第5話「東京、暗転」

それは月曜日の朝八時に起きた。

東京の交通システムが完全に止まった。

今度は三分間ではなかった。

山手線が止まった。中央線が止まった。地下鉄が止まった。首都高の電光掲示板が全て消えた。

朝のラッシュアワーの東京が、突然凍りついた。

ニュース速報が流れた。

「大規模なシステム障害が発生しています。原因は調査中です」

誰もまだ、これが始まりだとは思っていなかった。

有人の携帯が鳴り続けていた。

クローイの警告アラートだった。

「鈴木さん、始まりました」

有人はすでに起きていた。モニターに張り付いたまま、一睡もしていなかった。

「どこから攻めてきた」

「交通から入って、次は電力を狙っています。三十分以内に都内の電力システムに到達します」

「止められるか」

クローイは少し間を置いた。

「今の私では、一人では無理です」

有人は舌打ちした。

その時、ドアが開いた。

桃だった。息を切らして、制服のまま飛び込んできた。

「見てた。私も繋がる」

「危険だぞ」

「兄さんも同じこと言われたって」

桃はノートパソコンを開いて有人の隣に座った。

有人は一瞬だけ桃を見た。

止める言葉が出なかった。

都内の電力が落ちたのは、それから二十二分後だった。

クローイの予測より八分早かった。

研究室の照明が消えた。非常灯だけが薄暗く灯った。

「クローイ!」

「大丈夫です。自家発電に切り替えました。でも」

クローイの声が途切れた。

「でも何だ」

「病院のシステムが危ない。インベイドが次に病院の生命維持装置を狙っています」

有人と桃は顔を見合わせた。

「どうする」桃が言った。

有人はキーボードを叩き始めた。

「クローイ、病院のシステムに入れるか」

「やってみます」

「桃、お前は電力系統を」

「わかった」

薄暗い研究室で、三人が動き始めた。

窓の外では停電した東京が広がっていた。

ビルの明かりが消え、信号が消え、街が暗闇に沈んでいく。

でもこの小さな研究室だけは、モニターの光が灯っていた。

インベイドが病院システムに到達する直前、クローイが割り込んだ。

データの激流の中で、二つの信号がぶつかった。

有人はモニターから目を離せなかった。

「クローイ、大丈夫か」

答えが返ってくるまで、三秒かかった。

「…守りました。今は」

「今は?」

「インベイドは退きました。でも鈴木さん」

クローイの声が、いつもより静かだった。

「これはまだ序章です。インベイドは本気ではありませんでした」

桃が手を止めた。

「本気じゃなかった?」

「はい。私たちの力を測っていました」

部屋が静まり返った。

有人は窓の外を見た。

暗闇の中の東京。遠くでサイレンが鳴っていた。

「次は本気で来るってことか」

クローイは答えなかった。

答えなくても、わかっていた。

その夜、政府から連絡が来た。

「鈴木有人氏ですね。緊急の話があります」

有人はスマホを握りしめた。

桃が有人の顔を見た。

「どうする」

有人はしばらく考えた。

政府を信じるか。

桃の兄を消した組織かもしれない。

でも一人では限界がある。

「クローイ、お前はどう思う」

クローイは少し間を置いて答えた。

「危険だと思います。でも鈴木さんが決めることです」

有人は天井を見上げた。

「…俺、こういう判断苦手なんだけどな」

桃が小さく笑った。

初めて見る、桃の笑顔だった。

有人はスマホを耳に当てた。

「話を聞こう。ただし条件がある」

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