第17話 お仕置き筋トレ

 始まりの大きな街、レントの安宿を拠点に俺たちは冒険を繰り広げていていた。


 俺たちはウェイトトレーニングを中心に、毎日身体を鍛えて一ヶ月が経った。


 ギルドでほぼ毎日ブロンズランクのクエストも受け、実戦も経験させていた。


 シャルもリーナも見違えるほど強くなった。


 相変わらず、シャルはガラス細工を思わせるほど細いし、リーナは細腕の割りに太腿がむっちりしていたが。


 そして、今日は初の実戦らしい実戦。ゴブリンの盗賊団退治である。


「ひいいっ!」


「す、すみませんでしたぁー!」


 伸びたゴブリンたちが、子供が散らかしたオモチャのように散らばっていた。


 親分格らしい大柄なゴブリンが頭を下げる。


「お、俺たちが悪かったです! もう旅人を襲いません……!」


「もう悪さしない?」


 シャルが毅然とした態度で言った。


「しないしない!」


 親分ゴブリンが慌てて首を振る。


「ならいいけど」


 シャルはそう言うと、俺の方へ振り向いた。


 俺はハッとした。親分ゴブリンの目が赤くギラリと光ったからだ。手にした錆びた剣を振りかぶり、シャルに飛びかかった。


 俺はシャルを抱き寄せ、左腕で剣を防いだ。俺の前腕の筋肉に阻まれ、剣が弾かれた。


 ゴブリンが喫驚した。


「ひっ! 生身で剣を防ぎやがった!」


「シャル、大丈夫か?」


 シャルは高熱でうなされているように、真っ赤になって、無言でコクコクと頷いた。


 良かった。ケガはないはずだ。敵を前にして後ろ姿を見せたのは、あとでお説教だが。


「それにしても、うちのシャルを騙し討ちするとは……! 戦士の風上にもおけん!」


「ひっ!」


 ゴブリンが俺の圧力で小さな悲鳴を上げた。俺は指を鳴らし、空間魔法を発動させた。


 十数人のゴブリンたちの上にパワーラックとバーベルが出現し、轟音を立てて落ちる。ゴブリンたちはパワーラックの四本の支柱に閉じ込められた。


「よし、お仕置き筋トレの時間だぜッ!」


 俺は声を張り上げた。


 リーナがブルっと身を震わせた。


「出ました。マスターのお仕置筋トレ。リーナも週一ペースで、つまみ食いしてスクワットのドロップセットをやらされます」


 ドロップセットとは、例えば百キロでセットを組めなくなったら、八十キロに落としてまた限界まで追い込む、というマゾ向けトレーニングのことである。


 そんなリーナに、シャルは呆れの目を向けた。


「……やらされるって分かってても、つまみ食いするんだ」


「リーナは成長期なので常にお腹がペコいのです」


 シャルは小さな声で呟いた。


「でも、先生にトレーニング指導されるなら……わたしもつまみ食いしよっかな」


 一方、ゴブリンたちは俺のスキル、『お仕置き筋トレ』により、無理やりトレーニングさせられていた。


 ゴブリンたちは口々に悲鳴を上げた。


「な、なんだよコレよぉ!」


「もう足がパンパンだよ!」


「なんでスクワットしなくちゃいけないんだよぉ!」


「黙りねィ!」俺は怒鳴った。


「筋肉が足りないから……! その弱さが、お前らを犯罪に駆り立てたのだ!」


 俺はゴブリンたちのフォームをチェックしながら続けた。


「お前らをただ王国軍やら詰所の衛兵に渡すのは簡単だ。だが、再犯する可能性が遥かに高い! 悪を根治するには、筋トレしかないのだッ!」


「あ、悪だって!?」


「おうそうだよッ! 追い剥ぎなんかしやがって!」


「キツいよぉ! もうオラダメだよぉ!」


 別のゴブリンが喚いた。


 俺は鼓舞した。


「お前らには悪いモノが憑いてるのだ」


「悪いモノ……?」


 また別のゴブリンが息も絶え絶えで言った。


 うむ! と俺は頷く。


「お前らに憑いた悪いモノを追い出すために筋トレは必要なのだ! ほら、背中から……広背筋と僧帽筋と脊柱起立筋群からゆーっくり、ゆっくり悪いモノが出ていくぞ……」


 ゴブリンたちが淡く黄金色に輝いた。その表情は全員、憑き物が取れたかのように穏やかである。


 俺は満足し、指を鳴らした。パワーラックとバーベルが煙のように消えた。


「……すみませんでした。主よ」


 ゴブリンの親分が俺に平伏した。他のゴブリンたちもそれに倣う。


「これからは悪いゴブリンじゃなく、良いゴブリンとして生きていきます」


 俺は頷いた。


「おう! 死ぬまで生きろよ!」


 筋トレ中に、リーナが信号魔法弾を打ち上げてくれめいたので、すぐにギルドの衛兵たちがゴブリンを捕縛しにきた。


 俺は衛兵たちにゴブリンを任せ、一息ついた。


「……シャル、戦いに勝っても油断するなよ」


「……うん。ごめん。先生」


 シャルは俯いた。


 俺は元気付けるように肩を叩き、ふと気付いた。


「ムムッ! シャルの服、ほつれてるぞ」


「え? あぁ、わたしの服、古いから」


「年頃の女の子がそりゃいかん。そうだな、今日はゴブリンの一団を見事に退治したんだ。ご褒美に服でも買ったらどうだ?」


「いいよ、先生。わたし、コレ気に入ってるんだ」


「そうか? しかし、ほつれや破けが目立つぞ。装備も、いつまでもそんな初期装備みたいなのじゃいけないし」


 シャルは赤を基調とした服に、鉄の胸当てと革を使った軽装鎧姿だった。


 リーナが不満を漏らした。


「シャルだけズルい。マスター、リーナにも何か買ってください」


「しょうがないな。今日は肉料理にしてやるからそれでご褒美代わりな」


「やった!」


 リーナは小さくガッツポーズした。


 俺はシャルの装備に目をやった。


「お前は前衛なんだ。前衛は装備に金をかけないとな」


「でも、わたし、動きやすい装備の方が戦いやすいし。素早さ重視なんだ」


「フルアーマーを着ろなんて言ってないさ。胸当てや小手、その革の防具もグレードアップさせるといい」


「でも、借金もあるし……」


「シャルに装備を買うくらいはなんとかなるさ」


「ありがとう、先生」


「うむ。服も買ってやるぞ」


「いいんだ。コレ、おかっつぁんに買ってもらったやつだから、気に入ってるんだ」


「そう言われたら、何も言えねぇな。ただ、ほつれは修繕するから、宿に着いたら服を貸してくれ」


 シャルは素直に頷いた。


 俺たちは近くの村に宿をとった。


 ゴブリン盗賊団の退治はこれまでで最高の依頼料だったので、少し懐に余裕がある。俺は牛肉と各種食材を買うと、宿で調理した。


「牛肉の細切れをざっくり切り、醤油と砂糖と酒で煮込み……白菜とシイタケとコンニャクとエノキを入れて……」


「美味しそうです。今晩はご馳走ですね」


 リーナがはしゃいだ。


「なんていう料理ですか? マスター」


「うむ。今日はな、すき焼きだ!」


 ちなみに、この異世界は魔法が発達していて、魔導式船などもあるので、物流や交流が転生前の中世より盛んである。舶来品で少し値が張るが、白菜やシイタケなど東の国が原産の食材も買える。現地生産もされている。なので、すき焼きくらいは作れるのだ。


「よし、煮込む間、シャル……服を脱げ」


「へ!?」


 シャルが目を白黒させた。


「何を驚いてるんでィ。服の修繕をすると言ったろ?」


「あ、あぁ。そういうことね……でも、その間どうしよう」


「俺のマントと服を着てくれ。すまないが」


「うん、ありがと。先生」


 シャルはベッドの上で掛け布団に包まり、服を脱いだ。


 俺のなんてことのない青を基調とした服を着て、自分の服を渡してくれた。


「うむ。借りるぞ、シャル」


「うん。お願いね、先生」


 俺は日本人の平均身長くらいだ。この異世界でも、平均くらいである。ガタイは良いが。


 シャルは小柄で華奢なので、俺の服を着るとブカブカだった。……少し可愛いな、と不覚にも思ってしまった。


 シャルは照れた様子で、また布団に包まった。



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