第6話 魔法の世界

 朝5時に自然と目が覚める。妙に頭がスッキリしていて、質の高い睡眠ができたらしい。程よい疲れがあったからだろうか、それとも目の前の眠り姫のおかげだろうか。


「んぅ……あれ、いちか?」


 眠り姫のお目覚めだ。バイトが終わった時間から逆算すれば大体8時間程度だろうか。魔力の回復速度はかなり早いらしい。


「おはよう」

「おはよ、って、どぅわぁ!!」


 目をこすりながら体を起こした華猫さんは、私の方を見るとすごい勢いで後方に弾け飛んでいった。なんて乙女らしからぬリアクション。というか、何をそんなに驚いているんだ。


「いちか、なんでそんな格好してるの……」


 カーペットにごろんと転がって、両手で目を隠しながら弱々しい声で私の姿を指摘する。あぁ、そういえば寝苦しいから脱いだんだっけ。起きて隣に下着姿の人が居たらそりゃビビるか。


「寝苦しかったから。それより、昨日のこと色々説明したいから、学校に休みの連絡入れといて。あと、出かける準備もお願い」

「う、うん」

「私はシャワー浴びてくるから、華猫さんもそうしなさい。その後にご飯にしましょう」


 クローゼットから着替えを出しながら、これからの予定を華猫さんと共有する。着替えを持ってバスルームに行こうとしたら、華猫さんはまだ私をじっと見つめて動かないでいた。


「いちか、ケガしてる」

「ん? あぁ、これね」


 華猫さんに指摘されて、昨日の戦いの傷を思い出す。魔法少女の身体は自然治癒能力が高いけど、まだ肩のあたりが赤く腫れている。見えないけど痛むから背中にも傷があるだろう。


「痛みも治まってるし、すぐ治せるから平気よ」

「そうなの?」

「そうそう。まぁ、美味しいご飯を食べたら元気出るかも」

「わかった! すぐ準備するね!」


 さっきまでボーっとしていた華猫さんは、使命を得た瞬間に風のごとき速さで部屋を出て行った。相手の好意を利用するって、なんか悪女っぽくて性に合わないわね。でもまぁ、しょぼくれてるよりはいいでしょ。


 シャワーから出ると、日本人になじみのある醤油の香りが鼻腔をくすぐる。キッチンの方を見ると、黒猫のエプロンを着たシェフがIHコンロで鍋を温めていた。髪にツヤがあり、ショートパンツにTシャツというラフな格好に着替えていて、ちゃんと色々準備してきたみたいだ。ってか、私がシャワーを浴びてる間に全部済ませるって速すぎるでしょ。


「あっ、いちか! もうすぐできるからちょっと待っててね!」


 華猫さんに言われた通りに座って待つ。目の前のローテーブルにはほかほかのご飯、お麩と三つ葉が入ったお吸い物、ひじきのサラダが並んでいる。ここに肉じゃがが追加され、日本人なら誰もが食欲をそそられるであろう定食が完成した。


「いただきます」

「いただきまーす!」


 まずは肉じゃがを一口食べると、昨日から何も食べていない体に日本食の味がじんわりと沁みわたる。しっかりと煮込んで味が染みたジャガイモは素敵な風味を弾けさせながらほろほろと崩れ、肉の力強い味が体にエネルギーを充填した。


「こんなにおいしい肉じゃがを作れるなんて、いいお嫁さんになりそうね」

「じゃあ、いちかのお嫁さんになる!」

「それはナシ」

「そんなぁ」

「悔しかったら惚れさせてみなさい」


 いくら美少女とはいえ、出会って数日の相手と結婚するほど私はチョロくない。当たり前だけど、結婚するなら好きな人とだ。今のところ華猫さんへの好感度は低くないけど、好きまではまだまだ遠い。


「分かった! いちかの一番になれるよう頑張るね!」


 この天才には下を向くという発想がないらしい。子どものような屈託のない笑顔で自分の欲しいものを口にする。ひたすら前に向かい続ける彼女の輝きは嫌いじゃなかった。


 ただ、私は恋というものをしたことがない。ちょっといいかもと思う人すらいたことがない。そう思うと、この天才が目指すと宣言した一番は、彼女史上最も難しい一番だろう。なにせ、私自身ですら一番の条件を知らないのだから。


「さてと、お腹も満たして準備万端。華猫さんも準備は良い?」

「おっけー! それで、どこ行くの?」

「魔法の世界よ」


 華猫さんの質問に答えると同時に指を鳴らす。その瞬間、目の前に巨大な白色の魔法陣が出現した。


「行くわよ」

「うん!」


 華猫さんの手を取って、勢いよく魔方陣に飛び込む。次の瞬間、視界が真っ白になって、高いところから落ちているような感覚に陥る。しかしそれも一瞬で、気付いた時には綿のようにふわふわした白い地面の上に立っていた。


「わぁ……」


 目の前に広がった光景に華猫さんが目を輝かせる。私も初めて来た時は感動したものだ。


 私たちの目の前には雄大な青空が広がり、キラキラ輝く虹とオーロラが青に彩りを加えている。下を見れば雲海が地面を覆い、小さな白い鳥や煌めきの塊が空を自由に泳いでいた。


「ここは精霊界。私たちが住む人間界の裏にある、神秘の世界よ」

「神秘……あの虹色の空間もここに関係してるの」

「そうね。詳しい説明は後にして、とりあえず本部に向かうわ」

「本部?」

「私たち魔法少女をサポートしてくれる場所よ。私の怪我もそこで治してもらえるわ」


 華猫さんと話しながら手のひらに魔力を集中させて、魔法のステッキを出現させる。私の真似をして華猫さんもグッと手に力を込め、さらに目をキュッと瞑ると、彼女の目の前にもステッキが出現した。さすが天才、呑み込みが早い。私と比べるとまだ拙いけどね。


「変身するの?」

「ううん。今回は別の魔法を使うの。見てて」


 ステッキを天に向かって掲げ、左右に振った後、思いっきり振り下ろす。


「サモン!」


 合言葉と共に目の前に青い魔方陣が出現し、そこから馬くらいの大きさの灰色の狼が飛び出してきた。


「今日も送迎お願いね」

「仰せのままに」

「わっ、しゃべった!」


 狼のダンディな低音ボイスに華猫さんが驚きの声を上げる。言葉を介する動物はアニメや漫画のあるあるだけど、やっぱり初見はビビるよね。私がこの子と初めて会った時は、身の危険を感じてハイキックをくらわせたっけ。


「この子はヴォル。私の使い魔よ」

「使い魔?」

「魔法少女の力の覚醒と同時に生まれる精霊のことよ。華猫さんには私が色々説明してるけど、本来は使い魔が精霊界や魔法少女の仕組みを教えてくれるの。華猫さんも召喚してみて」

「わかった。よよよー、サモン!」


 華猫さんが私の動きを真似して魔法を唱える。やっぱり筋がいい。ステッキを出現させた時より魔力の流れが滑らかだ。華猫さんの目の前に桃色と黒色の二つの魔法陣が現れ……え? 二つ?


「わぁ! ネコちゃんだ!」


 私の違和感をよそに、華猫さんは寄ってきた二体の使い魔と戯れている。黒猫と白猫、それが華猫さんの使い魔らしい。そして、黒猫の方は昨日私たちが会った猫とそっくりだ。そういえばあの子はどこに行ったんだろう。私の部屋までついてきたはずだけど、今日起きた時はどこにもいなかった。


「あれれ、もしかしてキミは昨日の? 私の使い魔だったんだね!」

「みゃあ」


 華猫さんは召喚した黒猫と昨日の黒猫を同一人物……同一猫?と認定したようだ。確かにあの黒猫が華猫さんの使い魔だとしたら、あの空間に一緒の取り込まれたことも、初めて会ったはずの華猫さんに懐いていたことも説明できる。どうして魔法少女として覚醒する前に現れたのかは分からないけれども、そう考える方が納得できる気がした。


 ただ、もう一つ疑問がある。魔法少女の使い魔は一人につき一体のはずだ。もしかしたらこの子は魔力の量だけじゃない、特別な何かを持っているのかもしれない。


「主人公みたい」


 カラーはピンク、圧倒的な魔力、二体の使い魔、他とは違う特別はまさしく物語の主人公だ。


「え? なんか言った?」

「可愛いなって」

「え!?」

「ネコが」

「ずこー!」


 でも、私の言葉一つでコロコロ変わる可愛い表情が、一番主人公っぽい。それならさしずめ私はクールなライバルキャラだろうか。


「使い魔に乗って行くわよ」

「え、猫ちゃんに乗れるの? わっ、でっかくなった! すごー!」


 白猫が任せろと言うように牛くらいの大きさに巨大化する。どうしてか華猫さんの使い魔は、私のヴォルのようにしゃべらない。私がガイド役をしたから話す必要がなくなったからだろうか。一応推測してみるけど、自分を納得させる説明はできそうにない。まぁ、今は考えるだけ無駄か。とりあえず本部に向かおう。華猫さんは大きくなった白猫にまたがり、私を乗せて走り出したヴォルを追いかける。


 もしもあなたが主人公で、私がライバルだとしても、負けるつもりなんて全くないから。私を追いかけてくる天才の笑顔を一瞥して、風を切る心地よさに身を委ねた。

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