第28話:箱を増やさないでください(28/30)



17:41。

箱は、玄関に置いたままのはずだった。

でも帰宅した瞬間、居間の中央にあった。

置いた覚えはない。

覚えは弱い。

手順のほうが強い。


白い箱。

ラベルは同じ。


あなた


しかし箱の横に、もう一つ小さい箱があった。

ラベルが違う。


あなた(予備)

開けないでください


予備。

来た。

開けないでください、を守った結果、予備が増える。

燃やさないでください、を守っても増える。

守るほど増える。

増えない方法は、たぶん存在しない。


スマホが震えた。


> 18:00 “あなた”を返してください

場所:神社(回収箱)

推奨:箱は開けないでください

副作用:箱が増えます




増えます。

副作用として確定している。

副作用は避けられない。

避けられないなら、増え方を選ぶしかない。

選ぶなと言うな。

でも選ぶ。


僕は二つの箱を見比べた。

どちらを持って行く?

“あなた”と“あなた(予備)”。

予備を置いていけば、夜に勝手に開く気がする。

持って行けば、神社で回収されて“あなた”が削れる気がする。


箱の底が、かすかに震えた。

震えると言うな。

でも震えた。

呼吸みたいに規則的。

箱の中で何かが生きている。


耳を当てると、またあの声。

母の声に似ている。


「……ひろって」

「……かえして」


返して。

拾って返して。

返すほど深くなる。

分かっているのに、やるしかない。


17:54。

外に出ると、空が白い。

夕方なのに白い。

病院の白さ。

町の白さ。


神社へ向かう道で、郵便受けの前を通った。

そこに、また箱。

小さい箱が置かれている。

ラベル。


あなた(回覧)


……増えてる。

家の中だけじゃない。

町のあちこちに“あなた”が生えている。

生えると言うな。

でも生えている。


僕は目を逸らして歩いた。

拾わない。

でも拾わないと、後から拾得礼が増える。

増えた数字が、責任を作る。

責任が人を縛る。

この町は、数字で呪う。


神社の鳥居が見えた。

参道の入口に、すでに人がいる。

自治会の女性。

高橋。

拾いもの好きの男。

そして見知らぬ住民が数人。

スマホを構えている。

儀式は公開されるほど強くなる。


18:00。

本殿の横に、新しい箱が設置されていた。

木箱。

朱印。

札。


回収箱(あなた)


その横に、もう一つ。


回収箱(予備)


……最悪。

予備の回収箱まで用意されている。

増える前提で器がある。

器があるから中身が生まれる。

順番が逆だ。

でもこの町は逆を得意とする。


自治会の女性が微笑んだ。


「時間通りです」

「箱を増やさないでくださいね」


箱を増やさないでくださいね。

増えると分かっていて言う。

言うことで、増えた責任を僕に乗せる。


高橋が淡々と言う。


「確認」

「“あなた”を返す」

「その後、予備の処理」


予備の処理。

予備は“処理”される。

人間が処理される。

笑や声と同じだ。


拾いもの好きの男が、タブレットを差し出した。

画面。


「返却:あなた」

手順:


1. 回収箱へ入れる



2. 蓋を閉める



3. “増えない”と宣言する

推奨:泣かない

推奨:謝らない

推奨:鏡を見ない




増えないと宣言する。

宣言が呪いになる。

宣言した瞬間、増えたら“嘘”になる。

嘘になると罰が来る。

罰は回収だ。


僕は、白い箱「あなた」を持ち上げた。

重い。

重いと言うな。

でも重い。

中身が増えている。

箱の中で何かが“あなた”として育った。


箱を回収箱に入れようとした瞬間、箱の側面のスリットから紙が一枚、勝手に滑り出た。

僕は触っていないのに。

でも落ちたら拾得。

拾ったら責任。

責任になったら読むしかない。


紙には短い文。


「中身は、あなたです」


……知ってる。

でも文字で言われると確定する。

確定すると、箱が“人”になる。

箱が人になると、返す行為は“捨てる”になる。

捨てると罪悪感が生まれる。

罪悪感は謝罪を呼ぶ。

謝罪は声を回収する。

全部繋がっている。


僕の喉が動いた。

謝りそうになる。

謝るな。

泣くな。

でも罪悪感が喉に溜まる。


自治会の女性が優しく言った。


「入れてください」

「そして言ってください」

「“増えません”って」


増えません。

言った瞬間に増える気がした。

言葉がトリガーになる。

通知と同じ。

未来を先に確定させる。


僕は、箱を回収箱に落とした。

落としたと言うな。

でも落とした。

コトン。

落とし物の音。

僕はもう、落とす側だ。


蓋を閉める。

閉めた瞬間、中から小さなノック。

コン、コン。

生きている。

閉じ込めた。

罪悪感が胸を刺す。

刺すと言うな。

でも刺す。


高橋が言う。


「宣言」


僕は口を開けた。

でも声は僕のものじゃない。

出したら丁寧な謝罪が混ざる。

混ざったら固定。

固定したら回収。


だから、声を出さずに口だけ動かした。

……それでも意図を検知される。

第23話で知った。


それなのに、口が勝手に動いた。

町の声が出た。

僕の声で。


「増えません」


言ってしまった。

言ったら成立する。

成立したら、増えた時に罰が来る。

罰が“次の工程”になる。


タブレットが確定した。


「返却:あなた 完了」

「宣言:受理」

「監視:開始」


監視。

増えるかどうかを監視する。

増えたら罰。

罰が手順。


自治会の女性が、次に小さい箱を指さした。

家から持ってきた「あなた(予備)」。


「予備もお願いします」

「予備は、増えの源です」


増えの源。

予備が悪い。

でも予備を増やしたのは町だ。

責任転嫁が儀式の中心にある。


僕が予備箱を持ち上げた瞬間、箱が軽かった。

軽いと言うな。

でも軽い。

中身がない?

いや、軽い=“すでに抜けている”。


背後で、住民の誰かが小さく笑った。

笑ったと言うな。

でも笑った。

笑いは回覧される。

笑いは補正される。

僕の周りはどんどん人間じゃなくなる。


予備箱の底が、コツンと鳴った。

中で何かが落ちる音。

箱の中身が落ちた。

落ちたら拾え。

拾ったら責任。

責任は継承。


僕のスマホが震えた。

通知。

短くて冷たい。


> 予備:すでに返却されています

あなたは今、増えています

本日 23:30 自宅(玄関)

推奨:見ないでください




見ないでください。

また見ない。

見ないと増える。

見たら確定する。

どっちも地獄。


高橋が、初めて少しだけ人間の顔で言った。


「……終わらないよ」


終わらない。

その言葉だけが、やけに正直だった。


(第28話・終わり)

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