第12話 魂の叫び

 時間が経つのはあっという間だ。特に楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。はじめとの勝負の日々はいつの間にか夏休み直前の期末テストまで進んでいた。


 1位 華猫はじめ 894点

 2位 狼谷一花 889点


 結局、一学期の間で私がはじめに勝てたのは、たったの5回だけだった。


「通算5勝150敗……勝率約3パーセント……うん、少しずつ上がって来てるわね」

「すげぇな。私だった心折れてるわ」


 トラ子はすずめをチョコで餌付けしながらそんな感想をこぼす。一学期最後の登校日。全校集会を終えてあとは帰るだけになった私は、教室ではじめとの戦いを記録したノートを見返していた。


「なんでよ。進展があるなら万々歳じゃない」

「ストイックこわぁ……」

「不屈の魂。いっちーのいっちーたる所以」


 初勝利時点で1勝88敗、それ以降の戦績は4勝62敗。数字で見ればわかりやすく前進してる。まだまだ全然足りないけれど、前に進めているうちは心が折れることなんてない。きっといつかあの子の届くと希望が持てるから。


「それにしても分厚くなったなぁ。イチバンノート」


 トラ子が私が机で広げたノートを指さす。はじめとの勝負を詳細まで記録し、次の対策を立てるために使ったルーズリーフをファイルに挟んでいく。そうして作られたはじめ対策ノートはそろそろ次のファイルが必要になっていた。


「なにその名称」

「はじめちゃんがそう呼んでたから、私たちもそれに倣おうかと」

「あの子はまた勝手に……まぁ、対策ノートじゃ可愛げないし、そう呼んでもいいかもね」


 私の知らない名前について聞くと、はじめ由来とのこと。でも、あの子の考案というだけあって、その名称は私の感覚にピタリと当てはまった。私とはじめの勝負は特別だ。それなら、その勝負を記録するノートの名前は特別であるべきだろう。


「一花って、はじめちゃんが来てから変わったよな」

「変わったって、どこがよ」

「なんか、楽しそう」


 トラ子の指摘で反射的に自分の頬に触れる。自覚していない口の角度に、ほんのり温度が灯った。


「そうかもね」


 順風満帆だった私の高校生活はあの子の手によって破壊された。一番は未だに取り戻せていないし、負けることが悔しいのは変わらない。でも、はじめとの勝負は本当に楽しくて、勝負の後にあの子が笑ってくれるから、もっと強くなりたいと思えた。


「魔法少女も、戦闘力の上昇著しい。宿命のライバル、相乗効果、切磋琢磨」


 すずめの言う通り、魔法少女としてより強くなった感覚がある。それはすさまじい勢いで成長するはじめを意識していたというのもあるけど、もう一つ深刻で切実な理由があった。


「シャドウもどんどん強くなっていってるけど、一花とはじめちゃんがいてくれたら安心だな」

「そんなこと言って、私達に頼りきりになるのはやめてよね」

「分かってるって。足手まといなんてかっこわりーし」


 はじめが魔法少女になってから、加速度的にシャドウが凶悪になっている。現れる頻度もほぼ毎日になっているし、ここ数日で現れたボスはおそらくトラ子とすずめだけでは倒せない。私の一番でいたいという意思以上に、強くならなければならない環境になっていた。


「そういえば、はじめはどこにいるの?」

「先生に呼ばれてたよ。あの子、特待生だからそれでなんかあるんじゃねーか?」


 青雲高校では優秀な成績の生徒は授業料が免除される。私も同じ制度を利用していて、上京を決意できたのもこの制度があったからだ。東京に来て魔法少女の報酬が貰えるようになったおかげで経済的な余裕ができたけど、それより前はまぁまぁギリギリだった。


「せっかく昼に帰れるんだし、どっかで遊ぼうぜ。一花もバイトない日だろ?」

「いいわね。はじめが戻ってきたらどこ行くか決めましょう」

「お昼の空腹。スイーツを所望」


 今後の予定を決めて、はじめが戻ってくるまでノートを見返そうと視線を落とした瞬間、イチバンノートが真っ黒に染まった。まさかと思い辺り周囲を確認する。さっきまで賑やかだった教室は、トラ子とすずめ以外の生徒が消え、真っ黒に染まっていた。


「……静寂、不穏」


 さっきまでだらけていたすずめは違和感を口にしながら、魔法のステッキを出して臨戦態勢を取る。確かにこの魔界域は不自然なほど静かだった。いつもなら無数のシャドウが暴れていてうるさいのだけど、今は物音ひとつしない。


「うわ、窓の外が全部虹色だ」

「廊下の方には出れそうね。校舎が魔界域になってるってこと?」


 普段とは違う状況の中、周囲を観察して状況を整理していく。窓のすぐ外には虹色の壁があって出られそうにない。廊下の方には出られるが、やはり屋外は虹色の壁で塞がれていた。校舎の中だけを切り取ったような魔界域。今までの魔界域は全てドーム状だった。こんなの見たことない。


「とりあえずはじめと合流しましょう。すずめ、連絡できる?」

「ノイズ、混雑、連絡不可」

「通信魔法も使えない。こりゃ相当厄介だぞ」


 すずめのスマホもトラ子の通信魔法も繋がらない。今までにないことばかりで焦りが積もっていく。だんだん強くなっているシャドウのことも考えると、嫌な予感しかしなかった。


「とりあえず、ボスのシャドウを探しつつ、はじめとの合流を目指しましょう」

「わかった」

「委細承知」


 方針を決め、すぐに戦えるように変身する。3人で並んで廊下を歩き、はじめがいるであろう職員室を目指して歩き始めた。窓に張り付く虹色の壁の光だけが淡く照らす黒い廊下は不穏な空気を助長する。まるでホラーゲームのような光景に、無意識のうちに全員が押し黙っていた。


「待って、誰かいる」


 階段を降りると、そこの廊下の先に不気味な黒い人影を見つけた。ほの暗い廊下の影にいるそれはじっとしたまま動かない。はじめではないことは確かだろう。シャドウだろうか。それとも一般人も取り込んでいるのだろうか。この魔界域では何が起きてもおかしくない。とにかく慎重に行動しなければ。


「あなたは誰?」


 向こうから動く様子がないので声をかけてみる。しかし、応答はない。正体を確かめるに近付くべきだろうか。それともはじめと合流してからにするべきだろうか。いや、少しでも情報を集めたい。大丈夫。何があっても私ならどうにかなる。


「チガウ」


 意を決して一歩踏み出した瞬間、黒い影が地の底から響くような低い声を発した。チガウ、違うってこと? いったい何が? その一瞬の逡巡が致命的な隙となった。


 黒い影が鈍く光る。その光はドロリとした殺気に満ちていた。危険だ。そう直感してシールドを張った瞬間、凄まじい轟音と共に校舎が崩壊した。


「なにが起きたの……?」


 土埃が晴れ、周りの景色が見えるようになる。校舎は完全に瓦礫と化し、縦に長い直方体の虹色の壁だけが残っていた。あの一瞬で校舎が破壊され、それを囲んでいた虹の壁だけが残ったのだろう。


「すずめ! すずめ!」


 声が聞こえた。悲壮に満ちた声で大切な人の名前を叫ぶ、トラ子の声が。まさか、ダメだ、そんなこと。


「あ……」


 赤黒く染まった白い魔法少女。瓦礫の上で力なく倒れる彼女は、腹を抉られており、口から血が溢れている。すずめは血に溺れそうになりながら、浅い呼吸で必死に酸素を取り入れようとしていた。トラ子はそんなすずめの手を握って必死に呼びかけている。余波で校舎が全壊するほどの攻撃がすずめに直撃したのだ。


 私の油断がすずめに重傷を負わせた。何をやってるんだ私は。何がなんとかなるだ。友達ひとり守れないで何が一番だバカ野郎。いや、反省は後だ。すずめはまだ生きてる。まだ助けられる。これほどの戦闘力、間違いなくあの黒い人影がこの魔界域のボスだ。一刻も早くあいつを倒してすずめを治療しないと。


「テメェ!! よくもすずめを!!」


 怒り、いや、殺意がトラ子の表情を歪める。彼女の視線の先には黒い人影が佇んでおり、二人を静かに見つめていた。


「ぶっ殺す!」

「トラ子待って!」


 彼女の感情は当然だ。大切な人を傷付けられて平気でいられるわけがない。でも、トラ子の力であのシャドウと戦うなんて自殺行為だ。しかし、私の制止は届かず、トラ子は感情のまま黒い人影に殴りかかった。


「ヘルインパクト!!」


 トラ子の必殺技が炸裂し、凄まじい火炎と爆発が人型シャドウを襲った。爆風と煙が辺り一帯を包み込む。そして煙が晴れた時に見えた光景は私の予想を裏切ってはくれなかった。


「嘘……だろ……」


 大型のシャドウも粉砕するトラ子のヘルインパクトを、人型シャドウは片手で受け止めていた。傷一つない立ち姿は圧倒的な力の差を示し、トラ子の顔が絶望に染まる。その瞬間、人型シャドウは歪んだ笑みを見せた。まさか、トラ子を絶望させるためにわざと攻撃を受けたというのか。


「トラ子!」


 友達に向けられた明確な悪意。それが示す最悪の結末を防ぐため、スターライトブレードで人型シャドウを切りつけた。ヤツは私の剣を避けてトラ子から距離を取る。黒い影に浮かぶ子供が描いたような歪な笑顔。こいつには明確な意思があり、すずめとトラ子を傷付けて楽しんでいる。許せない。私の大切な友達の命を弄ばれてたまるか。


「トラ子、すずめを守って。こいつは私が何とかする」

「一花……」

「心配しないで。私はナンバーワン魔法少女。すずめも、トラ子も、この世界も、私が全部守ってみせる!」


 私への心配と、力になれない自分の不甲斐なさがこもった瞳。トラ子にもすずめにも何度も助けられた。大切な友達を絶対に失いたくない。二人を安心させるために、そして自分を鼓舞するために、決意を言葉にした。


「オマエモチガウ」

「それは残念だったわね!」


 シャドウに剣を振り下ろすが、容易く受け止められる。やはり今までの敵とはレベルが違う。さらに連撃を加えても腕でガードされた。ガードしているあたり、身体の硬度は部位ごとに違うのだろう。首や腹に当てられればダメージが見込めそうだ。


「私の友達を傷付けて、ただで済むと思うな!」


 更にギアを上げ、激しい攻防が繰り広げられる。ただ暴れまわるだけだった今までのシャドウとは違う、こちらの動きを予測した動き。こんな戦闘は初めてだからやりにくいことこの上なかった。


「アンタいったい何が目的なの!」


 お前も違う。コイツはなにかを探している。知能を持つコイツには境界の破壊とは違う目的があるはずだ。しかし、返答はない。ただ私を殺すために攻撃を続けている。互いに決め手に欠けた攻防。こうしている間にもすずめの死が近付いているのに、攻撃を通せない状況に焦りが募っていく。


「コメットバースト!」


 大技を出して勝負に出る。剣を突き出し、その剣先から高密度の光球を射出する技。シャドウは光球を手で受け止めるが、勢いは殺せずにどんどん後退していく。シャドウが光球に押されて地面に激突し、爆発とともに土煙が舞った。やったか。焦りの中で訪れた仮初めの安堵が私の隙を作った。


 土煙の中から猛スピードで飛び出してきたシャドウの拳が腹に直撃する。ほんの一瞬意識が飛び、体勢を崩した私の頭に容赦のない蹴りが炸裂した。そのまま地面に蹴り飛ばされ、瓦礫が舞う。地に落とされた私は激痛で悶えながら、空を飛ぶ敵を睨みつけた。


「うっ、かはっ!」


 意識が朦朧とする。口の中は鉄の味でいっぱいで、身体に響く痛みは立っているだけで辛い。ここで負ければみんな死ぬ。絶対に勝たなきゃいけないのに、この身体は全く言う事を聞いてくれない。空を見上げれば人型シャドウは黒い光球を私めがけて撃とうとしていた。私は友達ひとり守れないのか。肝心なところで負けてしまうのか。眩む視界がそのまま暗転しそうになった瞬間。


「ニャンニャンパンチ!」


 不甲斐ない私の絶望を桃色の輝きが照らした。白い魔法陣から飛び出してきたはじめが白猫のハンマーで人型シャドウを弾き飛ばす。あの白い魔法陣は魔界域に転移させるためのもの。はじめはさっきまで現実世界にいたようだ。


「ごめん遅れた! 状況は!?」

「すずめが重傷! あの人型シャドウは要警戒!」

「分かった。あとはあたしに任せて!」


 はじめはいつも通りの笑顔で私の言葉に答えると、勢いよくシャドウに向かってハンマーを振り下ろした。しかし、今度はしっかりと受け止め、シャドウは攻撃に転じる。激しい攻防は私の時と同様に決め手に欠けるようだった。


「トラ子、すずめをくまっちのところに」

「一花はどうすんだよ」

「ここに残る」

「その怪我でか」


 トラ子はすぐにでもすずめの治療に行きたいはずだ。それでも、足を止めてまで気にかけてくれている。ズタボロでフラフラな弱い私を。トラ子の指摘は真っ当だ。正直、あのシャドウの動きについていけるほどの力は残っていない。


「それでも、ここに残らなきゃいけないの」


 守るなんて言っておきながら、はじめに助けられて、トラ子にも心配かけて、結局何もできなかった。自分の弱さが憎い。本当ならもう戦えない私は、はじめの邪魔にならないよう逃げた方が良い。でも、ここで逃げたら全てが終わる予感がした。弱いのにわがままを言って、こんなの迷惑でしかないって分かってるけど、この漠然とした感覚を無視できなかった。


「わかった。死ぬなよ」

「ありがとう」


 私の意思をくんでくれたトラ子はすずめを抱えて白い魔法陣に飛び込んだ。これですずめは助かる。あとはあの人型シャドウを倒すだけだ。そう思ってはじめと人型シャドウの戦いに目を向けると、状況が一変していた。


「はじめ……!」


 人型シャドウは形を変え、三メートルほどの巨体から四本の腕が生えた怪物となっていた。手数が増え、火力が上がったシャドウに対し、はじめは防戦一方になっている。二本のニャンニャンハンマーで器用に攻撃をさばいているが、あれでは時間稼ぎが関の山だ。いつも笑顔を絶やさないはじめも焦りの色を隠せていない。


 どうしていきなりあんな姿に。最初のはじめの攻撃でダメージを受けたから本気を出したのか、それとも、いや、そんなことよりはじめを助けないと。でも、今の私が割って入ったところで邪魔になるだけだ。


「いちか! 逃げて!」


 はじめから笑顔が消えていた。シャドウの猛攻に集中しなきゃいけないのに、自分勝手な選択でここにいる私を逃がそうとしている。本当に自分が情けない。友達の信頼を裏切って、心配かけて、足を引っ張って……それでも、私は私を諦められなかった。


「下向くな。考えろ。どうしたら勝てる」


 両頬を叩き、空を見上げる。ここで逃げればはじめが犠牲になる。それどころか世界が終わってしまうかもしれない。どうしたってここで勝たなきゃいけないんだ。


「……いや、ちがう」


 勝たなきゃいけないとか、世界を守るとか、義務や責任じゃない。私を強くしてきたのは、いつだって私の意思だ。私がここに残った理由が、漠然とした予感が一つの形を得ていく。


 はじめに負け続けて、今日はあのシャドウにも負けた。自分の弱さを思い知らされることばかりで嫌になる。それでも進もうと思えたのは、諦めたくなかったのは、大事なものを守りたかったからだ。あのデートの日に見た儚い笑顔を守りたい。勝負のたびに見せてくれる眩しい笑顔を失いたくない。ご飯を振る舞ってくれる優しい笑顔を手放したくない。


「はじめの隣に居たい」


 弱くたって、不相応だって、この想いは変わらない。ようやくたどり着いた大切な想いに呼応するように、突然胸元が輝きはじめる。その輝きは私から飛び出していき、目の前に浮かび上がると青く透き通った星形の結晶となった。その光が本能に訴える。この輝きに触れろと。


「らぁ!」


 本能に従い、星の結晶を思いきり殴りつけると、拳が触れた瞬間に結晶が弾け、光の塊となって私の身体を包んだ。そして、その光に乗せられてイメージが頭に流れ込む。こう叫べ。力に促され、私は頭に流れ込んだイメージを言葉にした。


「ソウルバースト!」


 叫びと同時に光は力という形を得た。星の結晶がコスチュームを彩り、右肩では白いマントが靡く。スターライトブレードは鍔が三ツ星に拡張され、刀身には夜空が広がり、いくつもの星座を描いていた。その姿は初めて見たはずなのに、自分が最初からこうであったかのようによく馴染む。身体の奥底から力が湧いてくる感覚。さっきまでは魔法の力を借りているかのような感覚だったが、今の私はこの力が私自身の力だと確信できた。


「いくよ」


 思い切り地面を踏み込んで、シャドウとはじめの間に割って入る。はじめに襲い掛かるシャドウの四本腕をスターライトブレードで一気に切り落とし、痛みで絶叫したシャドウを蹴り飛ばした。スーパーボールのように地面をはねたシャドウは虹色の壁に叩きつけられ、苦しみ悶えてうずくまる。しかし、一瞬で腕は再生し、さらに八本に増え、六メートルほどの筋骨隆々の巨体に変形した。


「下がってて。あとは私がやる」


 力を増すシャドウを見ても恐怖は感じなかった。今の私なら何でもできる。そんな確信に浮かされて、もはや人型とは呼べなくなったシャドウに大剣を振り下ろそうとした時、はじめが私の肩に触れた。


「聞こえたよ、いちかの想い」


 はじめの日向のような温かい笑みが、剣を握る手に余計な力が込められていることに気付かせた。私一人でみんなを守る。そうすれば、大切な人の隣に居られるから。でも、私の大切な人はそんな形を望んでいない。優しく、けれど力強く私の肩に触れる手が雄弁に語っていた。


「あたしもいちかと一緒が良い」


 一人じゃない。そう伝えるようにはじめの胸元が輝き出し、その輝きはピンクのハート型の結晶となった。


「ソウルバースト!」


 はじめがハート形の結晶に指先で触れると、私と同じように光があふれ出し、彼女の身体を包み込んだ。コスチュームはハートの結晶で彩られ、猫の尻尾が二又になり、その先からは青い炎が浮かんでいる。白猫のにゃんにゃんハンマーは両端に猫の手がつき、肉球にハートが浮かび出た。


「一番だと思ったのに、すぐに追いつかれちゃった」

「ふふっ、天才ですから」


 一番の隣には誰もいない。でも、一番を競い合うならば、前にも、後ろにも、そして隣にも、相手の存在を感じられる。はじめは一人で一番に居た私に背中を見せてくれた。その背中を追いかけて、追い抜かしたいと思った。追いかける中であの子の心に触れて、隣に立ちたいと思った。この天才がこんなにも愛おしいのは、初めて私に触れてくれたからなんだ。


「いくよ、はじめ!」

「うん! 一緒に!」


 はじめと手を繋いでシャドウと向き合う。心が重なった私たちに呼応するように二人の魔力が混じり合い、繋いだ手から黄金の光があふれ出した。


「うりゃあぁぁぁ!!」

「はあぁぁぁぁぁ!!」


 技名なんてない。ただ私たちの全力をシャドウにぶつける。私たちの手から溢れる黄金の輝きは、まるでそこに太陽があるみたいに眩しかったけれど、そこから感じるのははじめの温度だけ。この光にはもっと熱があるべき。そんな違和感があるものなんだけど、この輝きから彼女の優しい温度を感じることにどうしてか納得していた。


「ウガァァァ!!」


 黄金の光が降り注ぎ、八本腕の怪物は一切の抵抗もできずに断末魔を上げて塵となった。それと同時に魔界域が崩れていく。いつもなら一瞬で人間界に戻るのだけど、虹色の壁がゆっくりひび割れていて、まだ時間がかかりそうだった。


「これで一件落着ね」


 崩れゆく魔界域を座って眺める。本当に今日は想定外なことばかりだったけれど、おかげで自分の心を見つめ直せた。新しい力も手に入れて、大きな一歩を踏み出せたような気がする。


「ねぇ、いちか」


 はじめがふにゃりと緩んだ笑顔を向け、私の肩に体を預ける。戦いの疲れと強敵を倒した達成感からか、彼女の声は蕩け切っていた。かくいう私の体がだるくて、ほわほわと夢見心地。そのせいで彼女の声が深く頭に響いた。


「だいすき」


 相変わらず真っ直ぐすぎる好きの想い。こんな単純な言葉、すぐに効かなくなると思ってたのに、この輝きに弱くなる一方だった。繋いだままの手から伝わる温度は高まり続け、私の頭から理性を蒸発させる。コーヒーに注いだミルクのように曖昧な思考が導き出した結論にロジックなんかない。


「私も」


 だから、この言葉もきっと壊れた頭が吐き出したエラーなんだ。風邪を引いた時みたいに体が熱いのも、疲れがたまって限界を迎えたからに決まってる。そうやって私が言葉をこぼすと同時に魔界域が崩れ、次の瞬間にはくまっちのベッドに転移されていた。今、はじめはどんな顔をしてるんだろう。それを確認する前に、くまっちのベッドの心地よさによって思考はあっという間に沈んでいった。


 〇〇〇


 ─ミツケタ


 破滅の光が鈍く光る。黒く淀んだ空間に声が響いたのは、いつ以来だろうか。

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