第11話「戦場のワルツ」
爆煙が晴れると、そこには絶望と希望が同居していた。
人間軍の兵士たちは、信じられない光景を前に立ち尽くしている。彼らの切り札であった巨大魔導砲は、無惨にも鉄屑と化し、赤熱した断面から黒い煙を吐き出していた。
そして、その破壊の中心に立つ二つの影。
黄金のオーラを纏う勇者レオと、漆黒の闇を背負う魔王ベリアル。
対照的なはずの二人は、しかし、この世の何よりも調和の取れた一つの絵画のように並び立っていた。
「ひ、怯むな。相手はたったの二人だ。数で押し潰せ」
指揮官が裏返った声で叫ぶ。
その命令は、恐怖を振り払うための悲鳴に近かった。兵士たちは半ばパニック状態で武器を構え、波のように押し寄せる。
「まったく、学習しない連中だ。命が惜しくないのか?」
ベリアルは呆れたように嘆息し、太い腕を横に振った。
それだけの動作で、不可視の衝撃波が発生する。
先頭を走っていた数十人の重装歩兵が、まるで枯れ葉が突風に煽られたかのように宙を舞い、遥か後方へと吹き飛ばされた。
鎧が砕ける音、悲鳴、そして着地の地響きが重なる。
「レオ、殺すなよ。無駄に死体を増やしても、後味が悪い」
「わかってるよ。峰打ちで十分だ」
レオは地を蹴った。
その動きは風よりも疾く、雷光のごとく鋭い。
敵陣の中へ飛び込んだレオは、聖剣の腹を使って兵士たちの急所を的確に打ち据えていく。
首筋、鳩尾、顎。
兵士たちは自分が何をされたのかも理解できずに意識を断たれ、次々と崩れ落ちていく。
レオの身体は小柄だが、その一撃には魔王から供給された莫大な魔力が乗っている。人間離れした膂力と速度は、まさに鬼神の如き強さだった。
「おいおい、どっちが化け物かわからねぇな」
ベリアルは愛し子の奮闘に目を細めつつ、自身に向けられた魔法の雨を片手で払いのけた。
炎弾、氷柱、雷撃。
あらゆる攻撃が魔王の皮膚に触れる直前で霧散していく。
絶対的な力の差。
「下がらないか、人の子よ。これ以上、余の番に刃を向けるなら、その命、灰すら残らぬと思え」
魔王の声が戦場全体に轟く。
それは魔法による拡声などではない。圧倒的な「格」の違いが、空気を震わせ、魂に直接響いてくるのだ。
兵士たちの足が止まる。
恐怖。生物としての根源的な恐怖が、彼らの闘争本能を完全にねじ伏せた。
「か、勝てるわけがない……あんなの、神様じゃないか……」
誰かが武器を取り落とした。
乾いた音が静寂の中に響き渡る。
それを合図にしたかのように、一人、また一人と武器を捨てていく。
「退却。全軍、退却だぁっ」
指揮官の絶叫と共に、人間軍は雪崩を打って逃げ出した。
蜘蛛の子を散らすような撤退劇。
砂塵を上げて去っていく彼らの背中を見送りながら、レオは大きく息を吐き、聖剣を鞘に納めた。
「……終わったか」
「ああ。圧倒的な勝利だ」
ベリアルが歩み寄り、血と汗に汚れたレオの肩を抱き寄せる。
戦闘の高揚感が残っているせいか、触れ合う肌が異常に熱い。
「怪我はないか? レオ」
「かすり傷ひとつないさ。お前が背中を守ってくれていたからな」
レオはニカッと笑って見せたが、その頬は不自然なほど紅潮していた。
心臓が早鐘を打ち、下腹部に甘い痺れが走る。
戦いの興奮は、種としての本能を刺激する。特に、命のやり取りをした直後のアルファとオメガの間には、強烈な引力が発生する。
「……レオ。お前の匂いが、強くなっている」
ベリアルの瞳孔が縦に割れ、捕食者の目に変わる。
「う、嘘だろ……抑制剤は飲んだはずなのに」
「戦場で魔力を解放しすぎたな。余の魔力と混ざり合い、発情を促しているようだ」
ベリアルがレオの首筋に顔を埋め、深く息を吸い込む。
鼻先が肌に触れるだけで、レオの膝から力が抜けていく。
「んっ……やめろ、ここじゃ……」
「誰も見ていないよ。我が軍は空気を読んで下がらせた」
周囲を見渡せば、いつの間にか魔王軍の兵士たちは遥か遠くで整列し、背を向けていた。
「気の利く部下たちだこと……」
レオは毒づきながらも、ベリアルの胸板に体重を預けた。
抗えない。
血生臭い戦場の風の中でさえ、魔王のフェロモンは甘く、濃密にレオを包み込む。
「城へ戻るぞ。勝利の祝杯と、そして……」
「そして?」
「愛しい番への『ご褒美』が必要だろう?」
ベリアルはレオを軽々と横抱きにし、転移魔法の陣を展開した。
視界が歪むその瞬間まで、レオは魔王の熱い視線から目を逸らすことができなかった。
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