第26話 空中戦

 街道は険しさを増していく。勾配もさらにきつくなっていく。


 だが景色だけは綺麗になっていく。ラシアの視界内に人工物は一切見えない。


 一面に広がる空と雲。崖の下には海かと思うほど広い森が広がっている。近くに滝があるようで水が落ちるような音も聞こえる。


 これが異世界に迷い込んだのではなく観光で来たなら、本当に良い景色だろうなとラシアは思う。


 静かにそんな景色を眺めていると初心者組にノアが説明する。


「今見えてる森が大樹海って言って、簡単に言えば天然のダンジョンってぐらいモンスターが多い森だね。少し都市から離れてるけど、あそこをメインに狩りに行く人も結構多いよ」


「適正のランクってどんなもんなんだ?」とダードが訪ねる。


「ギルドでも依頼はあるけど基本は管轄外だから誰でも入られるけど……最低、Aランクかな?私も王都側から行った事あるけど……超大変だったから、もう少し強くならないと行きたくない!外だから虫とか多いしね」


 ダンジョンでは小さい虫とか少ないが……現実だと普通にいるからなとラシアは納得する。寄った村の宿のベッドも変な感じがしたからめくったら普通に虫が湧いていたので軽くトラウマだ。


 そんな事を考えていると水の音が近くなってくる。


「いつも樹海に落ちる滝の近くで休憩してるからもう少しで休憩できるよ」


 ラシアは肉体の強さの加減で意外に大丈夫だが、ダードもエリエスもずっと座っているのはお尻に辛かったようでほっと一息する。


「うん?」


 ずっと空を見ていたビエットが変な声をあげた。


 ノアがどうしたの?と訪ねると雲の隙間に何かが見えたらしい。


「たぶん見間違いですね」


「空っていろんな物飛んでるからねー。そういう時あるよね」


 ベルエドは都市を出る前に皆へ情報を共有していないのか? とラシアは思う。


 自分が気にしすぎだけなのかも知れないが、違ったら違ったで笑い話なのでノア達に忠告する。


「都市で少し聞きましたが……山岳地帯で大型の鳥モンスターの情報があったので少し気をつけた方が良いかもしれません」


「そうなのか?そういや酒の席でなんか冒険者達がそんな事を言ってたな」


 ダードがそう言ったタイミングで目的の場所に着いた。


 そこは横に大きな川が流れており、いつも使われているのだろう。石が並べられ焚き火の跡があった。


 ラシアが先に馬車から降り辺りを見渡す。


 そして……


 ベルエドが馬から下りた、そのタイミングを狙われた。


 太陽の中に大きな鳥がいた。


 静かな空に似合わないほどの轟音。空気が破裂する音がした後に凄まじい速度で鳥……モンスターは加速した。


 一瞬の出来事だった。


 ベルエドを馬ごと攫った。


 ラシアの瞳だけがそれを捉えた。


 二つの塊が空中で二つに裂け、そのまま喰われた。


 一瞬の出来事に皆が固まるがラシアだけは動いた。


 動かないと被害が増えるから。


「皆、森に隠れて!ノア!ベルエドがやられた!バスタースワローです!」


 馬車に残っていたダード達も武装し出てくる。さっきの爆音は明らかに異常事態だと分かったので装備は調えていた。


 ラシアがエルダーハンマーを取り出し前衛に立ち、その後ろにノア達が構える。


「ラシアさん。ベルエドは?」


 ノアの問いにラシアは左右に首を振るだけに止める。


 バスタースワローは遠くで旋回し、もう一度こちらに攻撃を仕掛けようとしているからだ。


 ラシアの心臓がばくばくと激しく脈を打つ。先ほどまで一緒にいた人が死んだのだ。


 本当にあっけなく何の前触れもなく。


 死んだ方が世の中の為になる悪人ではない。冗談も言うが新人を気にする話のしやすい人だ。


 それがものの数秒でこの世から消えた。


 この世界はゲームではないから……


 そしてバスタースワローは旋回が終わり、次はラシアを目標にして加速する。


 もう一度、空が割れるような轟音と共に急接近する。


「はやっ!」


 目でも体も反応する。だが心が追いつかない。平屋ほどの大きさの鳥が超高速で接近し攻撃してくるなど、一般人であるラシアには想像もつかないからだ。


 攻撃を何とか受け流すとラシアを中心に衝撃波が発生する。


 どちらもすぐに体勢を立て直し、バスタースワローは空へと離れラシアは攻撃態勢に入る。


「ハンマーマグナム!」


 殴れる位置にはバスタースワローはいない。離れていくモンスターにラシアはハンマーを投げつけるが、それよりもモンスターの方が圧倒的に速く追いつかない。


 当たる範囲は過ぎたようで弧を描いたハンマーだけが戻ってくる。


(くそっ!相性が最悪すぎる!)


「ノアさん!エリエスさん!魔法をお願いします!」


「いまは遠すぎて無理!あと速すぎるから発動する前に離れられる!」


 ノアには余裕があったが、ダード、ビエット、エリエスの三人は膝をつき肩で息をしていた。


 ゲームのレベルで言うならバスタースワローは60台、Aランクのノアで30~40ぐらい。


 ダード達三人はたぶん10とかその辺りになる。同じ舞台にすら立てていないのだ。


 耐えろと言うのが無理な話ではある。


(さっきの攻撃が範囲攻撃になるのかよ!)


 次、同じ攻撃をやられたら誰かが死ぬかもしれない。ラシアは息を吐き出しバスタースワローの攻撃に備える。


 だがすぐには攻撃には来ない。何度も空中を旋回し様子を伺っている様だった。


 モンスターも馬鹿ではない。勝てない相手がいるなら近づかないし……勝てないのなら勝つ方法を考える。


 これ以上犠牲を出さずに倒せるチャンスは、先ほどの攻撃だけだった。


 ラシアなら一撃で倒せるからだ。だがラシアが強すぎるので迂闊には近寄らない。


 バスタースワローも考える。


 自分に攻撃が届くなら攻撃してくるはず。それがないという事は、空への攻撃手段が無いか少ないかのどちらかだと。


 だが、バスタースワローも遠距離攻撃は持っていない。岩より硬い翼での攻撃やくちばし、爪がメインだ。


 だからもう一度だけ接近し確かめる。狙うのは赤い髪の女ではない。藪に隠れている者達だ。


 そして大きく旋回し、次は森に隠れている者達に攻撃を仕掛ける。余計な事はしない、ラシアの攻撃を見るためだ。


 森に隠れている者達をめがけて急降下で攻撃を仕掛ける。ラシアは慌てて接近する。だが近づく事はできても攻撃の動作が遅く、すぐに射程範囲から離れてしまう。


 馬車は壊れ、馬たちは逃げ惑う。


 それでバスタースワローも理解した。この赤い髪の女は強くはあるが、他の者達と同じで空を飛ぶ事はできない。


 先ほど喰った人間と同じ様に空に巻き上げてしまえば何もできないと。


 バスタースワローの周りに魔力が集まり始め、風が蠢き始める。


「やばっ!」


 ラシアにはその攻撃方法に見覚えがあった。竜巻を発生させ上空へと連れ去り、少しの間攻撃不能にされ一方的に攻撃する魔法だ。


 発動前なら潰せるが、どう頑張っても届かない。


 ノア達を守る方法も分からない。


「何かを掴んで魔法に備えて!」


 と叫ぶ事だけがラシアにできた事だった。


 ラシア達の足下に風が集まり始める。そして凄まじい竜巻が発生し、ラシア、ノア、ダード、ビエット、エリエスの五人を自分のフィールドへと呼び込んだ。


 周りの地形が分かるほど高い空だ。


 一番高くまで上がると、後は落ちるだけ。。皆が滝壺に落ちていく。


 こうなってしまえばもうどうしようもない。だが……


 一つだけ幸運な事が起きた。


 バスタースワローが一番目に狙ったのはラシアだった。


 凄まじい速度でラシアに向かって突撃を仕掛ける。


 落ちていく者達がラシアの目には映るが、このチャンスを逃したらたぶん次は来ない。


 だからバスタースワローの攻撃をまともに受ける。


 凄まじい衝撃が体を抜けるが耐えられる。シュトルクトゥーア・オーバーリリーヴで犠牲にする体の負担に比べれば、大したことはない。


 ぺっと血を吐き出し、逃がさない様に思いっきりバスタースワローの体に指を食い込ませる。


 ラシアの凄まじい握力にぶちぶちと肉はちぎれ、指は体に食い込んでいく。


 あまりの激痛にバスタースワローは暴れるがラシアは気にせず、くちばし近くから頭の上へと握りつぶしながら上がっていく。


 ハンマーを出している余裕はない。落としてしまう事もあるからだ。暴れるバスタースワローの位置を少しだけ調整する。


 皆が落ちた滝壺の真上に来る様にだ。


 ラシアはもうバスタースワローの首筋まで上って来ている。左手は食い込み外れない。爪もくちばしもこの位置なら届かない。


「ギガンテックハンド!」


 巨人の手のように大きくなったラシアの手がバスタースワローの後頭部を掴み、


 そして……簡単に潰した。


 命が潰え、バスタースワローは落ちていく。崖の上からこちらを見ている行商達が見えるが、ラシアは飛べないのでどうしようもない。


 ダンジョン都市の宿のおやっさんの言葉を思い出す。


「ノアの事を頼むぞ」


 ラシアは落ちていく中でノアが落ちていった場所を考える。普通に落ちたらまず助からない高さだが、水辺に落ちれば生きているかも知れないと考え……


 バスタースワローを踏み台にして滝に向かって飛んだ。

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