第29話:見ないでください(29/30)
23:12。
家の前に着いた時点で、玄関が少し開いていた。
開けた覚えはない。
でもこの家では、“覚え”は証拠にならない。
スマホの通知は、数時間前から貼り付いている。
> 23:30 自宅(玄関)
推奨:見ないでください
あなたは今、増えています
増えている。
宣言したのに。
「増えません」と言ったのに。
監視が開始されたのに。
もう増えている。
つまり罰が来る。
玄関の隙間から、白いものが見えた。
箱。
箱じゃない。
白い“何か”。
見ないでください。
でも見える。
僕は目を逸らして靴を脱いだ。
靴を脱ぐと言うな。
でも脱ぐ。
脱いだ瞬間、床が冷たい。
冷たいと言うな。
でも冷たい。
冷たさが、箱の白さに繋がっている気がする。
白はこの町の色だ。
居間の電気が点いていた。
点けた覚えはない。
テレビも点いている。
音はない。字幕だけ。
「見ないでください」
「見ないでください」
「見ないでください」
三回。
回覧の回数。
確定の回数。
23:28。
スマホが震える。
> 準備してください
推奨:深呼吸しないでください
深呼吸すると:泣きが発生します
深呼吸するな。
泣くな。
笑うな。
謝るな。
息まで管理される。
人間の身体は、もう町のインフラの一部だ。
23:30。
玄関の外で、コトンと音がした。
落とし物の音。
置く音。
落とす音。
全部同じ。
役割が同じだから。
スマホが震えた。
> 確認してください
推奨:見ないでください
確認しろ。
見ないでくれ。
矛盾が完成している。
この段階の矛盾は、選択じゃない。
どちらを選んでも“見たこと”にされる。
玄関へ行くと、床に白い封筒が落ちていた。
封筒の表に黒い文字。
増えました
増えました、が報告書みたいに置かれている。
僕が増やしたみたいに。
宣言したのに増えた。
つまり嘘つき。
嘘つきは罰される。
封筒の横に、白い箱。
ラベル。
あなた(増)
増。
増殖の印。
この箱は“予備”じゃない。
“増えた結果”としてのあなた。
見ないでください。
でも箱が目の高さに置かれている。
見せるために置かれている。
僕は封筒だけ拾った。
拾ったと言うな。
でも拾った。
拾った瞬間、スマホが震える。
> 拾得:成立
対象:報告(増)
提供者:脱
拾得礼:15
拾得礼が15になった。
数字が増える。
僕が増える。
数字と僕が同じ方向へ増えていく。
封筒を開けると、中に写真が入っていた。
玄関の写真。
白い箱が並んでいる写真。
……今、玄関には一つしかないのに。
写真の中では、三つある。
そして、三つともラベルが違う。
あなた(増)
あなた(回覧)
あなた(返却待)
返却待。
待っている。
待つものは動かないはずなのに。
この町の待つものは動く。
動いて増える。
写真の下に、短い文章。
「見ないでください」
「見たら、確定します」
「確定すると、あなたは“落とす側”になります」
落とす側。
拾って返してきた僕が、最後に落とす側にされる。
呪いの継承。
第D骨格の終点だ。
その瞬間、玄関の奥——靴箱の影で、何かが動いた。
カサ。
紙が擦れる音。
足音。
息。
僕は見ないようにした。
でも耳が拾ってしまう。
拾うと言うな。
でも拾ってしまう。
音を拾った瞬間、拾得が成立する。
スマホが震えた。
> 拾得:成立
対象:あなた(音)
推奨:見ないでください
副作用:振り向きます
副作用:振り向きます。
副作用として確定している。
振り向く欲望が“あなた”になる。
僕は振り向かなかった。
でも体が勝手に半分だけ振り向いた。
完全に見ないように、目だけ閉じたまま。
逃げ方が下手だ。
下手と言うな。
でも下手だ。
目を閉じたままでも、視界の端に“白”が入る。
白い影。
箱じゃない形。
人の輪郭に近い形。
声がした。
僕の声。
でも僕じゃない声。
「見て」
そして、別の声。
父の声。
本物の父じゃない。
代替父の薄い声。
「……見ないで」
見て、と見ないでが同時に来る。
矛盾が二人に増える。
増える。
つまり僕が増えている。
スマホが震えた。
最後の通知。
短くて冷たい。
最終話の前の、断頭台みたいな文。
> 00:00 最終確認
場所:神社(本殿)
推奨:あなたを落としてください
推奨:拾わないでください
あなたを落とせ。
拾うな。
落とすのは僕の役割。
拾わないのは僕の抵抗。
両方を同時に要求する。
両方できる方法は一つだけだ。
“あなた”を、僕の手から離す。
そして、僕自身も拾われないように消える。
玄関の白い影が、ゆっくり近づいてくる気配がした。
見ない。
でも近づく。
近づくと言うな。
でも近づく。
僕は箱を抱えた。
抱えると言うな。
でも抱えた。
白い箱「あなた(増)」を抱えて、家を出た。
見ないでください、と言われたものを抱えて、神社へ向かう。
(第29話・終わり)
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