第7話「戦士たちの共鳴」
数日後、レオは城の中庭にある訓練場を訪れていた。
魔封じの首輪はついたままだが、身体を動かしたくてうずうずしていたのだ。ベリアルに頼み込み、監視付きという条件で剣を振るう許可を得た。
訓練場には、数十名の魔族兵士たちが汗を流していた。
人間よりも一回りも二回りも大きな巨体を持つオークや、俊敏な動きを見せるリザードマンたち。
彼らは突然現れた勇者の姿に緊張を走らせたが、ベリアルの側近であるダークエルフの将軍、ガープが「手出し無用」と告げると、遠巻きに様子を窺い始めた。
レオは貸し出された木剣を握り、素振りを始めた。
空を切る鋭い風切り音が響く。
魔力が使えなくても、長年鍛え上げた筋肉の記憶は消えていない。
重心移動、足運び、剣の軌道。
没頭するうちに、レオの周りにだけ張り詰めた空気が生まれていく。
「……見事なものだな」
「人間にしてはやるじゃないか」
「あの細い腕で、よくあんな重い素振りができるもんだ」
休憩中の兵士たちが、ぼそぼそと話し始める。
最初は敵意を含んでいた視線が、次第に純粋な称賛へと変わっていく。
戦士同士、言葉は要らない。実力こそが共通言語だ。
一通りの型を終えてレオが息をつくと、一人の巨漢のオークが進み出てきた。
「おい、人間。俺と一手、どうだ?」
手には丸太のような太さの模擬剣を持っている。
周囲がざわつく。
「やめとけ、ザグ。相手は勇者だぞ」
「魔力がなけりゃ、ただのチビだろ?」
オークの挑発的な言葉に、レオの口元がにやりと歪んだ。
「いいぜ。ただし、泣いて逃げ出すなよ?」
「ハッ。吠えやがって」
オークが咆哮と共に突っ込んでくる。
単純だが、重い一撃。
まともに受ければ骨が砕ける。
だが、レオの動体視力にとって、その動きは止まって見えた。
振り下ろされる模擬剣を、最小限の動きで半歩横にずれてかわす。
同時に、オークの無防備になった脇腹へ木剣の切っ先を突き入れた。
鈍い音が響き、オークは苦悶の声を上げて膝をついた。
あまりの早業に、訓練場が静まり返る。
「力任せすぎる。もっと足を使え」
レオが木剣を肩に担いでアドバイスすると、オークは痛みを堪えながらも感心したように顔を上げた。
「……へっ、完敗だ。すげえな、あんた」
その一言をきっかけに、他の兵士たちも次々とレオに群がってきた。
いつの間にか、即席の剣術教室が始まっていた。
レオも久々に味わうこの熱気が心地よかった。
種族が違っても、強くなりたいと願う気持ちは同じだ。
彼らは決して、無慈悲な殺戮者ではない。仲間と笑い、切磋琢磨する、ごく普通の戦士たちなのだ。
***
汗だくになって指導していると、バルコニーからその様子を見ていたベリアルが降りてきた。
兵士たちが一斉に姿勢を正し、敬礼する。
「楽しそうだな、レオ」
「……まあな。お前の部下たち、思ったより素直でいい奴らだ」
レオが汗を拭いながら答えると、ベリアルは満足そうに頷いた。
「そうだろう。彼らは余の自慢の息子たちだ」
そして、ベリアルはレオの手を取り、その掌の豆を指でなぞった。
「だが、あまり無理はするな。お前の身体は、夜のために取っておかなければならない」
兵士たちの前で堂々と言い放つ。
「っ。お前、場所を考えろ……」
レオが顔を真っ赤にして抗議するが、兵士たちはニヤニヤと笑いながら冷やかしている。
「行くぞ。汗を流しに風呂へ入ろう」
「一人で入れる」
「背中を流してやると言っているのだ。光栄に思え」
ベリアルはレオを軽々と俵抱きに持ち上げた。
「離せ。皆見てるだろ」
暴れるレオをよそに、ベリアルは悠々と訓練場を後にする。
兵士たちの爆笑と冷やかしの声が背中に刺さる。
(くそっ、こいつのペースには敵わない……)
レオは観念して、魔王の広い背中に顔を埋めた。
その背中から伝わる振動と体温が、不思議とレオの心を安らがせた。
魔族たちの中に自分の居場所ができつつあること。
そして、ベリアルとの距離が縮まっていること。
それを認めるのが少し怖くて、でも嬉しかった。
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