【マディラ後日談】褐色の灯 ― 辺境に咲く愛の花(後編)
それから、マディラ様は私を”妻”だといろいろな人に報告して回った。
皆暖かく祝福してくれて、街の空気がふっと明るくなる。
それでも、情勢が待ってくれるとは限らなかった。
◇
その夜、国境付近で小競り合いが起きたという報せが入った。
医療所は慌たらしくなり、私は包帯や薬を抱えて走り回った。
「……大将が負傷した!」
誰かの声が響いた瞬間、胸が凍りついた。背筋に冷たい汗が伝う。
担架が運び込まれ、私は思わず駆け寄った。
血に濡れた軍服。
額に汗を浮かべ、意識が朦朧としたマディラ様。
「マディラ様……!」
呼びかけると、ゆっくりと瞼が震えた。
焦点の合わない青い瞳が、私を探すように揺れる。
「……パル……」
その声は、いつもの強さとは違い、かすれて弱かった。
胸が締めつけられる。
「動かないでください……すぐ処置しますから……!」
震える手で傷口を押さえると、マディラ様は微かに笑った。
「……君を……愛し……」
そこまで言って、力が抜けるように目を閉じた。
「マディラ様!」
呼びかけても返事はない。
でも、手は、身体は暖かい。この熱が失われないように、必死に祈りながら私はその手を握り続けていた。
◇
丸二日マディラ様は意識を失ったままだった。
青い瞳が開いた時、私は世界中のあらゆるものに感謝した。
それからも私は、必死で看病を続けた。
日々の鍛錬がものをいうのか、マディラ様の回復は目覚ましかった。
包帯を替えるたび、傷の縁が少しずつ閉じていくのが分かり、心が緩む。
「部下の方を庇われたそうですね」
「……咄嗟に動いてしまったんだ……」
戦術としては誤りらしいけれど、マディラ様らしいと思う。
偵察隊の報告では、今回の衝突でマディラ様や数名の兵士は重傷を負ったものの、野盗の主力は壊滅し、街道の治安は急速な改善が見られているそう。
なのに、マディラ様はすぐ軍務に戻ろうとする。少し体を起こしただけで、包帯の下から血が滲む。無理をしているのが一目で分かった。
「マディラ様、だめです。あと二日でいいから、ここにいてください」
私は、マディラ様の動きを制した。
「だが……」
マディラ様は、軍服に手を伸ばそうとして「うっ」と痛みに顔をしかめた。
「だから言ったじゃないですか」
本来は座ることさえできないはずだ。
それでも体を起こそうともがくマディラ様に、私は言った。
「分かりました。私がマディラ様に勝ったら、諦めてくださいね」
「勝つ……?」
首を傾げたマディラ様の顔にそっと手を添える。
そして……マディラ様の唇に、自分の唇を寄せた。
「!!!」
マディラ様は、声にならない驚きの声をあげた。
全身の力が抜けて、ボフッと体がベッドに沈む。
真っ赤になって、口をパクパクさせている。
「私の、勝ちですね」
胸を張ったものの……私だって、恥ずかしい。……初めてだもの。
「キスもしないで、マディラ様が死んじゃうかと思いました」
冗談めかして言ったけれど、本当に、本当に、もう戻らないのではないかと怖かった。
「パル……」
まだ顔が赤いマディラ様は、ベッドで申し訳なさそうに私を見上げた。
そして、しばらく考えて、包帯だらけの手を私に差し出した。
私は、マディラ様に身を寄せる。
マディラ様は熱っぽい瞳で私を見つめて、私の頬に触れた。
武骨な指先が耳裏から、髪に差し込まれる。
私の頭を引き寄せて、今度は、マディラ様から私に唇を重ねた。
弾力がある暖かい唇。さっきより長く重なる。
身体がほどける。
熱い吐息が掛かることすら泣きたくなるほど嬉しかった。
窓から差し込む光は、マディラ様の褐色の髪を灯火のように明るく照らしていた。
◇
ちょうどその頃、新王アズラル陛下が国境政策を見直し、マグネタへの物資と増援が大幅に強化された。と同時に、ヘマイトとの内政不安の原因でもあった、クーデターを抑えるための支援もおこなったため、ヘマイト政府も力を取り戻しつつある。
マディラ様は、功績を認められ、正式に“マグネタ領主”に任じられた。
戦地だったこの場所は、ようやく“暮らす”という言葉が似合う土地へ変わりつつあった。
マディラ様と二人、城砦の上から、街を眺める。
城壁の向こうの褐色の台地は、情勢の安定化と比例するように緑の土地へ変わろうとしていた。
小さい花が風で揺れているのが遠目でも分かる。
マディラ様の瞳と、そして頭上に広がる抜けるような空と同じ、明るい青色。
頷くように風に揺れる花たちを見つめながら、私はそっと息を吸った。
隣に、マディラ様がいる。
私の腕には、あの銀のブレスレット。
それだけで、もう十分だった。
完
宝石癒話~贖罪の怪盗令嬢は、王室の宝石と溺愛をいただきます。 高里 @hmizuho
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