第26話:一人で来てください(26/30)
📌【イラスト挿入①:夜の神社。参道の石畳が湿って光り、鳥居の向こうだけ“病院みたいに白い”】
(※プロンプトは前回のまま使えるよ)
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23:38。
家を出る時、玄関の靴が一つ多かった。
僕の靴。
それと、もう一足。
父の革靴に似ている。
でも父は病院にいる。
本物の父は、さっきまで僕の手首を掴んでいた。
多い靴は、誰のためだ。
考えた瞬間に、スマホが震えた。
> 23:59 神社(本殿)
推奨:一人で来てください
次:あなた(名前)と別れてください
一人で来てください。
靴が一つ多い。
矛盾が玄関に置かれている。
僕は靴を無視して外に出た。
無視しても成立する。
成立すると、あとから増える。
だから最初から増えている。
夜の道は静かだった。
静かと言うな。
でも静か。
静かすぎて、遠くの犬の吠え声がやけに人間っぽく聞こえる。
音が全部“声”に寄っていく。
声は回収されたはずなのに。
参道の入口に近づくと、鳥居の影が地面に伸びていた。
伸びる影は、まるで“指”みたいだった。
拾え、と指差す指。
鳥居の下に、白い紙が落ちていた。
黒い文字。
拾ってください
僕は踏まないように避けた。
避けたと言うな。
でも避けた。
踏んだら拾得にされる。
拾得にされると責任者になる。
責任者になると、押すしかなくなる。
でも紙は風で、僕の足にくっついた。
くっつくと言うな。
でもくっついた。
“避けた”という行為が、紙を動かす。
紙が動いたら拾得が成立する。
町はそういう因果を作る。
スマホが震える。
> 拾得:成立
対象:案内(本殿)
推奨:遅れないでください
案内を拾った。
拾ってないのに。
拾ったことになる。
この町では、意思よりも結果が強い。
参道を歩きながら、口の中が乾く。
乾くと言うな。
でも乾く。
泣くなと言われたから、涙が喉に引っかかっている。
声を回収されたから、言葉が喉の奥で詰まっている。
途中、社務所の窓が開いていた。
人はいない。
でも机の上にタブレットが置かれているのが見えた。
点灯して、同じ言葉を表示していた。
「一人で来てください」
誰もいないのに、誰かが見せている。
見せることで、命令が“現実”になる。
23:58。
本殿前に着くと、鈴が勝手に揺れた。
揺れる音が、心臓の鼓動と同じ間隔になった。
同じ間隔になると、身体が儀式に合わせられる。
賽銭箱の横に、白い封筒が置かれていた。
表に黒い文字。
あなた(名前)
返却
燃やさないでください
返却。
父(本物)の札と同じ言葉。
名前まで荷物。
名前を荷物扱いにされたら、人間の輪郭が薄くなる。
封筒の横に、さらに小さな札があった。
神社の木札みたいなやつ。
裏に、黒い文字。
“脱”は、すでに成立しています
確認してください
成立している。
僕が何をしようと、すでに“脱”が完成している。
完成したものを、僕に確認させるだけ。
確認は責任になる。
僕のスマホが震えた。
23:59。
> 開始してください
あなた(名前)と別れてください
推奨:一人で
本殿の脇の影から、誰かが出てきた。
高橋だった。
黒い目。
確認係の目。
関係は解除されたのに、役割は残っている。
高橋は淡々と言った。
「立会」
「名前の返却、確認する」
“立会”。
もう逃げ道が塞がれた。
一人で来てくださいは、最初から嘘だった。
町は“守ったのに破る形”を作る。
そうすると、罪悪感が増える。
罪悪感は謝罪を呼ぶ。
謝罪は声を確定する。
賽銭箱の横の鏡が、暗闇の中でうっすら光っていた。
鏡面は布で覆われている。
覆われているのに、“見ろ”と言われている気がする。
布は配慮じゃない。
布は“外す手順”を作るための道具だ。
タブレットが点灯した。
本殿の床に、最初から置かれていたみたいに。
「別れ:あなた(名前)」
手順:
1. 封筒を開ける
2. 中のカードを確認する
3. “返却”箱へ入れる
推奨:鏡を見ないでください
推奨:泣かないでください
推奨:謝らないでください
鏡を見ないでください。
鏡を使わない手順が書かれている。
じゃあ鏡は何のためにある。
“見ないでください”で、見たくさせるためにある。
僕は封筒に手を伸ばした。
伸ばした指が震える。
震えると言うな。
でも震える。
封筒の紙が温い。
温いと言うな。
でも温い。
紙が体温を持っている。
名前が生き物みたいだ。
封筒を開けると、硬いカードが入っていた。
免許証みたいなカード。
そこに、僕の名前。
“津田”の文字。
久しぶりに見る自分の名前が、やけに遠い。
遠いと言うな。
でも遠い。
カードの裏には、小さな印。
回覧:名前(あなた)
確認:23/全戸
もう回っている。
僕が知らない間に。
つまり返却は、最終工程じゃない。
回覧された名前を“回収”して、箱に戻す作業だ。
高橋がカードを覗き込み、言った。
「確認済み」
「……返して」
返す。
返すほど深くなる。
拾って返す。
返して拾う。
循環の中で、僕の輪郭だけが削れる。
賽銭箱の横に、小さな木箱があった。
蓋に朱印。
札が貼られている。
返却箱(名前)
僕がカードを入れたら、“津田”が返却される。
返却された名前は、町の保管庫へ行く。
僕は“脱”として残る。
残るのは、役割。
僕は箱の前で止まった。
止まると言うな。
でも止まる。
入れたくない。
でも入れないと増える。
増えると、代替(名前)が家に来る。
笑顔の僕みたいに。
その時、鏡の布が、勝手に少しだけずれた。
風はない。
でもずれた。
鏡面が一部だけ露出し、そこに——僕の目が映った。
目が黒い。
レンズみたいに黒い。
笑顔でも無表情でもない。
“確認係”の目。
僕はすぐ視線を逸らした。
逸らしたと言うな。
でも逸らした。
見たら確定する。
確定したら、加速する。
スマホが震えた。
> 確認:完了
返却:実行してください
拒否すると:代替(名前)が発生します
代替(名前)。
僕の名前を持った何かが生まれる。
それは僕じゃない。
でも周りはそれを僕と呼ぶ。
僕が僕じゃなくなる。
僕はカードを握りしめた。
握った手の中で、カードの角が少しだけ柔らかく感じた。
柔らかいと言うな。
でも柔らかい。
紙に戻りたがっている。
回覧板になりたがっている。
高橋が、短く言った。
「入れろ」
命令。
友達の声じゃない。
確認係の声。
僕は——箱にカードを落とした。
“返却”ではなく、“落下”。
僕が落とす側。
町の手順を、僕の手つきで汚す。
コトン。
箱の中にカードが落ちた音がした。
落ちた瞬間、胸の奥が空洞になった。
空洞と言うな。
でも空洞。
名前が抜けた穴。
タブレットが静かに確定した。
「別れ:あなた(名前)成立」
「返却:完了」
「以後、責任者は“脱”として扱われます」
高橋が一歩引いた。
引いたと言うな。
でも引いた。
仕事が終わったみたいに。
確認係は、確認が終わると消える。
僕のスマホが最後に震えた。
次の通知。
残り4話。
終わりへ向かう匂いが濃い。
> 明日 06:00 “あなた”を拾ってください
場所:あなたの家(玄関)
推奨:開けないでください
“あなた”を拾え。
“あなた”って何だ。
名前を返却したあとに、あなたを拾え。
拾った瞬間、僕の役目が次の段階へ行く。
(第26話・終わり)
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