第4話 夜空の星
私の家から自転車で15分、高校生がほとんど立ち寄らない区画に店を構えるカフェ『AKASHIRO』。出来るだけ学校のみんなにバレないような場所で働きたかった私にとって、ここは最高のバイト先だ。
「実はな、ウチ結構ギリギリやったんよ。でも狼谷さんが来てからお客さんが増えてなぁ、ほんまありがたいわぁ」
店長の赤崎さんは方言丸出しでそんなことを言っていた。宣伝のためにSNSを始めたり、定期的にフェアをやってみたり、店を盛り上げるために色々やったけど、私がしたのは店を知ってもらう機会作りだけ。こうやって繁盛しているのは店長の実力があってこそだ。
立地のおかげで学校のみんなと出くわさないし、常連さんもいい人ばかりだし、まかないもおいしい。感謝するべきはむしろ私の方だ。
さて、そんな身の上話は置いとくとして。
いつものように夕方から夜にかけての仕事を終え、自転車で帰ろうとした時だった。
「あ、おつかれー」
当たり前のように華猫さんが出待ちしていた。え、普通にホラーなんだけど。バイト先教えてないんですけど。というかいつから待ってたの。
「……なんでここにいるの?」
「今日も一緒にご飯食べるって約束したじゃん」
「そうじゃなくて、いやそっちも言いたい事あるけどさ。私、バイト先教えてないよね」
「そんなの聞き込みしたらすぐだよ。制服って目立つし」
「そうですかい」
現代の女子高生とは思えない足で稼ぐスタイル。でも、合理的で確実な方法だ。ストーカーってこういうところから始まるんだろうな。
「どれくらい待ってたの」
「うーん、10分くらい?」
つくならもっとマシな嘘をつけ。すこしよれた制服とスクールバック。それは一回も家に帰ってない証拠だ。
「家で待っときなさいよ。帰ったらちゃんと言うから」
「やだ! いちかと一分でも早く会いたい!」
「どんだけ私のこと好きなのよ」
「世界で一番好き!」
曇りなき眼で即答すんな。普通に照れる。まぁ、一番って言われるのは悪い気はしないけど。
「じゃあ待つならせめて店の中にして。こんな時間に一人は危ないでしょ」
「いいの? あんまり注文できないよ?」
「私から店長に言っとく。あと、ここのことはみんなに秘密ね」
「二人だけのヒミツってこと?」
「残念。トラ子とすずめも知ってるわ」
「がーん!」
華猫さんが大袈裟な動きで肩を落とす。そんな残念がることか。たかがバイト先だぞ。てか、二人だけのヒミツって、普通はもっと重大なものでしょ。
「ほら、さっさと帰るわよ。お腹空いた」
「そーだね。ちなみに今日の献立は肉じゃがとひじきのサラダだよ」
「今から作るの?」
「ふっふっふ、バッチリ作り置きしております」
自転車のスタンドを上げて帰路に着く。しかし、自転車で横並びになって話すのは危ないから会話は殆ど無かった。せっかく待ってくれてたのに、これじゃあんまり意味ないような気がする。次からは徒歩にしてやろう。大して長くない距離だし、夜の散歩というのも悪くない気分転換になるはずだ。
……いや、流石に甘すぎないか私。出会って数日の友達かも怪しい奴なのよ。なんでこんなに自分の生活を変えてるの。
「あー! ネコちゃんだー!」
そんな私の考え事をぶち破るように、私を悩ます天才の喜色に満ちた声が夜にこだまする。近所迷惑になるからやめなさい。
「首輪がない。野良かしら」
「ほれー、こっちおいでー」
マンションに着くと、駐輪場の茂みから顔を出す黒猫を見つけた。一年間住んでいるけど、猫を見たのは初めてだ。首輪がないから野良のように見えるけど、それにしては妙に毛並みが綺麗なような。赤い首輪と金の鈴をつければ魔女の使い魔を名乗れるだろう。
そんな不気味できれいな猫に、天才は猫なで声で呼びかける。犬じゃないんだから来るわけないでしょ。
「わぁ、ふわふわだぁ」
「……人慣れしてるのかしら」
華猫さんの腕に納まった黒猫は気持ちよさそうな顔で撫でられている。飼い猫が逃げ出してきたのか、それともこの天才は動物すら魅了するのか、どちらか判断する材料は持ち合わせていなかった。
「ネコ好きなの?」
「だいすきー」
「……私とどっちが好き?」
猫を愛でる華猫さんに、なぜかそんな言葉をこぼしていた。えっ、何を聞いてるの私。なんでこの黒猫と張り合おうとしてるんだ。バカかよ。こんなこと聞かれたって華猫さんも困るでしょ、アホ。
「いちか!」
「そ、そう……」
なんで即答できるの。なんで私の方が上なの。イヤイヤ、これはその、あれだから。どんなことでも一番を譲れない私の本能のせいだから。
「飼いたいなぁ」
「迷い猫かも知れないし、野良だとしても病院に行かなきゃダメでしょ。こんな時間なんだから、今日はいったん諦めなさい」
「えー、けちー」
「真面目なんですー」
子どものような意見を述べる華猫さんを正論でたしなめる。このマンションはペットオッケーだけど、この黒猫をいきなり迎え入れるのは得策じゃない。ボロボロだったらいったん保護するけど、この子はそうでもなさそうだし。
「ごめんねー。うちの子になりたかったらまた明日……え? なに、あれ」
猫を抱き上げた華猫さんが残念そうに手を離そうとした時、彼女は突然猫から目を離して夜空を見上げた。きれいな星を見つけた……というような顔ではない。恐れ。おてんばな天才の初めて見せる表情が異常事態を告げていた。
「なに、あのヒビ……」
彼女の視線を追うように夜空を見上げると、一面の黒の中に虹色に輝く亀裂が入っていた。
「なかなかデカいわね」
今まで見た中で一番大きいかもしれない。これは厄介なことになりそうだ。
「……待って。華猫さん、あれが」
見えるの? そう聞くより前に亀裂から虹色が広がり、夜空が虹色に染め上げられる。さらに地面や建物の壁面が黒色でコーティングされ、景色から個性が失われた。そして空を見上げれば、無数の黒い球体が浮かび、黒紫の歪んだオーラを纏った飛行機ほどの大きさのドラゴンが一体羽ばたいている。今回の大ボスはアイツか。やっぱり今までで一番デカい。
「なにこれ……」
華猫さんの震えた声が聞こえて振り返る。黒猫を抱きしめながら、青ざめた顔で震えている。あの反応を見るに、彼女はこの場所を知らない。でも、それじゃあなんでここに居るの。黒猫も一緒だし。
いや、考えるのは後だ。私の使命はあの怪物を全滅させること。そして何よりも華猫さんと黒猫を守ることだ。
「大丈夫。安心して」
こちらに近付いてくる怪物たちから華猫さんを庇うように前に出る。あの怪物たちのスピード、詳しい説明をしている時間はなさそうだ。
「い、いちか……?」
「華猫さんは私が絶対に守る」
勢いよく天に向かって右手を掲げると、眩い光と共に青い星形のステッキが出現する。そしてキラキラ輝くそれを手に取り、ステッキに巻かれた青いリボンをはためかせながらこう叫んだ。
「フェアリーチェンジ!」
ナンバーワン魔法少女、狼谷一花。今日もまた使命を果たします。
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