシー理論に困惑している。


吾輩は大きく頷き、テレビを消した。自らリードを咥えて用意し、玄関でケンジを待つ。


「ササミ、そろそろお散歩……え」


 ケンジよ。なにもたもたしている。行くぞ。

 真実を捕まえに。



 事件現場付近。薄暗い歩道を進むケンジの足元で、吾輩は待っていた。


 来る。じっとりとした川の空気に、肉と焦げた油と汗の臭い。奴が来る。後ろから接近してきた。


 臭いでバレバレなんだよっ。


 吾輩は飛び上がり、殺意の臭いに向かって噛みつく。臭いの元は悲鳴を上げて尻もちをついた。


「え、な、なに?」


 吾輩は牙を離して、ケンジの傍まで下がった。


 ケンジが振り返る。そこには包丁を持った肉屋のおっちゃん。再び立ち上がろうとしている。充血した目に、怨嗟の怒りが灯っていた。


 テレビで見た情報、被害者が襲われてバッグが奪われたと報道されていたから、吾輩は強盗だと決めつけていた。でも真実は違う。


 犯人は強盗なんかじゃない、ストーカーだ。

 

 被害者の京子さんのストーカー。つまり、肉屋のおっちゃんだ。

 

 肉屋のおっちゃんから京子さんの匂いがしたのは、京子さんのバックを捨てずに持っているからだ。


 ジューシー肉山の言葉がなかったら、気づけなかった。ありがとよジューシー。


「京子は……オレのもんだった。お前が、お前が奪ったんだ!」


 おっちゃんは叫びながら、ケンジへ襲い掛かる。


 吾輩は力の限り吠えて、再び跳んだ。牙を剥き、おっちゃんの右腕に噛みついた。


「うぐっ……ッ」


 腕がぶれた隙に、ケンジが一歩下がった。おっちゃんはバランスを崩して転がる。

その衝撃で、懐からバッグが飛び出した。


 吾輩は鼻でそれを確認する。京子さんの匂い。

 確定だ。おっちゃんが、京子さんを襲ったんだ。

 

 ケンジの瞳が、バッグに向けられる。凍りついたような表情から、震える唇が絞り出す。


「嘘……あなたがササミを……」


 マンションの方角からライトを向けられる。騒ぎを聞きつけた住人たちが、様子を伺うように遠くから見ていた。


 間もなく、パトカーのサイレンも訊くことができるだろう。


 おっちゃんが怒鳴った。


「くそが! せめて犬だけでも消えろ!」


 吾輩はおっちゃんの右腕の包丁に意識を向ける。が、左手が自由だった。懐から二本目の包丁を出している。このままじゃ腹が、首が狙われる。まずいヤラれ――


 その瞬間、ケンジが動いた。

 震えた声で叫びながら、おっちゃんの顎に、左ストレートが叩き込まれる。骨が鳴った。おっちゃんの顔がゆがみ、そのまま前のめりに地面へ。


 静寂。風が少しだけ変わる。血の匂いは出ていない。


 ケンジ……お前、吾輩を守ったのか。

 ハンバーグもどきの味が、突然恋しくなった。命を張ってくれる主の作った料理なら、吾輩、なんでも食うぞ。


 囮にして悪かったな、主よ。


「大丈夫か、ササミ」


 吾輩の頭を撫でたケンジの手から違和感。小指と薬指が、妙な角度になっていた。



 ケンジの家。

 京子さんが吾輩のご飯の準備をしている。


「ササミ」


 ケンジが呼ぶと、吾輩と京子さんが振り向いた。あっ、とケンジが口を抑える。京子さんが微笑んだ。


「いつまで苗字で呼ぶの。もう笹見(ささみ)じゃなくて今村になるのよ。今村京子。今村健二のお嫁さん」


 そう、ケンジのヤツはさみしいからって、吾輩のことをササミと呼んでいたのだ。京子さんのことを思って、というがなんとまぁ可愛い主である。


 ケンジが事件現場に足を運んでいたのは、京子さんのバッグを探していたからだった。散歩コースに病院が入っていたのは、治療中の京子さんに会いに行っていたんだろう。


 クローゼットにあった紙袋、タオルや下着は、入院中の京子さんに渡していた。

 それ早く言えよ。と、吾輩はケンジの説明不足に憤慨したものだ。


 ケンジの左手。骨折した薬指と小指はギプスに包まれていて、結婚指輪はまだはめられない。でも、二人の幸せはこれから続いていくことだろう。


 ケンジは顔と耳を真っ赤にしながら、小さい声で「きょうこ……さん」と言った。


「聞こえな~い」


 京子さんは顔をケンジに近づけた。ラブラブなことだ。吾輩は気を使って視線をテレビに移す。


 テレビでは強盗事件が解決したことを報道していた。

 犯人の動機は吾輩が推理した通りだった。


 ある日の肉屋での会話で、おっちゃんは京子さんに彼氏がいることを知り、逆上。夜道で京子さんを襲い、バックを強奪。


 後日、彼氏を探し出し、散歩中の吾輩達を襲った。まぁビシッとやっつけてやったけどね。でもさぁ、テレビよ。

 

 お手柄。好青年が犯人を逮捕。って、吾輩だ活躍したのは!

 

 テレビ画面では、警察署長からの感謝状をもらうケンジが、隣にいる吾輩より目立っていた。癪だが、まぁいいか。助けてくれたしな。我が主だし。


『どうも~。ジューシー肉山です!』


 ニュースはCMに代わり、ジューシー肉山が新商品のお肉を手にして踊っていた。それ、犬用じゃん。カリカリよりしっとりしていて、うまそうだ。


『ジューシーささみ、新発売!』

「タロ。ごはんだよ」


 京子さんがタイミングよくお皿を持って来た。え、まさか。この盛り付けてあるの、ジューシーささみじゃないですかっ。


 いただきま~す。うむ。うまい。やはりカリカリより肉だ。ジューシー、ありがとう。


 吾輩は京子さんが用意してくれたご飯をもりもり食べて、あっという間に完食した。空いた皿を咥えて、京子さんに持って行く。


「あら。もう食べたの。タロ、お代わりいる?」


 京子さんは笑っていた。ケンジも。食べても良い、ということだろう。


 吾輩は幸せを噛み締めながら、京子さんがお代わりをくれるのを待っていた。

 うーん。幸せである。



生成AI(ChatGPT)を、構成検討および文章校正の補助として使用しました。本文の執筆はすべて自作です。

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名犬タロとふたりの主 ああたはじめ @tyomoranma2525

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