第24話:別れを受け入れてください(24/30)
08:52。
会社の最寄り駅のホームで、僕はスマホを握りしめていた。
昨日の夜、病院で“声”が回収された。
その後の帰り道、僕は一言も喋っていない。
喋れないんじゃない。
喋ると、僕の声じゃない声が混ざる気がしたから。
混ざると言うな。
でも混ざる。
通知はすでに来ている。
09:00になる前に、予告として刺さっている。
> 09:00 “別れ”を通知します
推奨:受け入れてください
拒否すると:別れが増えます
別れが増える。
別れが増えるって何だ。
恋人と別れる?友達と別れる?
いや、もっと雑で、もっと残酷な別れだ。
“関係”という部品が剥がされる。
ホームの電光掲示板に、遅延のお知らせが出ていた。
でも文字が読めない。
読めないと言うな。
でも読めない。
文字は見えるのに、意味が抜けている。
第23話で言われた「言葉が削れる」。
削れた言葉は、こうやって世界の説明を奪う。
09:00。
スマホが震えた。
画面が、いつもより冷たく感じる。
> 通知:別れてください
相手:高橋
理由:安定のため
推奨:丁寧に
拒否すると:別れが増えます
高橋。
あいつが、友達のふりをして、ずっと隣にいた。
“確認係”として、僕を押してきた。
別れる?
別れるという言葉が、関係を断つ意味なら、むしろ良い。
でも通知は善意の形をして、毒を置く。
そして続けて、別の通知。
> 通知:別れてください
相手:父(本物)
理由:混線防止
推奨:会わないでください
父(本物)。
代替父じゃなく、本物。
本物の父と別れろ。
混線防止。
声が混ざる。
関係が混ざる。
本物がいると、代替が確定しない。
だから本物を切れ。
さらにもう一つ。
> 通知:別れてください
相手:あなた(名前)
理由:役割統一
推奨:脱として生活してください
……自分と別れろ。
名前と別れろ。
津田と別れて、脱だけになれ。
ホームに電車が入ってくる音がする。
でも人のざわめきが遠い。
遠いと言うな。
でも遠い。
世界の音が、僕から離れている。
声が回収されると、世界との接点が薄くなる。
改札を出て、会社へ向かう道。
同僚が「おはよう」と言ってくる。
僕は口を動かさない。
動かすと僕の声が漏れる。
漏れたら、スピーカーみたいに謝罪が出る。
第23話で学んだ。
だから黙る。
同僚は、僕の無反応に少し笑った。
笑ったと言うな。
でも笑った。
それが怖い。
笑いは回覧される。
笑いの“補正”が入る。
僕の不機嫌が、町の不安定として処理される。
デスクに座ると、PCの画面に見慣れないウィンドウが出ていた。
通知の形。
会社のシステムに似せた形。
「関係整理のお願い」
あなたの人間関係を安定化します
同意しますか?
ボタン:
同意する
あとで(推奨しません)
あとで、が推奨されない。
あとでにすると増える。
増える別れ。
別れの在庫。
在庫があるってことは、日常化してるってことだ。
スマホが震えた。
高橋からメッセージ。
「今日、昼会える?」
「話したい」
「……別れよう」
別れよう。
彼が先に言ってくる。
通知を受けたのは僕だけじゃない。
彼も受けた。
町は両方向に通知して、自己成就させる。
避けようとすると近づく。
通知のテーマが、ここで生きる。
昼休み。
高橋が会社の裏口で待っていた。
笑顔の角度が、代替父に似ている。
口角の固定。
目の黒さ。
でも完全じゃない。
まだ人間の揺れがある。
揺れが残っているうちに、切らせるつもりだ。
高橋が言った。
僕の声じゃなく、彼の声で。
「……脱」
「俺たち、別れよう」
「安定のために」
安定。
またその言葉。
それを口にした瞬間、彼は“町”になる。
僕は声を出せない。
出したら謝罪が混ざる。
だから、スマホのメモを開いて、文字で返す。
第1話の頃に使った“文字に切り替え”。
唯一の抵抗の型。
メモに打つ。
「なにが起きてる?」
高橋は笑った。
笑ったと言うな。
でも笑った。
そして、スマホを見せてきた。
彼の画面にも通知が出ている。
> 別れてください
相手:脱
理由:関係の重複
推奨:一度だけ謝ってください
一度だけ謝ってください。
謝罪が声を確定させる。
彼に謝ったら、僕の代替声が完全に僕になる。
だから謝れない。
でも謝らないと別れが増える。
増えた別れは、父や自分にも波及する。
高橋が、僕の肩に触れた。
触れたと言うな。
でも触れた。
その指先が、紙みたいに乾いている。
「謝って」
「一回だけ」
「そうしたら、終わる」
終わると言うやつは信用できない。
でも、“一回だけ”という誘惑は強い。
一回だけなら。
一回だけなら、町が満足するかもしれない。
その瞬間、僕の口が勝手に動いた。
僕の意思じゃない。
声が回収された後の“仮付与”のせい。
口が動くと、町の声が出る。
「ごめんなさい」
……まただ。
言ってないのに、言った。
僕の声で、完璧な謝罪。
高橋の顔が、一瞬だけ安堵する。
その安堵が怖い。
安堵は、成立の合図。
高橋が、静かに言った。
「確認済み」
彼の目が黒くなる。
レンズみたいに。
人間の揺れが消える。
スマホが震えた。
通知。
> 別れ:成立
関係:解除
副作用:記憶の再配置
推奨:思い出さないでください
思い出さないでください。
別れただけじゃない。
記憶を切る。
関係を削る。
彼との思い出が、回覧板の紙みたいにめくれて消える。
僕は高橋の顔を見た。
見たと言うな。
でも見た。
そこに“友達”はもういない。
確認係だけが残っている。
彼は背を向け、会社の中へ戻っていく。
振り返らない。
別れは、静かに終わる。
僕のスマホが最後に震えた。
次の通知。
一番嫌なやつ。
> 次:父(本物)と別れてください
本日 19:00 病院(裏口)
推奨:泣かないでください
また病院。
また裏口。
また泣くな。
別れは、回収の儀式になる。
(第24話・終わり)
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