第13話 夏の始まり

 八月初旬、暑くてたまらない人間界と違って精霊界は快適だ。私達を照らす太陽はほど良い温度で私たちを照らし、心地よい風が爽快感を与える。青いハイネックビキニは新調しただけあり着心地抜群。ビーチチェアに寝転びながらパラソル越しに青空を見上げ、夏のいいところだけを味わい尽くす。そんな感じで、ワンダーキャッスルにある魔法少女を労うために作られた施設の一つ、サンシャインプールで私は普段の疲れを癒していた。


「ねぇいちか、あたしたちって恋人同士だよね」

「……え?」


 そんな時、はじめが突然意味の分からないことを聞いてきた。可愛らしいピンクのリボンデザインの水着がよく似合っているなんて些細なことは吹き飛び、混乱の渦で溺れそうになる。コイビト、こいびと、え、恋人? 確かに一回デートしたけど、あれは一緒に遊ぶことをそう呼んだだけだ。彼女から何度も好きだと言われてるけど、はいと言ったことなんて一度もない。そうやって私が答えに困って黙っていると、どんどんはじめの顔が真っ赤になっていて、しまいには涙目になってしまった。


「恋人じゃないの……?」

「う、うん。違うと思う」


 今にも泣き出してしまいそうなはじめを見る限り、ふざけているとは思えない。でも、私の認識では私とはじめは友人で、ライバルで、お隣さんで、魔法少女仲間だ。特別な関係ではあるけど、恋人ではない。いったい何がこんなすれ違いを生んだのだろうか。


─いちか、手繋いでいい?

─いちか、二人でお泊りしよ。

─えへへ、いちか、大好き。


 そういえば最近のはじめは妙に距離が近かったような。夏休みで浮かれているのかなと思ったけど、もしかして恋人と勘違いしていたから?


「で、でも、いちか、あたしのこと好きっていったじゃん」

「んー……? えー……? いつ……?」

「めちゃくちゃ強いシャドウ倒した時! まさか覚えてないの?」


 はじめに言われた瞬間、私の脳が待ってましたと言わんばかりにあの日の記憶を鮮明に思い出させた。


─ねぇいちか、だいすき

─私も


 バカか私は。どうしてこんなことを口走ったんだ。私にとってはじめは、ずっと隣に居たくて、ずっと笑顔でいて欲しい大切な人……ん? いやいや、思いの強さと恋心は全く別軸だから。私の想いはあくまで友達としてであって、恋とかそういうのとは違う……はず。とにかく、私とはじめは恋人関係ではない。


「いや、あれは気の迷いというか、テンションがおかしかったというか……とにかく本気で言ったことじゃないの」

「そんな……」

「うわー、悪い女だ」

「有罪、ギルティ」


 はじめの諸々が勘違いだと伝えると、プールの方からトラ子とすずめが非難を飛ばしてきた。引き締まったボディによく似合う黒いビキニのトラ子と、可愛らしいイメージに合った白いフリルワンピースの水着のすずめは、楽しそうな姿とは裏腹に厳しい視線を私に向けた。


「だって、あの時はいろいろありすぎて冷静じゃなかったの!」

「言い訳とか見苦しいぞー」

「よしよし。あの悪女は私達がはじーに代わって断罪する」


 プールから上がった二人がはじめを守るように抱きしめながら、私をいじり半分、本気半分の視線で刺した。あの状況を考えれば私が悪いのだけど、ズルいタイミングで好きと言って、それを理由に恋人だと思い込んでいたはじめにも責任はあると思う。でも、トラ子とすずめは圧倒的にはじめの味方のようだった。


「ありがとう二人とも。でも大丈夫。あたし、天才的なことに気付いちゃった」


 トラ子とすずめの抱擁から飛び出て、さっきまでの悲しそうな顔が嘘のような笑顔で軽やかなステップを踏んだ。


「あり得ないって思ってたら、あんなこと言わないでしょ」

「はぁ? なにそのポジティブシンキング」

「ふふっ、いちかの一番に近付いちゃったなー」


 まるで言い負かしたかのような態度で私から離れると、私の反論を聞かずにプールの飛び込む。弾ける水しぶきの中から現れた彼女は振り返って、眩しい笑顔を見せてからまた水の中に潜った。そんな彼女をプールで遊んでいた私たちの使い魔たちが出迎える。一人の少女を動物たちが囲むその光景は、まるでおとぎ話の世界のようだ。


「実際さ、はじめちゃんのこと何番目に大切なんだ?」


 すずめがプールに戻ってはじめと使い魔たち遊び始め、残されたトラ子が私に問いかける。そういえばだれが何番目に大切かなんて考えたことなかった。誰が大切かという認識はあるけれど、それに順位をつけるとなると話が違ってくる。お父さん、お母さん、兄さん、トラ子、すずめ、楓ちゃん……私の大切な人の中に間違いなくはじめはいた。


「……順番なんて付けられないわよ」


 大切な人を天秤にかけることなんかできない。一番を目指すと言っているはじめには悪いけど、順位を決める指針を私は持っていなかった。


「いちかー、水鉄砲で勝負しよ!」


 それでも、隙あらば楽しそうに勝負を仕掛けてくる彼女は他にない特別を持っている。両手持ちのごつい水鉄砲は当たれば無事ではすまなさそうだ。ポロリでも狙っているのだとしたら、勝負ごとに下心を持ち込む危険性を分からせねばなるまい。


「でも、ライバルとしてなら一番よ」

「ししし、そうですかい」


 何か意味ありげなトラ子の視線を無視して立ち上がり、プールサイドに転がっていた片手持ちの水鉄砲を拾う。水鉄砲勝負は機動力を生かした私の勝利に終わった。


 〇〇〇


「人型シャドウについてだが、今のところ実りのある話は出来そうにない」

「そうですか……」


 あの人型シャドウは何かを探していた。嫌な予感がした私は戦いの後、シルさんにあのシャドウについて調べるようお願いした。本部のシルさんの部屋は分厚い本と資料が閉じられたファイルが積まれていて、過去に似たような例がないかできる限り調べていることがうかがえる。あれが全部シャドウの戯言で私の杞憂だといいのだけど。


「人型シャドウ撃破以降、シャドウの出現頻度や凶悪度の上昇は収まってきている。人型シャドウが何かの首謀者で、君たちが見事に倒して見せた……というシナリオでは納得できないかな?」

「そうであって欲しいんですけど……」


 シャドウの出現頻度や強さは、はじめが魔法少女になる以前の基準に戻っている。シルさんの言う通りだとは思う。でも、なぜかこの胸騒ぎが収まってくれない。どれだけ自分を納得させようと論理を並び立てても、ロジックから外れた予感が私の不安を掻き立てる。


「まぁ、私もすべての資料に目を通したわけではない。調査の方はこっちで進めておくから、君たちは魔法少女の使命に集中してくれ」

「いろいろとすみません」

「構わないよ。これが我々の使命なのだから」


 歯切れの悪い返事しかできない私を見かねて、シルさんは調査の続行を約束してくれた。彼はやかましい人だけど、仕事に関しては真摯だ。私を安心させるための建前ではなく、ちゃんと調査を実行してくれるだろう。十中八九無意味であろうことをさせてしまうのが申し訳なくて謝ったけど、シルさんはそんな些細な負担すら感じさせない言葉をかけてくれた。ヒーローに興奮するアホ司令であることに目を瞑れば、まさに理想の上司だろう。魔法少女と司令が上司と部下の関係なのかは知らないけど。


「それより、夏休みに行きたい場所はあるかね」

「え、いきなりなんですか」


 シリアスな話から急に夏休みの話に切り替わり、話題の温度差についていけない。そうなることは分かりきっていたであろうシルさんは穏やかな笑顔で話を続けた。


「旅行に行くなら申請してくれ。諸々の費用はこっちで持つ」

「それ、魔法少女のサポートと関係あります?」

「君たちの青春を戦いに使ってもらってるんだ。これくらいしないとつり合いが取れないよ」


 何度も思うけど、いくら命をかけた戦いとはいえ、至れり尽くせりすぎる気がする。ホワイト企業も真っ青な豪華すぎる福利厚生だ。


「そういうのは、はじめに聞いてください」

「確かにそうだな。はじめくんにも伝えておいてくれ」


 行きたいところと言われても思い浮かばない。はじめならデートだとか青春だとか言っていろんな旅行先候補を並べ立てるだろう。私はただそれに着いていけばいい。はじめと勝負ができるなら山でも海でも砂漠でも、どこに行っても変わらないんだから。


「温泉行こ! みんなで!」


 翌日、バイトから帰って来たら、キラキラ目を輝かせるはじめとおいしそうなハンバーグの匂いが私を出迎えた。

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