第14話 レッツ温泉旅行!
精霊界の転移魔法を使えば一瞬でどこへでも行ける。でも、移動も旅行の一部ということで、新幹線に乗るために朝早く起きなければならなくなった。私とはじめは早朝のランニングで早起きが習慣付けられてるから問題ないけど、朝に弱いすずめは大丈夫かな。
「おーっす!」
そんな心配をしていた私達のもとに時間ギリギリにやって来たトラ子は、二つのキャリーバッグを引っ張り、背中にすずめを括り付けていた。
「この状態でよく寝れるわね」
「すずめは一度寝たら六時間は絶対に起きないからな。楽しみで寝られなかったんだろ」
席に座った後でもすずめは規則正しい寝息を崩さない。トラ子の肩に頭を預けるすずめの寝顔は天使のようだけど、やってることは悪魔そのものだ。寝坊した自分と自分の荷物を背負わせて駅まで届けてもらうなんて。そんな無茶をやり遂げて、その上で恨み言の一つも言わないトラ子もトラ子だけど。
「私だったら殴ってでも起こすわね」
「私の天使にそんなことできるわけないだろ」
恋人相手とはいえ、素面でこんな事を言えてしまうのがトラ子の恐ろしいところ。すずめの頭を撫でるトラ子は、普段の快活な姿からは想像できないほど柔らかい雰囲気を纏っていて、蝶よ花よとはこういう事かと思わされた。
「いちかだって、私が寝坊したら優しく起こすでしょ? それと同じだよー」
「いや、普通に叩き起こすし、起きなかったら置いてく」
「そんな!?」
トラ子の激甘対応に共感できるように例を出したつもりだろうけど、私にとってのはじめは、トラ子にとってのすずめとは全く違う関係だ。そんな簡単なことも分からないなんて、私の事となるとこの天才の認知はとことん歪むみたいだ。
「すー……すぅ……」
「可愛いなぁ」
トラ子がすずめに向ける視線は特別だけど、そこに込められた温度は私には分からないものだ。恋の感情がこんなにふわふわしたものなら、私がはじめに向けるそれとは異なる。こいつには絶対に負けられない、必ず勝ってやるというバチバチした関係だ。うん、私ははじめに恋なんてしていない。
「……やっぱり、違うわよね」
結局すずめが起きたのは目的地の温泉旅館に到着してからだった。
一泊二日の温泉旅行。魔界域が出現すれば、精霊たちが転移魔法で連れ帰ってくれる。旅費は本部持ち。私たちは何も心配せずに思う存分楽しむことができるんだけど……
「貸し切りはやりすぎでしょ!」
見事な日本庭園と自然の山々が見える温泉旅館。他の宿泊客が見当たらなかったからもしやと思い聞いてみると、和服の女将さんが貸し切りだと教えてくれた。一泊するだけでも相当な料金がかかりそうなのに、さらに貸し切りにするなんて。奢りだからってやりすぎだ。
「だってー、シルさんが貸し切りでもいいって言ったんだもん」
「あの人は本当に……」
貸し切りはシルさんから提案したのか。はじめがそんな選択肢を出されて選ばないはずがない。この前の提案から私たちに休みを取らせようと画策していたのだろう。変に気をまわしてくれなくても別にいいのに。
「一花は甘え下手だもんなー。はじめとシルさんに感謝しろよー」
「シルさんはともかく、なんではじめもなのよ」
「そりゃあ、まぁ、ねぇ?」
「うむ」
「なにその反応」
トラ子とすずめは互いに目を合わせて頷き合う。私は答えが欲しいのだけど、二人の間では周知の事実のようで、教えてくれそうになかった。
「そんな事より、はやく温泉街行こ!」
「あーもう、ちょっと休憩してからね」
はじめが温泉街に連れ出そうと私の腕を掴む。まだ納得していないし、移動疲れが残っているから一旦休憩を挟んでから温泉街に繰り出した。
「んー! おいしー!」
「そうね。1000円の価値ありだわ」
「へぇ、ほんほはあっひひこ。ひへーなはひがひえふんはっへ」
「はいはい。わかったから飲み込んでからしゃべりなさい」
歴史を感じる温泉街で海鮮串やスイーツなどを食べ歩き、初めて訪れた場所の空気を感じて癒される。はじめは気の向くままにあっちへこっちへ私の手を引いて、隣でずっと笑っていた。場所が変わっても、いつもと変わらない時間が過ぎていく。でも、彼女が旅行を全力で楽しんでいるからか、勝負をしようという話にはならなかった。それだけが、いつもと違っていた。
「……デートみたい」
トラ子とすずめはいつの間にか消えていて、はじめと二人きり。ライバルとして勝負をしない、魔法少女の使命もない。ただの友人として過ごす時間の中で思い出したのは、初勝利の後のデートだった。
「いちか、どうしたの」
「別に。それより、そんなにお土産買っても大丈夫なの?」
「へーきへーき! バッチリ貯金してますので!」
「いや、そんな大荷物抱えて帰るつもりなの?」
はじめはすでにパンパンに詰まった紙袋二つを抱えていて、今は箸や茶わんなどの民芸品を買おうとしている。旅行のための荷物と合わせて持って帰れるのだろうか。
「もしもの時はシルさんに荷物だけ転移させてもらうから大丈夫!」
「はぁ、なんか遠慮してる私がバカみたい」
魔法少女として受けられる恩恵はとことん使い尽くすつもりみたいだ。魔法少女は命を懸けているとはいえ、私は未だに至れり尽くせりすぎるサポートに抵抗感が残っている。トラ子とすずめは私ほど気にしてないけど、はじめは輪をかけて遠慮がない。こんなのが隣に居たら、自分の感覚が狂ってくるというものだ。
「甘え下手かぁ」
自己管理はちゃんとしているつもりだ。疲れやストレスで心身を蝕まれたことなんて一度もない。それでも、みんなから見た私は異様なほどストイックに見えるのだろう。トラ子やシルさんが変に気をまわしているのはきっとそういう事だ。
「いちか! これ買お!」
考え事をしている私にはじめが見せてきたのはペアグラスだった。それぞれ桃色と青色の和風の柄が入ったグラスは私たちの魔法少女としての姿を連想させる。彼女もそう思って提案したのだろう。
「いいわね。買いましょう」
「やったー!」
ペアグラスなんて照れ臭い。でも、キラキラ目を輝かせるはじめを見たら、ノーなんて選択肢は一瞬で霧散してしまった。既に買い物かごがいっぱいなはじめの代わりに私が商品を持つ。そしてペアグラスが入った箱の重みを感じた瞬間、私の肩が軽くなったような気がした。
「これ、可愛いかも」
ふと視線に入った猫を模した箸置きを手に取る。白猫がぐったり寝そべっている姿が愛らしくて、すっかり気に入ってしまった。それからはじめに連れて行かれる場所のものがだんだんと魅力的に見えてきて、物欲が抑えられなくなる。学校の友達やバイト先の同僚に渡す分のお土産が入った紙袋に、だんだんと自分のためのお土産が増えていった。
「おかえりー。ははっ、ずいぶん楽しんだみたいだな」
「まぁ、そうね」
先に帰っていたトラ子が部屋に帰って来た私を出迎える。揶揄うようなトラ子に視線に言い返してやりたかったけど、両手から感じる確かな重みがそれを許さなかった。
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