第23話 生まれた意味
儀式当日、精霊たちが豪華に飾り付けた部屋で儀式の始まりを待っていた。好みじゃない黒いドレスに身を包み、テーブルに置かれたクッキーと紅茶に視線を落とす。すっかり冷めた紅茶は香りが弱くなっていた。せっかく淹れてくれたのに、申し訳ないな。でも、やっぱり何も食べる気にはなれなかった。
「はじめくん、時間だ」
「はい。すぐ行きます」
部屋のドアがノックされ、シルさんの声が聞こえてきた。椅子から立ち上がって扉を開けると、黒いスーツを着たシルさんがあたしを出迎える。彼の暗い表情も相まって、まるで喪服を着ているみたいだ。まぁ、あながち間違いでもないけど。
「こっちだ」
「はーい」
先導するシルさんについていく。普段の精霊界とは違う不自然なほど暗い廊下。しばらく廊下を歩いても不気味なほど静かで、いつもの精霊たちの楽しげな声も聞こえてこない。ここまで大掛かりな儀式の準備は大変だったろうな。
「シルさん、いちかはいないの?」
「……姿は見てないな」
「そっか、よかった」
シルさんの言葉を聞いて胸を撫で下ろす。いちかとのお別れはもう済ませてきた。これ以上、いちかを悲しませる必要なんてない。あたしが死ぬ姿なんて見なくていい。あたしの傷がいちかの未来の邪魔になってほしくないから。
「いちかは寂しがり屋さんだから、こんなの見たら泣いちゃうもん」
いちかが最後に伝えてくれた本音は、嬉しいと同時に酷く胸を締め付けられた。大好きな人が一緒に居たいと涙を流してくれるなんて、人を傷付けることしかできなかったあたしの最期にしては、恵まれすぎている。悲しんで欲しくなかったのに、結局、あたしは深い傷を残してしまった。
「シルさん。あたしね、魔法少女になったこと、一つも後悔してないよ」
それはきっとシルさんたちも同じこと。特にシルさんは責任感が強いから、儀式を受け入れることしかできなかった自分を責めているに違いない。
「魔法少女になれたから、いちかともっと仲良くなれたし、特別な思い出もたくさんできた。一緒に世界を守るために戦って、一緒に温泉旅行に行って……この一年間は本当に幸せで、特別で、かけがえのない時間だった」
いちかに出会うまで、幸せを感じられる瞬間なんか無かった。今日死ぬまでの17年と数か月、それが運命付けられたものだとするなら、後悔なく死ねるのは魔法少女のおかげ。いちかとの出会いと魔法少女が、最期の一年を幸せなものにしてくれた。
「だから、あたしのことは気にしないで。あたしはもうたくさん幸せをもらったから」
シルさんは何も悪くない。シルさんは出来ることを全部やってくれた。あたしがいちかと最期の時間を過ごせたのも、シルさんが儀式の準備を全部やってくれたおかげ。感謝することはあっても、恨みなんて一つもない。
「でも、そーだな、最後に一つだけお願いしていい?」
「……あぁ」
それでも、シルさんはすまないって思ってるんだろうな。だから、謝って欲しくなくて、こっちからお願いをすることにした。
「いちかのこと、支えてあげて。いちかは意地っ張りだから、あたしが居なくなっても無理して頑張っちゃうと思うんだ」
「……了解した」
「ありがと。これでひと安心だ」
魔法少女のことは楓ちゃんや一花の家族にはどうしようもない。トラちゃんとすずめちゃんもいるけれど、頼れる人が多いに越したことはないだろう。シルさんもいるなら、いちかは絶対に大丈夫だ。
「私はここまでだ。ここを通って歩いていけば儀式は完了する」
廊下の先にあったのは黒く禍々しいオーラを放つゲート。ここをくぐれば魔王がいるのだろうか。最低限の説明をしたシルさんは横にずれて、あたしがゲートを通る道を開けた。今なら顔が見えるだろうけど、彼の表情を探るのは憚られる。きっと見られたくないだろうから。
「一年間お世話になりました。これからも頑張ってください」
シルさんの表情を見ないまま、黒いゲートに飛び込む。その次の瞬間、あたしの目の前に広がったのは赤と黒のおどろおどろしい光景だった。初めて精霊界に来た時と反対の、すぐにでも帰りたいと思うような重苦しい雰囲気。魔界域と似ているけれど、空を覆う血のように赤黒い空が、より不気味な空間を作り出していた。
「ずいぶん派手なお出迎えだなぁ」
目の前には黒で染まった長い階段が続いていて、シースルーの段の間から下の光景が見える。この階段はかなり高いところに作られているらしく、遥か下方に黒い地面が見えた。落ちないようにゆっくりと階段を上っていくと、赤い魔法陣が描かれた広い空間に出た。辺りを見回せば羽を生やした人型シャドウが数え切れないほど飛んでいて、じっとこちらを監視している。魔王が襲ってきた時の悪意と敵意とは違う、厳かな雰囲気。シャドウにとってもこの儀式は特別なもののようだ。
「いい人生だったな」
一歩踏み出して魔法陣の中心に立つ。すると赤黒い空が割れて黒い腕が生えてきた。あの時見た魔王と同じ、すべてを圧倒する禍々しい魔力。黒い腕はあたしを認めると、ゆっくりと近付いてきた。
─マッテイルゾ。ワガニエヨ。
魔王にそう言われた時、安心したんだ。いちかが傷付かずに済む。世界の平和も守られる。たった一人、あたしが生贄になれば全部解決するって。
─千年に一度生まれる選ばれし人間に、精霊界が聖女の資格を与え、魔王を鎮めるための贄とする。たった一人の人間の犠牲で三つの世界は千年の安寧を得るっていう寸法さ。
選ばれし人間を生贄とする。それを知った時、あたしが才能を持って生まれた本当の意味を理解した。あたしはこの世界を、そして、いちかを守るために生まれてきたんだって。あたしが居なかったら、きっと生贄はいちかだった。でも、あんなに優しくて、かっこいいヒーローを殺すことは神様もできなかったんだろう。だから、代わりの生贄になるためにあたしが生まれたんだ。そう思うと、今までの人生に納得できた。
─犠牲って、ふざけるな! 神とか、世界の均衡とか、そんな理不尽ではじめの命が奪われていいわけない!
それでもいちかは怒ってくれた。あたしの犠牲を許さなかった。でも、今回ばかりはいちかの想いを受け取れない。だって、いちかを傷付けたくなかったから。
─はじめは私の一番なの! 誰よりも大切で、大好きで、もうはじめのいない未来なんて考えられない……おねがい、私と一緒に生きてよ……
それでもいちかは諦めないでいてくれた。終わりを受け入れるあたしを引き留めてくれた。一番の幸せを目指そうと言ってくれた。そして、あたしを一番だと言ってくれた。それだけでもう十分だった。
天才として手に入れてきたどんな一番よりも綺麗に輝くいちかの一番。生贄のためだけに生まれてきたあたしにはもったいなさすぎる餞別だ。神様から貰った才能でたくさんの人を傷付けてきたあたしの最期にしては恵まれすぎている。だから、もういいの。
生まれてきた意味以上のものをたくさんもらった。ここで終わったって後悔はない。
いちかは、みんなに支えられて幸せになれる。大好きな人の笑顔はみんなが守ってくれる。あたしが死んでも大丈夫なの。
もういい、大丈夫、後悔なんてない。あたしがいなくてもきっと……ずっとそう思ってるのに、正しいはずなのに、覚悟してたはずなのに、どうしてあたしは泣いてるの。
頬を伝う雫と熱が、今まで覆い隠していた本音を代弁する。いちかと生きていたい。一緒に笑い合っていたい。手を繋いで、キスして、一緒に一番の幸せを掴みたい。一人になったせいかな。欲張りが止まらないや。
目の前まで迫った魔王の手があたしを掴もうとする。魔王のその酷く緩慢な動きがあたしを苛立たせた。殺すなら早くしてよ。お前が遅いせいで、もっと生きたいなんて、大好きな人と幸せになりたいって、覚悟が揺らぐじゃん。生きたいって思うほど、いちかの顔が浮かんでくる。いちかの笑顔が、あきれ顔が、泣き顔が、たくさんの思い出が。
「助けて……」
強がりが剥がれて、最期に本音が漏れる。いちかに傷付いて欲しくなくて、一番じゃなくても幸せでいて欲しくて、必死に抑え込んでいた本音。あたしのヒーローに助けて欲しかった。本当に、今更なにを言ってるんだろう。その手を払い除けたのはあたし自身なのに。
魔王の手の影があたしを覆う。暗闇の中で自分勝手に後悔しながら死ぬ。恵まれすぎた反動かな。いちかの心に傷を残してしまった罰かな。それなら、きっとこれが正しい死に方なんだ。そうやって自分を納得させて、死に至らしめる闇を受け入れる。
さよなら、いちか。幸せになってね。
「メテオストラッシュ!」
死を覚悟した瞬間、青い閃光が禍々しい黒を切り裂いた。
視界が一気に広くなると同時に魔王の手が大きく後退する。さわやかでキラキラした風が吹き抜け、促されるように顔を上げると、腰のあたりまで青い長髪を伸ばした魔法少女が立っていた。背中に六枚の青いクリスタルの羽が生えた、今まで見た事の無い姿。魔王の腕を切り裂くほどの力。そのどれもが違うはずなのに、あたしは確信を持って少女の正体を感じ取る。
「迎えに来たわよ。はじめ」
大好きなあたしのヒーローがそこに立っていた。
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