第9話 初陣

 魔方陣の先には虹色の空と黒い地面の空間が広がっていた。建物の形からして住宅街だろうか。


「なにこれ、めっちゃ広いじゃん」

「広大、雄大、苦戦必至」


 トラ子とすずめの言う通り、この空間はかなり広い。昨日もかつて無いほど広かったけど、今回はそれの二回りくらい広そうに見える。


「そういえば、この虹色空間って何なの?」

魔界域まかいいきって言って、この空間で一番強いシャドウを倒せば崩壊させられるわ」

「ボスを倒せば一件落着ってことか。分かりやすいね」


 華猫さんが気合を入れるように拳と手の平をぶつける。やる気満々で頼もしいことこの上ない。


「というか、なんで二人とも変身解いてるのよ」

「いやいや一花さんや、せっかくみんな揃ってるんだしさ、あれやりましょうや」

「ロマンたっぷり、同時変身」


 普段着に戻ったトラ子とすずめの意図はなんとも気が抜けたものだった。昨日二人が居なかったように、いつも最初から全員が揃うわけじゃない。学校以外でこうして四人並んで戦いを始められるのはむしろ稀だろう。


「おぉ! いいね!」

「はぁ、緊張感がないんだからもう」


 どのみち変身しなきゃ始まらないし、みんなが乗り気なら私が合わせた方が良い。三人の緩い雰囲気に呆れながら、みんなで横並びになってステッキを構えた。


『フェアリーチェンジ!』


 みんなの声が重なる。ステッキから溢れた光が私たちを包み、ピンク、ブルー、オレンジ、ホワイトの魔法少女が現れた。可愛いコスチュームの魔法少女が四人も並んでいる光景は、自分たちのことながら圧巻だ。なんやかんや私にもこの状況にワクワクする心があるらしい。


「今日のボスはアイツね」


 都心の高層ビルくらい高い巨人。黒い影で覆われ、表情が分からない不気味な巨人は私たちに気付いていないのかうろうろ歩き回っている。そして、昨日もいた卵に羽が生えたシャドウと小さな球体のシャドウが巨人の周りを飛び回っていた。


「よーし、ここは私が一発ぶちかましちゃおっかな」

「待ちなさい。また倒れるつもりなの? 私たちが手本を見せるから、よく見てなさい」

「見てろって、いちかは大丈夫なの? 多分昨日のより強いよ?」


 かっちーん。華猫さん、絶対に私のこと弱いって思ってる。心配してくれてるのは分かるけど、弱者扱いされるのは我慢できない。この子にはどんなことでも絶対に負けたくないのに、守られる側に分類されることは私のプライドが許さなかった。


「トラ子、すずめ、悪いけどあのデカブツは私一人でやらせて」

「委細承知」

「露払いは任せな」


 私のわがままにトラ子とすずめが二つ返事で了承する。華猫さんに勝負を仕掛けた時といい、最近は二人にお世話になってばかりだ。


「えっ!? トラちゃんとすずめちゃんはそれでいいの!?」

「当たり前だろ。だって、一花は最強なんだから」


 トラ子が自信満々にそう言い切る。私の力を認めてくれる親友に応えるため、そして華猫さんに私の力を認めさせるため、ステッキに魔力を込めた。


「スターライトブレード!」


 名前を叫ぶと同時にステッキが夜空のように輝く剣に変化する。それに魔力を流し込むと青い星形の鍔が光り、刀身が光を纏い、空まで届くほどの長さに変化。それを横一閃し、空を覆うほど飛んでいたシャドウの半分以上が爆発四散した。


「どうよ」

「すごいすごい! いちかカッコイイ!!」


 振り返って華猫さんを見ると、興奮した様子で飛び跳ねていた。これで私の強さがよくわかっただろう。


「それじゃ、私たちもやりますか」

「進軍開始」


 トラ子とすずめが巨人の周りを浮遊する小型のシャドウに向かって飛んでいく。魔法少女は浮遊魔法で空を飛べるが、羽のあるすずめの飛行速度は群を抜いている。トラ子より先にシャドウの群れに辿り着いたすずめは、ステッキを構えて戦闘態勢に入った。


「ウイングアロー」


 すずめはステッキを翼の装飾がついた弓に変化させる。すずめが弓を引くと無数の光の矢が出現し、放たれた矢がシャドウを貫いた。シャドウの反撃も空を舞って避け、その姿はまるでバレリーナのように華麗だ。


「タイガーガントレット!」


 シャドウの攻撃がすずめに向いたところで、トラ子の炎の拳がシャドウを焼き払う。虎の手を模した赤く燃えるガントレットを振るい、トラ子は次々とシャドウを倒していった。


「ステッキを武器に変化させる魔法、アルマスペル。魔法少女の基礎にして、最も大切な魔法よ。華猫さんもやってみなさい」

「ぶっつけ本番で?」

「アンタならできるでしょ。天才」


 私、すずめ、トラ子で三回も同じ魔法を見せた。それだけあれば華猫さんには十分すぎる。基本的な魔力操作に慣れた今なら、どんな魔法でもすぐに使えるようになってしまうだろう。そんな彼女への信頼から、本来なら無茶なことを言った。


「いちかの言う天才は特別だね」


 それでも華猫さんは当たり前のように応えてくれた。彼女がステッキに魔力を込めると、少しずつ形が変わっていく。アルマスペルは自分のイメージが大切だ。天才のイメージはいったいどんな武器を完成させるのだろうか。


「ニャンニャンハンマー!」


 白猫の手が長い棒の先端に着いた武器。武器として分類するならハンマーだろうけど、それとも少し違う雰囲気の不思議な武器。でも、どうしてか彼女によく似合ってると直感させられた。


「いっぱいいるから、もう一本!」


 華猫さんがそう言うと同時に黒猫バージョンの同じ武器が出現した。いや、アタリが出たらもう一本じゃないんだから。ハンマー二本ってバランス悪いでしょ。


「いくよー!」


 武器を手に入れた華猫さんがすさまじい勢いで空に向かってジャンプする。そのスピードはすずめよりも速く、私の全速力と同等に見えた。圧倒的な魔力量もさることながら、彼女自身の呑み込みの早さと天才の発想力によってすさまじい勢いで成長している。うかうかしていたらナンバーワン魔法少女の肩書きも奪われてしまうだろう。いや、もしかしたら既に彼女の方が強いかもしれない。少なくとも、昨日のあの子が見せた超火力は私には出せない。


「さっさと終わらせるか」


 自由に、けれど繊細にハンマーを操る華猫さんがとんでもない勢いでシャドウを倒していく。華猫さんが加勢した小型シャドウの掃討は今にも終わってしまいそうだ。巨人を華猫さん取られる前に早く倒さないと。


 猛スピードで一気に巨人との距離を詰める。それに気がついた巨人は私に向かって腕を振るうけど、そんな鈍い攻撃に当たる私じゃない。攻撃を掻い潜って巨人の目の前まで近付いた瞬間、一気に剣に魔力を込める。


「スターダストスラッシュ!」


 力強く技名を叫び、ギラギラと眩しく輝き始めた剣で巨人の頭を切り付ける。真っ直ぐ縦に一閃すると、巨人の体は一切の抵抗なく真っ二つに割れた。


 巨人は膝から崩れて倒れる最中、だんだんと塵となってゆき、巨体が地面に倒れるより前に消え去った。それと同時に魔界域が消え、人間界の光景にもどる。そして、普段着に戻った私たちは住宅街にある公園に立っていた。


「これで一件らくちゃ」

「いちかー!!」


 一仕事終えて一息つく間も無く、頭を揺らすほどの大声で華猫さんが突っ込んできた。なんとなく予感していた私は踏みとどまり、痛いくらい力強く抱き締めてくる天才に視線を落とす。するとにぱっと笑い返してきて、溜め息が詰まった。可愛いって、ズルい。


「いちか、すっごくかっこよかった!!」

「あーもう、わかった。わかったから離しなさい。魔力使ってダルいのよ」

「あっ、そっか。ごめんね」


 相変わらずの猪突猛進誉め殺し作戦。こんなのにやられるのは癪で、自分の体に残る疲労感を理由に解放してもらう。こんなに押しが強い割に、嫌だと言えば案外すぐに離してくれる。ありがたいけれど、少し不思議だった。


「一花は相変わらず規格外だねぇ」

「でも、はじーの魔力も強力。ポテンシャル特大」


 トラ子とすずめが戦いの感想を語る。すずめの言う通り、華猫さんには圧倒的な才能がある。でも、私はどんなことでも一番を目指す。仲間だけど、実力ナンバーワンを譲るつもりは毛頭ない。


「とにかく、これが魔法少女の使命よ。これからは華猫さんにも頑張ってもらうから」

「合点承知! 最強天才の追加戦士としてバッチリ任せて!」


 今日のことを一旦まとめて、場を締める。超新星の天才は自分を追加戦士だなんて言ったけど、その言葉がぴたりとハマった気がしない。彼女の輝きからはどうしても主人公を連想してしまうから。


「……変なの」


 暴走列車かと思えば、変なところで遠慮する。彼女の胸にある天才という自信は、私が思うほど単純なものじゃないかもしれない。だからといって手加減するつもりはない。私は全力で一番を取りに行く。奪われた二十個の一番を取り返して見せる。


「いちか、これから一緒に頑張ろうね!」


 華猫さんはすっと手を取って、キラキラ輝くオレンジの瞳で私を見つめる。いつもの真っ直ぐな感情を当てられて、私の中にあった僅かなモヤモヤが消えた。


 この子と出会ってまだまだ日が浅い。焦る必要なんてどこにもない。少しずつ知っていけばいい。


「負けないわよ」


 魔法少女の仲間、一番を奪い合うライバル、食卓を共にするお隣さん、私と華猫さんはたった数日で様々な関係を築いた。けれど、関係というのは作って終わりじゃない。


 ここから続いていく私たちの道には何が待ち受けているのか。神様がいたずらで作ったとしか思えない天才との出会いに、私はワクワクしていた。

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