第7話 魔法少女の使命

「すごー!!」


 白猫の上でピョンピョンと飛び跳ねる彼女の目の前には、夢の国の中心にそびえ立っていそうな西洋式のお城があった。風船が浮かび、そこかしこで可愛らしいぬいぐるみが歩き、シャボン玉が風に乗って飛ぶこの空間はテーマパークのようだが、決して遊びのための施設ではない。むしろ機能的には警察署や自衛隊の基地の方が近い。それでもこんなに可愛い様相なのは、こっちの世界の感性のせいだ。


「ワンダーキャッスルにようこそ!」


 使い魔から降りて本部のすぐそばまで来た私たちに、ピンクのウサギのぬいぐるみが話しかけてきた。テーマパークの案内人のようだけど、この子の役割はただの受付だ。


「いちかちゃんと、そっちの子は初めましてだね! 今日は何して遊ぶ?」

「遊びには来てない。シルさんに繋いで。この子を紹介したいの」

「なるほどー。ふんふん……今すぐでもオッケーだって!」


 ウサギは私の用件を聞くと、耳をグッと引っ張ってゆっくり頷いた。通信魔法を使って各所に連絡を入れているのだ。この子の名前はラビちゃん。私がちゃん付けしてるんじゃなくて、名前が「ラビちゃん」だ。


「あそこのお花に乗ったらシルさんのところにワープするよ。あと、シルさんとの話が終わったら同じ花に乗ってね。くまっちのとこにワープするようになってるから」


 くまっちは治癒担当の精霊だ。私の怪我を見抜いて配慮してくれたのだろう。精霊たちは基本的に緩い雰囲気だけれど、ここにいるだけあって優秀だ。


「いつもありがとね」

「お互い様だよー。がんばってねー」


 ラビちゃんに見送られてワープフラワーに向かう。目を離した隙にぬいぐるみ型の精霊を愛でていた華猫さんを引きずって、直径三メートルはある向日葵の上に乗ると、一瞬で目の前の景色が変わった。


「ようこそ一花くん。紹介したい人というのは後ろの彼女かな?」


 私達を出迎えたのは天使の翼を生やした高身長イケメン。風が吹いていないのにたなびいているような幻想を見せる、淡く光る黄緑色の長髪。私たちの世界でならアイドルとしてやっていけるであろう八頭身は長い足を一歩前に出して、にこりと私たちに微笑んだ。


「はい。昨日覚醒した新しい魔法少女です」

「なるほど。人間界で感じた魔力のうねりはキミだったか」


 彼は値踏みするように華猫さんを見つめる。そして満足そうに笑うとゆっくりと近付いて来て、黒いシルクハットを取って華猫さんの前で跪いた。


「私の名前はシル。ワンダーキャッスルの主だ。以後お見知りおきを」

「あたしは天才美少女魔法少女、華猫はじめだよ!」


 肩書き一個増やすな。少女が被ってる。元気よく返事をした彼女に心の中でそんなツッコミを入れた。


「……す」

「す?」


 華猫さんの自己紹介を目の当たりにした瞬間、シルさんの目に星が弾けるような輝きが宿る。あ、これはまずい。


「すばらしい!!!!」

「ひゃひぁ!?」


 耳を塞いでても脳が揺れるような大声が響き渡る。先ほどまでのキザな雰囲気は消え失せて、両手を思いきり広げたシルさんは天を仰ぎ、大粒の涙を流していた。大声をもろに食らった華猫さんは頭の上で星が回っている。かわいそうに。


「太陽のような笑顔!! 自信に満ちたオーラ!! まさしくヒーローの鑑だ!! 君のような逸材を私は待っていた!!」


 彼は魔法少女の中にヒーロー性を見出した瞬間、興奮して叫ぶ習性がある。ただ叫ぶなら茶目っ気で済むと思うのだけど、これが本当にうるさい。最初に聞いた時は鼓膜が残ってるか不安になったくらいだ。二枚目の顔のくせに性格はコレなんだから困ってしまう。


「私は今!! 猛烈に感ど」

「話進めろアホ司令!」

「ぼふぁ!!」


 話が進まないので拳でアホ司令を黙らせる。華猫さんの鼓膜が破れて説明はまた後日というのも面倒だ。これくらいの暴力は許して欲しい。


「き、キミのパンチは変身しなくても強烈だね」

「あんたの音響兵器よりはマシよ。華猫さん、大丈夫?」

「んー、耳がキンキンするぅ」

「……もう一発いっとこうかしら。右耳の分」

「すまなかった! どうしても抑えられない性なのだ! この通りだ! 許してくれ!」


 目を回す華猫さんを見て、左耳と右耳で二発が妥当かなと思ったが、それで気絶されても面倒か。土下座に免じて今日のところは許してやろう。


「……こほん、それでは改めて魔法少女について説明しよう。だが、その前に確認しなければならないことがある」


 華猫さんの耳が聞こえるようになったところでシルさんが説明を再開する。先ほどの大声を警戒して、華猫さんはいつでも耳を塞げるように準備しながら聞いていた。


「キミは魔法少女を続けるかい?」

「……ん? どういうこと?」


 華猫さんは、シルさんの問いに意味が理解できないというように首を傾げた。その反応にまた懐かしくなる。


「我々はキミたちを全力でサポートするが、それでも魔法少女の使命には危険が伴う。世界の命運を握る重圧も、戦いの痛みも、命を懸ける恐怖も、君たちのような少女にはあまりに荷が重いものだ。それでもキミは魔法少女として戦うかい?」

「戦うよ。あたりまえじゃん」

「……ふっ、即答か。理由を聞いても良いかい?」


 シルさんが思わず笑みをこぼす。この問いかけは全ての魔法少女に投げかけているが、誰一人として断らなかったらしい。もちろん、私も迷わず戦うことを選んだ。だって、家族も、学校の友達も、そして精霊たちも、この世界には守りたい人がたくさんいるから。やっぱり、魔法少女に選ばれる人ってみんなこうなんだろうな。


「いちかを守りたいから。そのためなら命でも何でも賭けるよ」

「んな!?」


 予想外の答えに驚きの声が漏れる。世界のためじゃなく、私のため。なんて魔法少女らしくない答えなんだ。


「なにビックリしてるの? いちかを守りたいってあの時にちゃんと言ったじゃん」

「そうだけどさ、魔法少女ってこう、なんか、もっと愛に満ちてるものじゃない?」

「あたしはいちかへの愛でいっぱいだよ!」

「そういう事じゃなくてぇ。こう、個人への愛じゃなくて、もっと普遍的な、その、正義感的な、善性的な、そういう形の愛のことを言ってるの」


 魔法少女の使命や大義はもっと大きなものに裏打ちされるべきだ。言葉にするのは難しいけど、そういう感覚が私にはある。でも、私の常識は彼女にはとことん通用しないみたいだ。


「というか、私はあんたに守られるほど弱くない!」


 私と華猫さんは一番を競うライバルだ。それなのに守るなんて、まるで私が弱いと言われてるみたいで我慢ならない。昨日守ってもらったのは確かだけど、それは華猫さんと黒猫を庇ってたからで、本来なら私一人でなんとかなった。なんだか言い訳がましいけど、事実なんだから仕方ない。


 というか、こんな理由で魔法少女を続けるなんて、ヒーロー性を何よりも大事にするシルさんはなんて言うんだ。


「素晴らしい!!」


 素晴らしいようだ。


「これのどこがヒーローなんですか」

「なにを言うんだ。誰かを想う心があれば、それは立派なヒーロー精神さ」


 シルさんはそう言ってウインクを決めて星を飛ばした。飛んできた星はうざったいので弾き返す。彼の言い分に納得はしないけど、考えは人それぞれだ。でも、私は守られるほど弱くない。華猫さんの愛は大きく純粋なものだけれど、それが発揮される日は来ないだろう。だって、どんな困難にだって私の力で打ち勝てるのだから。


「さて改めて魔法少女について説明しよう。はじめくんが気になっていることはなにかな?」

「あの黒い怪物ってなんなの?」

「シャドウと我々は呼んでいる。精霊界の神秘のエネルギーと人間界の負の感情が混ざり合って生まれた怪物で、その目的は世界の境界の破壊だ」

「境界が破壊されたらどうなるの?」

「世界の均衡が崩れ、すべて消えてなくなる。だから、境界を守る魔法少女が必要なのだ」


 私たちは街を守る魔法少女という規模では収まらない。世界の命運を握っているのだ。クラスのみんなには内緒だよ、なんて軽いノリでは火傷するような責任がある。


「じゃあ、どうしてあたしは魔法少女になれたの?」

「どういった条件で魔法少女が生まれるのかは謎が多い。私からは素質があったからとしか言えないな」

「へー。まぁ、あたしは天才だし魔法少女にもなれちゃうか」


 素質という話なら、きっと華猫さんは全てを持っているだろう。普通なら鼻につく天才という自信も、彼女ほどの存在であれば納得感が先に来る。


「つまりあたしは普通の生活をしながら、いちかと一緒にシャドウを倒せばいいんだね」

「その通りだ。怪我の治療など、何か困ったことがあれば我々がサポートする」

「オッケー了解かしこまり! 天才マジカル美少女華猫はじめ、たった今から本格始動開始です!」


 くるりと回って目元でピースしてウインクを決め、ステッキを掲げてキラリと笑う。肩書きをアップデートした桃色の魔法少女は私の方に向き直ると、飼い主を見つけた犬のように駆けだして私を抱きしめた。


「一緒に頑張ろうね!」

「あーもう、分かったから離しなさい」


 ネコミミ魔法少女のくせに、私への態度は小型犬かい。甘ったるいハチミツの匂いに囲まれながら、後ろのアホ司令の叫びに備えて耳を塞いだ。

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