第27話:開けないでください(27/30)
06:00。
チャイムは鳴らなかった。
代わりに、玄関の外で「置く」音がした。
コトン。
落とし物が“落ちる”音。
スマホが震える。
> “あなた”を拾ってください
場所:玄関
推奨:開けないでください
拾え。
開けるな。
拾ったら中身が気になる。
気になって開けたら確定する。
町はその順番を知っている。
知っていると言うな。
でも知っている。
玄関を開けると、白い箱が置かれていた。
靴箱の前。
僕の靴の隣。
昨夜、一つ多かった靴は消えていた。
代わりに箱がある。
箱は“代替”の形だ。
箱にはラベルが貼ってある。
黒い文字。
あなた
宛名でも品名でもない。
“あなた”。
返却したはずの名前の代わりに、今度は「あなた」という曖昧な札。
曖昧は増える。
曖昧は回覧になる。
箱の角に、小さな印。
拾得礼:14
提供者:脱
提供者。
もう僕が提供者になっている。
拾う前から。
拾う前から僕の責任。
これが一番嫌な形。
箱に触れた瞬間、スマホがもう一度震えた。
> 拾得:成立
対象:あなた(箱)
推奨:開けないでください
副作用:開けたくなります
副作用として“欲望”を指定する。
欲望が手順になる。
欲望があるから開ける。
開けたから確定する。
確定したから回収される。
僕は箱を持ち上げて玄関に置いたままにした。
家の中に入れない。
入れたら根を張る。
でも玄関も家の中だ。
逃げ道はどこにもない。
スマホの通知が、続けて出る。
> 07:00 確認係が訪問します
推奨:箱を持ったまま待ってください
推奨:泣かないでください
推奨:謝らないでください
確認係。
また。
確認係が来るなら、箱を抱かせる。
抱かせると“あなた”が体温を得る。
体温を得た箱は、生き物になる。
予備(顔)が温かったのと同じだ。
僕は箱を床に置いた。
置いたと言うな。
でも置いた。
置いた瞬間、箱の底から軽い振動が伝わった。
振動というより、呼吸。
箱が呼吸している。
耳を当てると、かすかな音。
「……ひろって」
声。
母の声に似ている。
でも母じゃない。
回覧の声。
録音の声。
声(あなた)が燃えた後に増えた代替声。
僕は耳を離した。
離したと言うな。
でも離した。
聞いたら確定する。
確定すると増える。
増えると箱の中身が“あなた”になる。
06:45。
玄関の窓ガラスの向こうに、人影が見えた。
来た。
予定より早い。
早いと言うな。
でも早い。
町はいつも“先回り”する。
チャイム。
ピンポーン。
一定の間隔。
一定の呼吸。
僕はドアを開けなかった。
開けると“対応”になる。
対応は会話になる。
会話は声になる。
声は回収される。
だから開けない。
でも鍵が勝手に回った。
カチャ。
鍵が“内側から”開く音。
僕が回していないのに。
ドアがゆっくり開いて、自治会の女性が入ってきた。
靴を脱がない。
脱ぐ必要がないという顔。
家がすでに町の内側だから。
その後ろに、高橋。
確認係の目。
そして、拾いもの好きの男。
手にはタブレット。
赤い録音ランプ。
自治会の女性が微笑んだ。
「おはようございます」
「箱、届きましたね」
「……開けませんでしたか? えらいです」
えらい。
褒め言葉で罠を強化する。
褒められると安心する。
安心すると油断する。
油断すると開ける。
高橋が箱を指さした。
「抱いて」
「“あなた”を抱いて」
抱く。
落とし物を抱く。
拾って返すより、抱く方が深い。
深いほど、役割が染みる。
僕は首を横に振った。
振ると言うな。
でも振った。
拒否。
拒否が成立すると、増える。
代替が増える。
僕は増やしたくない。
拾いもの好きの男が、床に何かを落とした。
コトン。
まただ。
落とし物で沈黙を作る。
落ちたのは、小さな紙片。
黒い文字。
開けてください
……通知と逆。
開けないでください、の裏側。
矛盾を落として、選ばせる。
選んだ時点で責任。
責任になった時点で“脱”。
自治会の女性が穏やかに言った。
「二つの紙が揃いました」
「開けないでください」
「開けてください」
「……どちらも正しいです」
どちらも正しい。
最悪の言い方。
正しさが二つある時、弱い方が折れる。
折れると言うな。
でも折れる。
高橋が、僕の顔を見た。
「ねえ、脱」
「名前、返したよね」
「じゃあ今は“あなた”だけだ」
「“あなた”を確認しないと、生活できない」
生活できない。
第B「評価してください」みたいにインフラが止まるやつ。
この町はテーマを混ぜてくる。
逃げ場を潰すために。
自治会の女性がタブレットを差し出した。
画面。
「あなた:開封確認」
推奨:開けない
推奨:開ける
推奨:迷わない
推奨が三つ並ぶ。
推奨の意味が死ぬ。
死ぬと言うな。
でも死ぬ。
拾いもの好きの男が、箱の側面に貼られた小さなシールを剥がした。
シールの下に、細いスリット。
そこから紙が一枚だけ出てくるようになっている。
「全部開けなくてもいい」
「一枚だけ」
「一回だけ」
一回だけ。
またそれ。
一回だけが確定を作る。
紙がスリットから少しだけ出ている。
引けば読める。
読めば確定する。
でも全部開けるより軽い。
軽さで誘導する。
僕は、指先で紙をつまんだ。
つまんだ瞬間、箱がかすかに震えた。
震えると言うな。
でも震えた。
嫌がっているのか、喜んでいるのか分からない。
紙を引き抜く。
そこには、短い文。
「あなたは、もう拾われています」
拾われている。
僕が拾ったんじゃない。
僕が拾われている。
落とし物が人を選ぶ、の本体が来た。
続けて、紙の下に小さな印刷。
拾得者:町
提供者:脱
対象:あなた(本人)
本人。
僕が本人扱いされている。
でも名前は返却した。
本人なのに名前がない。
本人=役割の容器。
その瞬間、箱の中から“音”がした。
コトン。
中で何かが落ちる音。
落とし物の音。
自治会の女性が、にこりとした。
「中身、落ちましたね」
「拾ってください」
拾ってください。
箱の中で落ちたものを拾え。
開けるなと言いながら、拾えと言う。
矛盾で手を動かさせる。
僕のスマホが震えた。
通知。
> 本日 18:00 “あなた”を返してください
場所:神社(回収箱)
推奨:箱は開けないでください
副作用:箱が増えます
箱が増える。
開けないままでも増える。
開けたら確定して増える。
開けなくても増える。
増えるのが前提。
僕の抵抗は、増え方の形を変えるだけ。
高橋が、最後に言った。
「次は返す番」
「拾う側から」
「落とす側へ」
役割交代。
呪いの継承。
第Dの骨格そのもの。
僕は箱を抱えた。
抱えたと言うな。
でも抱えた。
体温が箱に移る。
箱が少しだけ温くなる。
温いと言うな。
でも温い。
“あなた”が、僕の体温で育つ。
(第27話・終わり)
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