第25話 私の一番
魔王の手を切り裂き、振り返った先に居たはじめは泣いていた。
「いちか……」
恐怖から救われた解放感と、私がここにいることへの疑問と不安が混じり合った声。私を見上げる彼女の表情は安堵の笑みではない。死にたくなくて泣いていたのに、本当に、私のことばっかりなんだから。
「はじめ、時間がないから単刀直入に言うわよ」
今こうして話してる間にも、空に退避した魔王の腕は修復していってる。完全に回復すれば攻撃が始まるだろう。奇跡がどうとか三か月修業したとか話してる暇はない。
「私と一緒に戦って」
座り込むはじめに手を差し出す。私は魔王に傷をつけられるくらいには強くなった。それでもやっぱり、一人で全部解決するのは難しそう。でも、私には勝利の確信があった。はじめと一緒なら私はどこまでもいける。二人で戦えば、魔王にだって勝てると。
「無理だよ……いちかが強くなっても、あたしは強くなってないもん」
はじめは俯いたまま私の手を取ろうとしない。諦める覚悟をしていたはじめは、突如現れた希望を手に取るのを躊躇っているのだろう。でも、助けに来た私を拒絶していない。あと少し、立ち上がる力が足りていないだけ。だったら、言うべきことは分かってる。
「ばーか」
はじめの額にデコピンをくらわせる。はじめは痛みの反射で額を抑え、何事かと言うように私を見上げた。本当に、天才のくせにバカなんだから。
「あんたは、この私が惚れた天才美少女でしょうが」
あんたは私のライバルなの。こんなところで諦めるほどやわじゃないでしょ。一年の勝負で積み重ねてきた信頼をぶつけた。
「いちか……そうだ。そうだよね!」
はじめの目に光が宿り、私の手を取って立ち上がる。さっきまで崩れてしまいそうだった彼女の瞳には、涙で赤く腫れたままだけれど、確かに強い意志がこもっていた。
「フェアリーチェンジ!」
ステッキを握り、似合わない黒いドレスから、はじめらしい可愛いピンクの魔法少女の姿に変身する。三か月と一週間ぶり。待ちわびたはじめの変身は、記憶に焼き付いていた彼女の苦しそうな笑顔を思いきりぶち壊して塗り替えた。
「ありがとう。ヒーロー」
太陽のようなはじめの笑顔。こんなドス黒くて不気味な場所でも、はじめの笑顔は変わらず輝いていた。あぁ、やっと手を取ってもらえた。この手から感じるはじめの温度も、心安らぐ蜂蜜の香りも、全部が本物。もう二度と手を離さない。もう誰にも奪わせない。この輝きは私だけのものだ。
「グオアァァァァ!!」
赤い空から雄たけびが響く。私が与えた傷を完治させ、肌に刺さるような殺意を放っていた。そして、その叫びに呼応するように人型シャドウが戦闘態勢に入り、鋭利な殺意が四方八方から注がれる。魔王だけじゃなく、人型シャドウの大群も倒さなければならない。
「ヘルブラストォ!!」
「ストームウイング」
長期戦を覚悟した瞬間、紅蓮の炎と尖刃の烈風が人型シャドウの大群を薙ぎ払った。
「トラ子!?」
「すずめちゃん!?」
この魔法、そしてこの声、もしやと思い振り返ると、トラ子とすずめが立っていた。待ってましたと言わんばかりに登場した二人は、ソウルバーストに匹敵するほどの魔力を迸らせている。いつの間に、どうやってあんな力を手に入れたの。
「二人でこの数はきついだろ」
「助太刀、見参」
「二人とも、どうして……」
私には三か月の時間があった。二人は一週間しかないはずなのに、あの絶望的な状況の中で人型シャドウを倒せるまで力をつけるなんて。私が来る保証なんてどこにもなかったのに、はじめ自身が諦めていたのに、どうして待ってくれていたの。
「一花は絶対に諦めない。だから、私達も準備してたんだよ」
「主役の見せ場に雑兵は不要。露払いは私達の仕事」
私の疑問に二人はこともなげにそう返した。準備。よく見てみると二人からはいろんな種類の魔力を感じる。精霊のみんなと協力して、ソウルバーストの力を再現したのか。私が諦めないと信じて、自分たちが少しでも力になれるように。本当に二人には助けられっぱなしだな。
「後ろも横も気にすんな。私達が絶対に邪魔させねぇ。魔王なんかぶっ倒してこい!」
「トラ子、すずめ……ありがとう!」
お礼を伝えると二人は満足そうに微笑み、目配せし合って飛び立った。二人は次々と人型シャドウを撃破していき、魔王への道ができる。ここを進めば、魔王との未来をかけた真剣勝負だ。
「行こう、はじめ!」
「うん!」
はじめと一緒に魔王に向かって飛び立つ。初速は圧倒的に私が速く、はじめを置き去りにして魔王の射程範囲に入った。魔王は巨大な手のひらから無数の球体を射出して私を牽制するが、この程度で止まる私じゃない。クリスタルの翼からシールドを展開し、一気に魔王に接近。そのままスターライトブレードを振り下ろし、魔王の手首を切断した。
「アアァァァ!!」
「くっ」
手首を切られた魔王は耳をつんざく悲鳴を上げ、それと同時に衝撃波を飛ばした。予想外の反撃をくらい、体勢を崩して弾き飛ばされる。そこに追い打ちをかけるように光線が放たれた。まずい、防御が間に合ない。
「いちか!」
そんな私をはじめがシールドを展開して守った。はじめは白い天使の羽を二枚背中から生やしている。まったく、私が羽一枚生やすのに一か月もかけたというのに。この天才は追い抜かしてもすぐに追いついてくる。
「アァァァァァァァ!!」
空の裂け目が拡大し、そこから黒い巨人の上半身が現れる。ようやく本体のお出ましか。腕だけでは私達に勝てないと判断したのだろう。叫び声が魔王の焦りを雄弁に語っていた。
「すごい魔力……」
「ビビってんの?」
「ううん。燃えてきたってこと!」
はじめはそう言うと追加で羽を四本生やした。六枚の羽。私の三か月にたった数十秒で追いついてきた。それでこそ私のライバル。私が認めた天才だ。
「いくよ!」
「えぇ!」
はじめと共に突撃すると、魔王は雄たけびと共に巨大な左拳を私達に向けて放った。凄まじい勢いだったが、そんな単純な攻撃が当たるわけがない。身を翻して拳を避けると、今度は魔王の腕から無数の黒い腕が生えてきた。だが、細い腕は武器で簡単に壊せる。私達を捉えようとする不気味な腕を武器で切り払いながら、魔王に接近していった。
魔王の肘辺りまで進み、魔王に攻撃するために一気に上昇した瞬間、魔王の目から鈍く輝き、光線が放たれた。黒い腕が妙に弱いと思ったら、私を誘導するのが狙いだったのか。
「させないよ」
はじめが私を庇うように前に出て手をかざすと、魔王が放った光線が弾けて消えた。はじめの翼は彼女を覆えるほど何倍にも巨大化し、頭の上には天使の輪が浮かんでいる。はじめの進化は止まらない。少しでも立ち止まったら置いて行かれる。だからこそ、彼女の背中は追いかけがいがあるんだ。
「負けてられないわね」
はじめのスピードはすでに私を超えている。このまま進んでいけばはじめに置いて行かれるだろう。もう一人になんかさせないと決めた。はじめの想いに応えるために、これから先の未来も共に歩むために、私はこんなところで立ち止まっているわけにはいかないんだ。
「はあぁぁぁ!!」
はじめの背中を追いかける中で、自分の力への解像度が跳ね上がる。一人の修行では辿り着けなかった力の真髄。あの子にだけは絶対負けたくない。彼女に孤独は似合わない。はじめの存在が私を強くしてくれる。私の想いに呼応するように、全身から力が沸き出した。
「サブリメイション……シリウス!」
青く輝く狼星。それが私の力の真髄だと理解すると同時に、青い輝きは新しい形を成していく。私の周囲を衛星のように回る七本の光の剣。胸元に輝く青い星。新しい星の力が、進化し続けるはじめの隣まで私を押し上げた。
「決めるわよ、はじめ!」
「うん!」
この力なら魔王に届く。その確信と共に武器に魔力を込め、一直線に突撃した。魔王は私達を迎撃しようと光線を放ち、無数の黒い腕を伸ばすが、そのすべてを私の光の剣とはじめの天使の輝きが弾き返す。私とはじめの魔力が最高潮に達した瞬間、魔力の色が黄金に変わる。人型シャドウを撃破した時と同じ、いや、それ以上の輝き。二人だから辿り着ける限界のさらに向こう。はじめと一緒なら、どこまでだって行ける!
「ガアァァァァァァァ!!」
目の前まで迫った私達に向けて、魔王は右腕の拳を放った。私の剣とはじめのハンマーと衝突し、巨大な力の押し合いになる。一瞬でも油断すれば押し潰されてしまいそうな圧力。私達の武器も、今にも折れてしまいそう。でも、私達は負けない。負けるはずがない。だって、はじめと一緒だから。
『はぁぁぁぁぁ!!』
二人で声を重ね、黄金の輝きと共に魔王を右腕ごと貫く。凄まじい爆発音と共に魔王が崩れ去る中、私たちの黄金の魔力打ち上がり、赤黒い空を金色に染め上げた。朝焼けにも夕暮れにも似た美しい空。まるで私たちの勝利を祝ってくれているような輝きに照らされる。
勝ったんだ。はじめの命を、未来を、そして、私たちの想いを守ったんだ。
安堵すると共に一気に体の力が抜ける。どうやら魔力を使いすぎたみたいだ。はじめも同じみたいで、二人同時に変身が解ける。このままだと落下する、なんて思う暇もなく、黄金の粒子が私達を受け止めた。
「ねぇ、いちか」
輝きと共にゆっくり落ちていく中で、蜂蜜の香りと共にはじめが指を絡める。黄金の空を背景にキラリと輝き、ふわりと粒子と共に浮遊する彼女の金髪は、まるで天使の羽みたいだ。でも、私に向けられる彼女の瞳の熱は天使なんて清廉なものじゃない。私のことが大好きな一人の少女の真っ直ぐな熱。注がれ続ければ溶けてしまいそうだけれど、私はそれを望んでいる。彼女の愛をすべて受け止めたいから。
「だいすき」
はじめの笑顔。大好きで、絶対に守りたかったはじめの笑顔。あぁ、掴み取ったんだ。一番の幸せを。沸き出した実感と共に、はじめの手を握り返す。繋がれた両手から感じる彼女の温度は、木漏れ日のように静かで、真夏の太陽のように熱烈だった。
「私も、だいすきよ」
彼女の熱に応える。人型シャドウを倒した時は曖昧なまま返してしまったけれど、今度は違う。明確な意思を持って、これから先の未来を思い描きながら、好きの言葉を返した。
やっと伝えられた。やっと想いが重なった。今日まで生きてきた意味は、一番を目指してきた意味は、ここにあったんだ。大好きな人。私の一番。成し遂げた達成感と好きを交わして浮ついた心が、言葉を交わさぬまま私達に次に行動を決めた。
温かい。それと蜂蜜のような香りのせいだろうか、少し甘いかな。じゃあ、レモンの味と言った人の相手は柑橘系の香りだったのかな。それが私のファーストキスの感想だった。
「これからも、ずっと一緒にいてね」
「もちろんよ。一番の幸せを手放すわけないでしょ」
笑い合って約束を交わす。これから先の未来で何が起こるかなんて分からないけれど、私の隣にはじめが居ることだけは確かで、絶対に譲れないことだ。もう二度とこの手を離さない。誰にもはじめの笑顔を奪わせない。胸の中でそう誓い、はじめを抱きしめる。
掴み取った一番の幸せは、キラキラと輝いていた。
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