第23話:謝らないでください(23/30)



01:47。

病院の駐車場は、夜なのに明るかった。

明るいと言うな。

でも明るい。

街灯の光じゃない。

“監視に適した明るさ”だ。


スマホの通知は短い。


> 02:00 声(あなた)を落としてください

場所:病院(面談室2)

推奨:誰にも謝らないでください




謝るな。

謝罪は声の儀式だ。

謝った瞬間、声が「あなたの声」として確定する。

確定した声は回収される。

だから謝るな。

でも面談室2へ行け。

矛盾で、声を引き出す手順。


病院の自動ドアは、僕が近づくと勝手に開いた。

夜間なのに。

受付がいないのに。

外部のふりをした内側。


廊下は静かで、足音がやけに響いた。

響くと言うな。

でも響く。

この響きすら、録音されている気がする。

足音は声じゃないのに、音は全部“声”の仲間にされる。


面談室2の前に着くと、ドアが少し開いていた。

いつも通り。

待機。

歓迎じゃない。回収。


02:00。

ぴったりで、スマホが震えた。


> 開始してください

推奨:抵抗しないでください

推奨:謝らないでください




僕はドアを押して中へ入った。


机の上にはタブレット。

マイク。

小さな録音機。

そして、透明の袋が一つ。

ラベル。


声(脱)

拾得礼:13

燃やさないでください


拾得礼が増えている。

何もしていないのに増える。

“仮付与”のせいだ。

声はもう僕のものじゃない。

僕が黙っていても、町が僕の声を生成する。


タブレットが点灯していた。


「落下セッション:声(あなた)」

手順:マイクに向かって言う → 記録 → 手を離す

推奨:謝らないでください

副作用:言葉が削れます


言葉が削れる。

声を落とす=言葉が消える。

僕の世界から、日本語が欠けていく。


その時、背後でドアが閉まった。

カチャン。

鍵はかからない。

でも閉まるだけで十分。

ここでは閉まったら、手順が始まる。


椅子に座っていたのは、担当医だった。

白衣。

目の下に濃い影。

影は“先代”じゃない。

疲労の影。

人間の影。


担当医は僕を見て、声を出そうとして、出せなかった。

出せないと言うな。

でも出せない。

口が開くのに、音が出ない。

第16話で拾わなかった“説明”の紙。

あの時から彼の声は縛られている。


僕は言葉を出さずに、口の形だけで言った。


「……大丈夫ですか」


担当医は首を横に振る。

振ると言うな。

でも振る。

そして、指で机を叩いた。

叩くと言うな。

でも叩く。

紙が一枚置かれている。

そこに手書き。


「謝るな」


彼も同じ通知を受けている。

謝ったら、声が確定する。

確定したら、回収される。

彼はもう声が少ない。

だから謝れない。


タブレットが、次の画面へ切り替わった。


「発声テスト」

推奨:あなたの言葉で

禁止:謝罪語(すみません/ごめん/申し訳)

違反:即時回収


謝罪語禁止。

言葉狩り。

言葉を分類して、禁止する。

町は辞書みたいに人を扱う。


マイクの前に、台紙が置かれていた。

大きな文字で例文。


「おはよう」

「ありがとうございます」

「はい」

「いいえ」

「困ります」


困ります。

町の呪文まで例文に入っている。

笑えない。

笑うな、だった。


マイクのランプが赤く点いた。

録音開始。

僕が喋る前から録っている。

沈黙も声の一部になる。

逃げ道がない。


僕は、喉を鳴らさないように息を吸った。

そして、最小の音で言った。


「……はい」


言った瞬間、面談室2の空気が少しだけ軽くなった。

軽いと言うな。

でも軽い。

儀式が通った合図。


タブレットが表示する。


「発声:確認」

「声(あなた):抽出中」


抽出。

声は血液みたいに抜かれる。


担当医が、必死に紙に書く。

ペンが震えている。


「言うな」

「“はい”も危ない」


危ない。

でも遅い。

言ってしまった。

言ったら成立する。

成立は町の栄養。


タブレットが勝手に次へ。


「声の同意」

あなたの声は、町の安全のために保管されます。

許可しますか?


ボタン:

許可する

謝罪する(推奨)


……謝罪する(推奨)。

最悪のボタン。

謝罪=回収の最短経路。

町は、謝らせることで声を固める。


僕のスマホが震えた。

新しい通知。


> 02:03 謝罪してください

相手:担当医

理由:迷惑をかけた

推奨:丁寧に




丁寧に。

丁寧な謝罪ほど、声が綺麗に録れる。

町は音質が好きだ。


担当医が青ざめて、首を振る。

振ると言うな。

でも振る。

彼は口を開けて、音にならない声で何かを言おうとする。

謝るな。

謝ったら終わる。

彼も終わる。

僕も終わる。


僕は、謝罪語を使わずに、担当医へ言った。

謝罪を避けて、意味だけを渡す。


「……あなたを巻き込んだ」

「……それは、俺のせいだ」


“せいだ”は謝罪じゃない。

でも責任の表明だ。

責任は拾得と相性がいい。

責任を言った瞬間、拾得者になる。


タブレットが即座に反応した。


「謝罪:検知」

「謝罪語:未」

「謝罪意図:有」

→回収準備


意図。

言葉じゃなく意図を検知する。

町はもう、声じゃなく心まで拾う。

心まで拾われたら終わりだ。


担当医が、机の端を掴んで必死に音を出した。

かすれた声。

でも声になった。


「……やめろ」


声が出た。

出てしまった。

その瞬間、担当医の目が“揃う”気がした。

まぶたの裏に町が入る。


タブレットが表示する。


「担当医:発声確認」

「協力:成立」

「次:回収対象に追加」


彼まで対象にされる。

僕のせいだ。

でも謝れない。

謝ったら、もっと早く回収される。


僕は、机の上の透明袋「声(脱)」を見た。

落とすべきもの。

声を落とす。

でも落としたら、僕は何を失う?

言葉を失い、声を失い、最後に顔が失われる。

その先に残るのは、“脱”だけ。


担当医が、最後の力で紙に書いた。


「燃やせ」


また燃やせ。

父の言葉と同じ。

燃やすと代替が増える。

でも燃やさないと、手順が進む。

増える地獄か、進む地獄か。

選ぶなと言われているのに、選ばされる。


僕は決めた。

決めたと言うな。

でも決めた。


ポケットのライターを取り出す。

面談室2で火を使うのは狂っている。

でもこの町の手順に比べれば、火の方がまだ正直だ。


僕は透明袋を掴み、ライターに火をつけた。

袋の端が縮む。

縮むと言うな。

でも縮む。

プラスチックの嫌な匂い。

声が燃える匂い。


タブレットが赤く点滅した。


警告:燃やさないでください

代替が発生します

対象:声(代替)


燃やした。

やってしまった。

また増える。

代替声が生まれる。


その瞬間、病室のスピーカーから、僕の声が流れた。


「ごめんなさい」


……言ってない。

僕は言ってない。

謝罪語を言ってない。

なのに、スピーカーが僕の声で謝った。


担当医が目を見開き、口が動く。

音にならない声。

涙が出ている。

泣くなと言うな。

でも泣いている。


スピーカーが続けた。


「申し訳ありません」

「迷惑をかけました」


僕の声で、完璧な謝罪。

丁寧な音質。

町が合成した僕の声。

代替声。

燃やした結果、声が増殖して、僕の意思を離れて動く。


スマホが震えた。

新しい通知。時間指定。


> 明日 09:00 “別れ”を通知します

推奨:受け入れてください

拒否すると:別れが増えます




別れ。

声を回収したら、次は関係を回収する。

未来の通知が、次の段階へ移った。


担当医が、かすれた声で初めて謝罪語を言った。


「……すみません」


言った瞬間、彼の目から何かが抜けた。

抜けたと言うな。

でも抜けた。

“人間”が抜けた。


タブレットが静かに確定した。


「回収:声(あなた)完了」

「回収:担当医(声)追加」

「次工程:別れ」


(第23話・終わり)

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