第7話:処理してください(7/30)



夜の神社は、昼より“人の気配”が濃い。

人がいないのに、人の都合だけが残っている場所。

回覧板の端が揃っているのと同じ匂いがする。


22:18。

車を鳥居の外に停めると、境内の砂利が暗闇に沈んでいた。

街灯は最小限。

でも不思議と足元だけは見える。

見えるように作ってある。

逃げる時じゃなく、進む時のために。


僕のポケットには、透明の袋――“拾得礼:2”。

中の爪が、袋越しに指に当たる。

軽いのに、生々しい。


スマホが震えた。

通知。


> 処理セッション:22:30

場所:社務所裏(掲示板横)

対象:拾得礼:2(爪)

推奨:捨てないでください




捨てるな。

持って来い。

持って来たら、何をする?

“処理”という言葉だけが、最悪の想像を増やす。


社務所の裏に回ると、あの掲示板があった。

古い木枠。

貼り紙が剥がれ、画鋲の跡が無数にある。

その横に、例の木箱――“返す箱”が置かれている。


でも今夜の箱は違った。

箱の前に、白いプラスチックの台が追加されている。

病院の受付みたいな台。

台の上にタブレット。

そして、台の横に小さな秤。


秤。

重さを測る?

爪の重さ?

冗談みたいだ。

でもこの町は冗談の顔で本気をやる。


そして、そこに人がいた。


昨日の自治会の女性。

佐伯さん。

そして、あの“拾いもの好き”の家の男。

さらに、見覚えのない数人。

老若男女。

目が揃っている。

手順の目。


彼らは僕を見るなり、深く頭を下げた。


「こんばんは」

「お疲れさまです」

「処理の時間です」


“処理の時間”。

まるでゴミ出しの日みたいに言う。


自治会の女性が一歩前に出た。

昼間より丁寧な声。


「津田さん」

「持ってきました?」

「拾得礼:2」


僕は袋を出した。

出した瞬間、空気が軽くなる。

軽くなると言うな。

でも軽くなる。

みんなが息を吐く。


佐伯さんが小声で言った。


「……ここからが、ほんとに深いから」

「早く終わらせて」

「目を合わせないで」


目を合わせると、何が起きる?

人の目は、手順の釘になる。


タブレットの画面が点灯した。

白地に黒文字。

見慣れたUI。

“許可する”に似た構図。


「返却処理:拾得礼(2)」

対象:爪(人間由来)

処理方法:奉納(暫定)

推奨:ためらわないでください


奉納。

神社に?

爪を?

奉納って、そんな言葉で包めるものなのか。


拾いもの好きの男が、楽しそうに言った。


「奉納ね」

「町の中で終わらせるには、これが一番」

「外に出したら“困る”から」


また町が困る。

便利な言葉。

人の倫理を押し潰すハンマー。


自治会の女性が指さした。


「まず、秤に乗せてください」

「重さを確認します」

「……それが、あなたの“深さ”になります」


深さが重さ。

重いほど深い。

浅いなら軽い。

でも爪一本で何が変わる。

と思った瞬間、恐ろしい可能性に気づく。


爪一本が“2”なら、もっと“上”は何になる?


僕は袋を秤に乗せた。

数字が点灯する。

0.7g。

軽い。

軽いのに、周りが少しざわついた。

ざわつくと言うな。

でもざわついた。


拾いもの好きの男が、嬉しそうに言う。


「いいね」

「綺麗な数字」

「今日の奉納にちょうどいい」


ちょうどいい。

何がちょうどいいんだ。

儀式の材料として、ってことか。


タブレットが次の画面に切り替わった。


「奉納手順」


1. 対象を“返す箱”へ投入



2. お礼を受領(拾得礼:2)



3. 口外しない(町の安定)



4. 次の拾得を準備




次の拾得を準備。

奉納して終わりじゃない。

奉納は次の準備だ。


自治会の女性が、穏やかに言った。


「箱に入れてください」

「入れたら、消えます」

「あなたの手から、町の手へ移ります」


“町の手”。

町が生き物みたいな言い方。


僕は袋を持ち直し、木箱の蓋を開けた。

中は暗い。

箱の底が見えない。

昨日は“消える箱”だった。

今夜も消えるのか。

それとも、違う形で残るのか。


僕が袋を落とす直前、ふと、袋のラベルの端が剥がれているのに気づいた。

ラベルの下に、さらに小さい文字が隠れている。


「提供者:津田 恒一」


――提供者?


拾得礼じゃない。

お礼じゃない。

“提供”。

提供って、僕が差し出したみたいな言い方だ。


僕は手を止めた。

止めたと言うな。

でも止めた。


自治会の女性の笑顔が、ほんの一瞬だけ薄くなった。


「……ためらわないでください」

「推奨です」


推奨。

推奨の反対は、危険。

危険の反対は、安心。

いつもの回路。


拾いもの好きの男が、低い声で言った。


「止めると増えるよ」

「増えると、次は爪じゃ済まない」


次は爪じゃ済まない。

その言葉が、僕の指を動かした。


袋を箱に入れた。

カタン。

小さな音。

そして、袋は消えた。

落ちたはずなのに、底にない。

昨日と同じ。

消える。

でも消え方が、気持ち悪い。

“消された”感じがする。


タブレットが、淡々と表示。


「奉納:完了」

深さ:2(維持)

口外リスク:低

推奨:お礼を受け取ってください


お礼。

またお礼。

終わらせるための餌。


佐伯さんが、僕に封筒を差し出した。

表に僕の名前。

そしてスタンプ。


拾得礼:2(奉納済)


中身は――千円札ではない。

今度は、写真だった。


古い写真。

色が褪せている。

写っているのは、神社の鳥居の前で笑う三人。


父。

母。

そして、幼い僕。


……家族写真だ。

僕の家にあるアルバムの写真と同じ。

でも僕はこの写真をここに持ってきていない。

写真の裏に、手書き。


「落ちていました」

「拾ってください」


落ちていた?

家族の写真が?

どこに落ちるんだ。

記憶の中か?


自治会の女性が、優しく言った。


「お礼は、“町が選びます”」

「あなたに必要なものを」

「……次の拾得のために」


次の拾得のために。

この町は、僕の“必要”を利用してくる。

父。母。過去。

必要なものほど、餌になる。


拾いもの好きの男が、ぽつりと笑った。


「いいね」

「それ、返すと深いよ」


返すと深い。

写真を返す?

どこへ?

神社へ?

家へ?

父へ?


スマホが震えた。

新しい通知。


> 明日 07:20 拾ってください

場所:病院(父の病室)

落とし物:家族写真

推奨:見せないでください




見せるな。

見せないで拾え。

拾って隠せ。

隠したら、秘密になる。

秘密になったら、処理が必要になる。


……骨格の11〜20に入っていく。

拾得物が“人の秘密”に変わる段階。


佐伯さんが、僕の袖をそっと掴んだ。

掴むと言うな。

でも掴んだ。


「津田くん」

「……病院で拾ったら、もう戻れない」

「拾う側じゃなくて」

「“落とす側”の匂いがつく」


落とす側。

僕は、いつから落とす側になった?


僕の手の中の写真が、やけに軽かった。

軽いのに、過去が重い。


神社の裏で、誰かが小さく手を打った。

パン、パン。

拍手。

奉納の拍手。


その拍手が、僕に言っている。


次は、もっと深く。


(第7話・終わり)

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