第24話 ヒーローの資質

 電気を消し、カーテンを閉め切った真っ暗な部屋。目を閉じ、眠るわけでもないまま、ただひたすら何も考えないように一人で膝を抱えて壁に背を預ける。何も考えたくない。何も見たくない。この悲しみが溶けて消えるまでこうしていたかった。


─さよなら。あたし、いちかと出会えて、すっごく幸せだったよ。


 はじめはそう言い残して精霊界に向かった。駅に取り残された私は魔法を使って東京の自室にテレポートし、今に至る。明日、はじめは生贄となって死ぬ。世界に運命付けられた役目を果たし、世界に千年の安寧をもたらすのだ。


「ふざけんな……」


 膝を抱える腕に力がこもる。何もかも勝手に決めて、世界の安寧なんて御大層な大義名分を掲げて、こっちの意思なんかお構いなしに犠牲を強要する。そんなことあっていいはずがない。神だろうが魔王だろうが世界だろうが、はじめを不幸にしていい権利なんかない。それなのに、この運命を受け入れることしかできない自分の無力さが何よりも腹立たしかった。


「諦めない、私は、絶対に……」


 はじめに手を取ってもらえなかった。幸せになってと言われた。こんな事、望まれてないって分かってる。でも、それでも、諦めるわけにはいかない。もう十分挫けた。枯れるまで涙を流し終えた。その後は、前を向くだけ。たとえエゴでしかないとしても、私はこの生き方しか知らない。どんなに可能性が低くても、努力で壁を越えてきた。また同じようにするだけだとステッキを手に取って、修行のために精霊界に向かおうとした時だった。


「どこへ行くつもりだい」


 クロの声が私を呼び留めた。振り返ると、魔王襲来の時と同じように、窓を背にしてクロが立っていた。


「修行よ」

「たった一日であの魔王に勝てるとでも?」

「うるさい。システムなら黙ってなさい」


 言われなくても分かってる。こんなの無謀だって。でも、やらずにはいられない。諦めたら、それはもう私じゃないから。


「あぁ、私はシステムだ。だからこそ、君に伝えなくちゃいけないことがあるんだ」


 棘のある言葉で突き放しても、クロの声の抑揚は一切変わらない。本当に善意も悪意もなく義務を果たしてるだけなのだろう。


「君には奇跡を行使する権利がある」

「は? 奇跡? なんのことよ」


 奇跡と行使。決して交わらぬ二つの言葉が並び、理解のために聞き返す。クロは窓から離れて私に近付き、勉強机に飛び乗って私と視線を合わせた。


「儀式は千年に一度と説明したね」

「そうね」

「だが、今回の儀式は前回の儀式から999年しか経っていなかったんだ」

「はぁ? そんなの契約違反じゃない!?」


 この儀式は魔王を含めた神々が交わした契約という説明だったはずだ。それなら、魔王の独断で契約を反故にしていいはずがない。


「でも、なんでたった一年だけ……」


 魔王はあと一年待てば問題なく儀式を行えたはずだ。千年のうちの一年という短い時間を待てなかった理由はいったいどこにあるのか。


「君を恐れたんだよ」

「え? 私?」


 クロの返答にまた疑問が浮かぶ。魔王とは直接戦ったけれど、私の全力の攻撃すら簡単にはじかれた。圧倒的に力で上回る魔王がなぜ私を恐れるのだろうか。


「君は聖女でないにもかかわらず、聖女に匹敵する力を持っている。それどころか、ソウルバーストという未知の力を発現させた。ただの人間が、神の力に近付いてきている。魔王は君というイレギュラーを恐れ、まだ自分が力で上回っているうちに儀式を始めたのさ」


 なにそれ。あんな偉そうな態度をとっておきながら、裏では冷や汗かいてたってこと? あんな強い力を持っていながら、もしもの可能性を恐れてズルをしたの? 卑怯な小心者。こんな奴に絶望させられていたなんて、こんな奴に大切な人を奪われるなんて、許せない。力しか持っていない卑劣漢を滅さんと胸の内がマグマのように煮えたぎった。


「だが、そんな違反を看過することは出来ない。だから、ペナルティとして神々の奇跡の力を君に与えることにしたんだ」


 クロがそう言うと、目の前に光の塊が現れた。魔法少女や精霊、はたまたシャドウとも違う異質な力。これがクロの言う奇跡の力なのだろう。奇跡を行使する権利。無謀だと思えた中で、希望の光が見えてくる。もしかしたら、はじめを助けられるかもしれない。


「じゃあ、はじめを助けられるの!?」

「あぁ、君の強さと奇跡の力を合わせれば、魔王を打ち倒す力が手に入る」


 クロの返答にホッと胸を撫で下ろす。よかった。これではじめは救われる。はじめともう一度笑い合うことができるんだ。


「君の命を代償にすればね」

「は……? 待ってよ、なんで対価がいるのよ! 奇跡の力なんでしょ!?」


 安心したのも束の間、奇跡に代償を求められた。意味が分からない。私達は何も知らない被害者なのに、契約に違反した魔王を罰するために犠牲を払わなければならないなんて。


「違反とはいえ、たった一年の前倒しだ。無条件に魔王を倒せるほどの力は与えられない」


 クロに詰め寄って抗議をしたが、その返答はあまりにも神らしい身勝手なものだった。たった一年。私達にとってかけがえのない時間をそう言ってしまえるなんて。神も魔王も碌なものじゃない。


「だが、君は聖女を助けたいんだろう? だったら迷う必要なんかないじゃないか。君の命で大切な者を守れる。そのうえ、魔王を打ち倒せばこんな儀式は無くなる。未来の聖女たちも守れるんだ。自分を犠牲にすべてを守る。最高のヒーローじゃないか」


 最高のヒーロー。きっとクロは全部見ていたんだ。だから、あえてヒーローという言葉を使った。自分を犠牲にしてでも世界を守るのがヒーローだと。


「違う。そんなの最高のヒーローじゃない」


 でも、それは私のヒーロー像と違っていた。


「はじめは私の幸せを願ってくれた。私は大切な人が自分を犠牲にする辛さを知っている。私が自分を犠牲にしたら、はじめの想いを裏切って、そのうえ辛い思いをさせることになる。はじめのために私は絶対に死ねないの」


 自己犠牲は善性によるものだろうが、それは時としてエゴとなり、人を傷付けることになる。はじめが私を想ってくれているなら、私は絶対に自分を犠牲になんかしない。


─いちかはあたしのヒーローだから。


 温泉で言ってくれたあの言葉。あの子が私を好きになってくれた理由。それなら、はじめの想いを全て叶えることが私の使命だ。


「生きて、はじめを救う。どっちも成し遂げて初めて、私はあの子のヒーローになれるの」


 泣いて縋るなんて、ヒーローがすることじゃなかったな。ごめん。不安にさせたよね。でももう大丈夫。もう何も犠牲になんかさせない。世界が終わるバッドエンドも、はじめが犠牲になるビターエンドもいらない。私がヒーローになって、みんなで笑い合える最高のハッピーエンドにするんだ。


「それなら、君はどうするつもりだい?」

「時間をちょうだい。私が強くなるための時間を」


 あんな脆くて弱い手、握り返せるわけない。あの子の想いを変えられなかったのは、私が弱かったから。テニスでの初勝利前だってそうだ。私が弱かったから、はじめは一緒に遊びたいとすら言えなかったけれど、勝った後のデートであの子の本心を知れた。だったら、今回も同じ。あの子が手を取ってもいいと思えるくらい、私が強くなればいいんだ。


「この奇跡なら三か月の時間を生み出せる。だがいいのかい? 魔王が君を恐れたと言っても、それは万が一を考えての事。飛行機に乗っている時に墜落を恐れるような、そんな些細な不安だ。魔王は今の君よりも遥かに強い。たった三か月で超えられると思うのかい? 君の努力が水の泡になるとは考えないのかい?」


 クロが今日一番の饒舌で不安をあおる。神の奇跡を持つ者としての最後の警告なのだろう。魔王に勝てなければはじめは死に、下手をすれば私も死ぬ。クロから見たら、私は最後のチャンスをふいにする愚か者だ。


「うっさいバカネコ。超えられるか分からないとか、努力が水の泡になるとか、今更そんな事で怖気づく私じゃないのよ」


 だが、それは神の傲慢だ。負けることを考えて努力する奴がどこにいる。勝たなきゃ望みが叶わないなら、私は全力で勝利を目指すだけだ。


「私は絶対に一番を諦めない。魔王をぶっ倒して、はじめと一緒に幸せになるの。分かったらさっさと奇跡よこしなさい」

「ふっ、いいだろう」


 クロは私の意思が変わらないことを認め、目の前の奇跡の力に触れる。すると銀色の光が弾け、ちょうど私が通れそうな白い穴が現れた。


「この先の空間で君は三カ月間修行できる。だが、入れるのは君だけだ」


 やはり、この空間を使えるのは私だけか。もしみんなが使えたならトラ子やすずめも一緒に戦えただろうけど、こればかりは仕方ない。


「君たちの結末、最後まで見届けさせてもらうよ」

「好きにしなさい」


 さっそく修業を始めようとした時、クロが声をかけてきた。ただのシステムとしてなら必要のない言葉。善意も悪意もないと言っていたけれど、クロにもちゃんと意思があるんだ。


「あぁでもそうね。私達が勝ったらうちの飼い猫になりなさい。はじめ、ネコ好きだから」

「そうだな……魔王が倒されれば私の役目は終わる。余生を飼い猫として過ごすのも悪くないな」

「じゃあ、そういうことで」


 こんな毛並みのいい猫はそうそういない。タダでもらえるペットとしては上等すぎるだろう。はじめにいい手土産ができた。


「待っててね、はじめ。絶対に迎えに行くから」


 覚悟を決めて光に飛び込む。残された時間でどれくらい強くなれるかは分からない。でも、私がなすべきことは今も昔も変わらない。努力で壁を乗り越える。それは私の得意分野だ。

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