第27話 滝壺の主

 ラシアは何とか滝壺の近くに着地する事ができた。


 ただ無事ではない。かなりの高さから落ち、重いハンマーを背負っていたので左足は折れている。ただこの体のおかげか、痛いのは痛いが我慢できる痛みだった。


 すぐに回復薬を取り出し飲む。


 すぐに怪我は回復し、辺りを確認する。


 幸運な事に近くにビエットの姿が見える。水面で強打し意識は失っているが何とか生きている。川から引き上げ、すぐにラシアは回復アイテムを飲ませる。


 ここからが問題だ。


 仲間はまだ三人いる。


 川に流されたと考え川を下るか。


 滝壺から上がれないと考えここを探すか。


 どちらもあり得る。早く助けないと助からない。


 どちらを選んでも正解で、どちらを選んでも間違っている。


 何処に誰がいてどんな怪我をしているかも分からない。だから優先順位がつけられない。


 このままここにいても誰も助からないのは分かっている。


 だが……動けない。


 正解が分からないからだ。


「はぁはぁ……どうする……どうする」


 ストレスで呼吸が荒くなっていく。辺りには魔物の気配もある。ゆっくりしている余裕はない。


「怪我とかしてるはずだから早く助けないと……怪我!そうだ!」


 バスタースワローの攻撃で確実に全員のHPは減っている。だから一つ思い出した。


 ゲームなら回復フィールドを生成した場合、数字と淡い緑の光が発生するからだ。


 それを目印にすればいい。


「リジェネクティブハンマーー!」


 ラシアに呼ばれる様に、純白で金色に縁取られた神々しい光を放つ巨大なハンマーが出現する。


「サンライトコンタクト!」


 太陽の光が集まりハンマーをさらに神々しく輝かせる。


「命の傷を癒やせ!」


 ラシアは力一杯地面を叩く。するとかなりの広さの回復フィールドが展開された。


 フィールド内にいた全ての生き物の怪我が治り始める。ラシアの思っていた様に、怪我が治る際には淡い緑の光が怪我をしている者を包み込む。


 滝壺の中でもその光が現れた。


「よし!」


 ラシアはすぐに滝壺に飛び込もうとする。


 だが……それを良しとしない者が滝壺から顔を出した。


「おいおい!なんでこんな所にいるんだよ!」


 この滝壺の主だろう。顔は龍、体は亀。ゲーム内にも登場したキッチョウというドラゴンのモンスターだ。


 強さはバスタースワローよりも強く、レベルにすれば六十後半だ。そして亀と龍の特徴を持ち、固く一撃は重いそんなモンスターだ。


 ただこいつはゲームならノンアクティブモンスターで、こちらが攻撃しない限り攻撃はしてこない。


 怪我をしていたのか、ラシアの回復フィールドで回復している。


 身構えるラシアを、キッチョウは見ているだけだ。


 遊んでいる余裕はないが、ラシアはモンスターに話しかける。ゲームなら人の言葉を理解するほど賢いと書かれていたからだ。


「お前の縄張りに入ったというなら謝る!私は人を探しているだけだ。滝壺に仲間が落ちた!それを助けたいだけだ。邪魔はしないでくれ!」


 ラシアの言っている事が分かったのか、少し考えたあとにキッチョウは滝壺へと潜っていった。


 ラシアはその行動にほっとしてから自分も飛び込もうとする。


 だが次の瞬間、再びキッチョウが水面から姿を現した。


 驚きその姿を確認すると、口にはノアとエリエスを咥えていた。そして二人をラシアに投げて渡した。回復の礼だと言わんばかりにだ。


 ラシアは驚くが、二人の状態はそれどころではない。顔は青く息をしていない。


 キッチョウに礼を言ってラシアは二人を陸へ揚げる。


 ただエリエスの場合は運が良かったのか、陸に揚げてすぐ横を向けるとゴホッと水を吐き出した。ラシアはすぐに回復薬を飲ませ回復させる。


 切り傷や何処かでぶつけたであろう痣はすぐに消えていく。


 深刻なのはノアの方だった。


 何処かで切ったのか腹の辺りが赤く染まっている。


 エリエスの様に呼吸が復活する事はない。ラシアはすぐに昔習った人工呼吸をする。


 胸の動きを確かめてから顎をそっと持ち上げ、頭を少し後ろに倒して気道を開く。


 頼むと祈ってから鼻を指でつまんで口を重ね、息を吹き込む。


 ノアの胸がわずかに持ち上がる。


 口を離すと、喉の奥からごぼ、と小さな水の音がする。


 もう一度息を送る。


 二度目の息を吹き込んだ直後、ノアの体がびくりと震えた。


「ごぼっ……!」


 次の瞬間、激しく咳き込み喉の奥から水を吐き出した。


 かなり荒い呼吸が戻り、胸が上下しはじめる。


 だがまだ予断を許さない状況だった。


 お腹の辺りから出血しているからだ。


 ラシアは意識が戻らないノアに謝り服を破って確認する。


 ラシアの顔から血の気が引く。枝のような物が刺さっているからだ。


 このまま回復薬を飲ませる訳にはいかない。宿屋のおやっさんの弟さんに聞いたからだ。


 どうして回復薬や回復魔法がある世界で医者があるのかと質問をした事があった。


 感染症などもあるが、簡単な答えは矢が折れ体内に残ったまま回復魔法を使うと体に取り込んだまま回復するからだ。


 だから医者がいる。体の中に残った物を除去してから回復させる為だ。


 ノアの体に残った物の先がどうなっているかは分からない。尖っているか、かえりが出ているかも分からない。


 もう致命傷かも分からない。ただ何もしなければノアは確実に死ぬ。もう血も少ないのか顔は青い。


 だからラシアも覚悟を決める。回復薬を取り出して口に含んでから、ノアに突き刺さった枝を引き抜く。


 気持ち悪い感覚が手に伝わるが、簡単にスルッと抜けた。


 そしてすぐにノアに口づけをし、強制的に回復薬を飲ませる。飲み込むほど体力が無い場合を考えてだ。


 最上位の回復薬だけあってノアの体が光った後、怪我はすぐに消えていった。


 ただ水が冷たいのと血が足りないのか、まだ顔は青く意識は戻っていなかった。


 ただ少し余裕ができたラシアは、はーっと息を吐き出す。


 キッチョウの方を見ると陸に上がり、ラシアが倒したバスタースワローを引きずり水辺で喰っていた。


 そんなキッチョウと目が合う。言葉が分かるのなら、もしかしたらダードの事を知っているかも知れないと思い尋ねた。


「もう一人剣士がいたと思うが知らないか?」


 キッチョウは何も言わずに流れている川の先を見つめた。まるで流れていったと言わんばかりにだ。


 ここにいても仕方無いのでラシアは頭を下げてから三人を担ぎ、川を下る。


 三人も重さはハンマーよりはるかに軽い。


 だが重い。


 重量ではない、命の重さだ。ラシアの腕にそれはズシッとのしかかる。


 どうしてこうなったんだろうと、ラシアの頬を水滴がこぼれる。


 数ヶ月前までは暖かい部屋でゲームをして、時間が来たら寝て起きたら仕事に行っていた。自分の行動に人の命が関係する事はなかった。


 今は違う。


 ラシアの行動次第で三人は簡単に死ぬ。


 嫌になっても逃げてもいい。だけどそれをすれば確実に三人は死ぬ。それが重すぎた。


 自分のように極度の人見知りにも話しかけてくるような人の良い人達だ。死んで良い人達ではない。


 ラシアは思う。この世界で生きる事は自分には向いていない。


 だけど歩みを止める事はしない。まだ生きている可能性のあるダードを探さなくていけないからだ。


 少し早めに川を下って行くと、小さな生き物が何かをかじっていた。


 ダードだ。足は変な方向を向いているが……胸が上下に動いているのは確認できた。


 ラシアは三人を抱えたまま走り出す。


 それに気づいた生き物はすぐに逃げ出した。


 そして……変な方向を向いた足を戻してから回復薬を飲ませると、傷はすぐに再生した。


「ごほっ!……ラシアか?」


 剣士で体力があるのか、ダードはすぐに目を覚ました。


 ラシアはほっと一息つき、話しかける。


「歩けますか?駄目なら背負いますが……」


「……大丈夫だ。ここは?」


「それは後で話します。川に近い方がいいですが……少しだけ離れましょう。急に雨が降ったりしたら水かさが増しますので」


「分かった……」


 ラシアが先頭を歩き、少し辛そうだがダードが後ろを歩きついてくる。川の近くで少し森の中に入り雨風をしのげる場所を探す。


 何かの魔物が掘った穴が小さな岸壁に空いていた。中を警戒するが何もいないので、その穴を借りることにする。


 雨風ぐらいなら全然しのげるだろう。


 ラシアを含む全員がびしょ濡れで、これ以上体を冷やすのは流石に命に関わる。


 三人を寝かせ、ダードにも手伝ってもらい燃やせる物を集める。


「ラシア。集めたがどうする?俺は魔法使えないから火をおこすのは時間かかるぞ?」


「…………大丈夫です」


 本当は見せたくないが命がかかっている事だから仕方ない。見せないつもりなら最初から助けない。


 ラシアはアイテムバッグの中から青と赤のイレイザーハンマーを取り出し、赤い方の鎚で集めた木材の一つを叩く。


 少し湿ってはいたが関係なく一瞬で火がついたので、それを集めた薪につける。


 そのハンマーを見てダードは驚くが何も言わない。


「ダードはビエットの服をお願いします」


「分かった」


 これ以上濡れた服が体温を奪わない様に皆の服を脱がし乾かす。火はあるがイレイザーハンマーの赤い方で岩を殴れば、岩もかなりの熱を持つ。


 下着を脱がすのだけはやめておき、服を脱がして搾った後に岩に乗せればすぐに水分が飛び乾いた。


 そして自分も脱いで搾って乾かす。


「おい……ラシア脱ぐなよ」


「アホなことを気にしてるぐらいならさっさと脱いで乾かしてください。死にたいんですか?」


 ラシアの正論だ。ダードはラシアの方を見ないように服を脱ぎ同じ様に乾かした。


 服が乾き三人はまだ起きないが、少し余裕のできたラシアとダードはこれからの事を話し合った。

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