第三話:白黒
「綿衣子~、奈々子の家ってこの近くだっけ?」
「この公園過ぎたら、もうすぐだったはずだ。もう少し涼んでこうぜ」
「おっけ~。……って、やっぱりこのカッコはヤバくない、綿衣子?」
飲み干したチューハイ缶を一旦地面に置いて(※さすがにポイ捨てはしない)、綿衣子は公園のベンチで思い切り足を広げて座り、手をパタパタさせてスカートの中に風を送りました。
「間違えられたら、ネタとして美味ぇんじゃねぇか? まぁ職質されたとしても、身分証は持ってるし、
「仰ると~り。まあ犯罪感があるとすれば、アタシ達の今の格好になるのかな?」
「ハハっ、違ぇねぇ!!」
二人は爆笑しながら、綿衣子は前髪に装着したピンクのハートのヘアピンを、そしてキヌは大きなリボンでまとめたツインテールをいじりました。
現在の綿衣子とキヌの格好は……上着はお揃いの純白ブラウスシャツとピンク色のリボン、そして十分に伸ばしたルーズソックス。さらには股下を攻めに攻めた超ミニのプリーツスカートという、遠目で見ると活発(?)な女子高生のような姿となっていたのです。
普通に立っているだけでも白色のパンツが外から見えてしまいそうな状態で、なおかつチューハイを飲みながらここまで何事もなくたどり着いたことを綿衣子達は奇跡に思い、思わず大声で笑ってしまったのでした。
*
綿衣子とレイの縁が途切れてから、ちょうど一ヶ月後の土曜日。日が落ちる時間は早くなったものの、外はまだまだ暑い九月も末のこと。
綿衣子は冷蔵庫の中に、アルコール度数の低いチューハイ缶や、ノンアルコールのハイボール缶を混ぜるようになりました。おかげで最後にレイに会ったときよりも、若干ですが体調は持ち直した感じです。キヌはこれらに手を付ける様子はありませんが、無理に勧めて関係をこじらせる必要もないでしょう。
かつてレイから話を聞いていた『キヌが杏子に暴力を振るった』件について、綿衣子はキヌの動向を注意深く観察していたのですが……今のところキヌが綿衣子に暴力を振るいそうな気配は一度もありません。それどころか、徐々に綿衣子への『依存』を強めている感じがします。
キヌが自分を頼ってくれるのはとても嬉しく、以前は恐れていた『いつかフラリと出て行ってしまう』不安は杞憂に終わりそうです。
その一方で……綿衣子の部屋に転がり込んできた頃からキヌが発していた、『奈々子』の寝言は未だに継続中。
「もしかしてキヌはオレんトコじゃなくて、奈々子の側に行きたいんじゃないか……?」
そう思い付いた綿衣子は、キヌに対して「奈々子の部屋を襲撃してみないか?」と持ち掛けて、そして電車と徒歩で奈々子のマンションまで一緒に向かっていたのでした。
*
空になったチューハイ缶二本をリサイクルボックスに突っ込んで、キヌの手を繋ぎながら奈々子のマンションへ向かう綿衣子。
『三十歳を越えた妙齢の女性二人が、若々しい女子高生のような格好をして、さらに手を繋いで仲良く歩く』という、端から見ればツッコミがいのある光景だな……と綿衣子は心の中で苦笑してしまいます。
そうして二人でトコトコと歩いて、約二十分。
スマートフォンのナビアプリで位置を確認して、綿衣子とキヌが見つめた先には……。
「……ああ、やっぱりか」
フーッと大きく、長いため息を吐く綿衣子。
かつて奈々子が住んでいた2DKのマンションは、二人の目の前に存在しませんでした。
「あれ、場所ココで合ってるよね、綿衣子?」
「合ってるよ。ただ、建物が無いだけだ。……ホラ、コレ見てみろよ」
綿衣子が指さした先にあるのは『建て替え中』の看板。マンションはすでに解体されて、一旦更地になってしまった後の模様です。
「マジか~。そういえば、あのオンボロな車も見当たらないね」
「駐車場は更地ん中だったし、引っ越し先がこの近所でないなら、まあ見付かんねぇだろうな」
奈々子が所有していた、いつ煙を噴いて爆発炎上してもおかしくない、超オンボロなミニバン。当然ながら、これも綿衣子達から見える範囲には発見できませんでした。
「見たくなくても目に付くはずの、あの車が無い、ってコトは……たぶんココじゃないどこかに、引っ越しちまったんだろうな」
目標を達成できなかったことと、奈々子に(おそらく二度と)会えないことの喪失感。
そして何よりも、キヌをこんなコトに付き合わせてしまった罪悪感が、綿衣子の酔った頭の中でグルグルと渦巻きます。
「……
「ううん、それは別にいいよ。そっかぁ、もう奈々子はいないのかぁ……」
綿衣子に続いて、長く深いため息を吐くキヌ。
そして――――その直後にキヌの発した言葉は、綿衣子の耳を疑う衝撃的な内容でした。
「まっ、会えなくて良かった。もし奈々子に会っていたら、アタシ奈々子を『ブッ殺してた』かもしんないし」
「えっ!?」
キヌの唐突でとんでもない発言に対して、驚愕する綿衣子。
「『ブッ殺す』って……ずいぶんと厄介なこと言うもんだな」
「厄介だよ。アタシ、奈々子のこと嫌いだもん。……ああっムカつくっ、やっぱアイツ殺してえぇぇっ!!」
「おっ、おい、止めろって!!」
突然大声で物騒なことをわめくキヌを、綿衣子は必死で諫めました。
「ってか、キヌ自身は覚えてねぇだろうけど……譫言で時々、奈々子の名前を口走ってたんだぜ」
「うそっ、マジそれ、キモっ!!」
「ああ、勝手に聞いたのは悪かったと思ってるよ!」
「綿衣子じゃなくて、アタシのことだよっ! うわああっ、吐き気がする、今すぐ死にてえぇぇっ!!!!」
「おい、だから止めろって!!」
またしても大声で騒ぎ出した上に、今度は両手で自分の首を締めようとするキヌを、綿衣子は必死で取り押さえます。
しかし、突然キヌが暴れるのをピタリと止めたので、綿衣子はバランスを崩してよろけそうになってしまいました。
「うわっと、急に動き止めんなよ!」
「ああ、ゴメンっ。いや、思ったんだぁ。アタシの譫言、多分ソレ『奈々子への恨み言』なんじゃないか、って」
「恨み言、だって……?」
「アタシね、な~んにも言わずに姿を消した、奈々子のことが今でも許せないんだよね~」
キヌはフラフラとした足取りで、奈々子のマンション(跡)の反対側に建っている、新築マンションの階段に腰掛けました。股ぐらを大きく広げて、白色のパンツが丸見えの状態です。
「譫言言うくらい、奈々子のことが好きだったことは事実。でも今は、愛情余って憎さ百倍ってヤツ?」
「『憎さ百倍』って、そんなにかよ……」
「うん。だってムカつくよ。奈々子が消えたことで、アタシ達の関係がメチャクチャに壊れたんだからさあ!」
「それは、まあ……切っ掛けは、そうだよな」
奈々子が消えたことは、綿衣子達にとっても結構な衝撃でした。レイが『去る者は追うな』と(強引に)場を収めてくれなければ、自分達がどのように動いていたのか、綿衣子自身にも想像ができません。
「まぁお酒で迷惑掛けて、レイや杏子ん家から追い出されたのは、アタシの自業自得だけどね~」
「自業、自得……」
「ああゴメン、コレ綿衣子には話してなかったね。アタシ綿衣子んトコに来る前は、レイや杏子んトコにいたんだ。でも杏子とケンカしちゃって、ね……」
「それはレイから大まかに聞いたよ。話したくも、思い出したくもねぇだろうから、オレから話題を振らなかったんだ」
「そうだったんだ。まああの二人も、奈々子が消えた後におかしくなった感じだしね。こうなったらもう全部、何もかも奈々子のせいにしてやる!! あの変態女、今すぐ死んじまえっ!!」
「おいおい……」
この『忘れた頃に時々飛び出してくる、キヌの暴言』。
攻撃性が強い言葉を見事に組み合わせて出力されており、それらの発言に対して奈々子やレイ、そして綿衣子自身も強い嫌悪感を持っていたことを、今更ながら綿衣子は思い出したのでした。
「それだったらオレは、今日はずいぶんキヌに酷いことしちまったコトになるんだな……」
「そんなコトないよ。アタシ、今は綿衣子が好き。綿衣子のいない人生なんて考えられない」
「えっ!?」
話の方向性が唐突に自分へ向かい、動揺する綿衣子。しかも『綿衣子のいない人生』という強い言葉に反応して、心臓がバクバクと鼓動しています。
「こんな可愛い服着て、手を繋いで歩いて、久々にドキドキした。……今はちょっと、パンツがスースーする感じかなぁ~」
「おっ、おい、こんな人通りのあるところで言うことじゃ……!!」
「だよね。でもアタシ、それくらい嬉しかったんだよ。奈々子が消えて、レイや杏子にも追い出されて、アタシにはもう、綿衣子しかいない」
「そっ、そんなっ……」
「あっ、ちょっと今パンツがヤバいかも。見てみる?」
「何言ってんだ、さっさと股を閉じろっ!!」
キヌの両膝を掴んで、股を閉じさせようとする綿衣子。
しかしキヌはわざと見せびらかすように、股を大きく広げようとします。
「あっ、あれえ? 目が……!」
「おいっ、どうした、キヌ!?」
「うっ、うう~ん……」
これまた唐突にキヌは頭をグルグルと回すと、階段の上にパタリと倒れてしまいました。年頃の女性がするべきではない、無様極まりないガニ股を披露しており、パンツは見事に露出している状態です。
「おい、しっかりしろ、キヌ! 何てカッコしてんだ、パンツ丸見えになってんぞ!」
「そんなん、いつものコトじゃん~」
「『いつものコト』じゃねぇだろ、救急車呼ぶか!?」
「う~ん、そこまで大げさなモンじゃないよお。ちょっと酔いが回ってきただけだしい~」
奈々子のことで怒ったことと、アルコールの相乗効果が原因か、キヌの調子はあまり良くない模様です。とはいえ受け答えはハッキリしているため、救急車を呼ぶのは性急かもしれません。
「それだったら……」
綿衣子はキヌの両手を掴んで立たせた状態にすると……そのままキヌに背中を向けて、キヌを自分の背中に乗せて立ち上がりました。
「おぶってやるよっ」
「おっ、おわっ、綿衣子おっ」
「ホラ、しっかり掴まれ。落っこちたら、もうオレにはどうにもできねぇぞ」
「うっ、うん~」
キヌの身体はそれほど重くなく、短時間なら背負って歩くことはできそうです。
「取りあえず、さっきの公園まで戻るぜ。一休みして、それでもヤバい様子だったら、救急車呼ぶからなっ」
「うっ、うんっ、分かったぁ……」
綿衣子の背に負われたまま、無言となったキヌ。彼女の吐息が綿衣子の首筋に吹き掛かって、何だかくすぐったい感じです。
綿衣子はキヌを背負い直すと、公園に向けてゆっくりと歩き出したのでした。
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