第15話 特異性の法則

 お客様、と宿の店主がジークたちを睨んだ。


「分かった、分かったよ、もう」


 ジークは嘆息混じりに言った。


「とにかく、ショボい宿でもここに泊まるんだ。いいな、イゾルデ、グレイス。……チハル、僕は負けてないからな。いつか、その超絶美少女二人も僕のモノにしてやる」


 恨み言を言って、ジークはチェックインし、パーティ内で口喧嘩をしながら、一階の部屋に行ってしまった。


 店主が俺たちに平謝りした。


「大変、ご迷惑をば……」


「いやいや、アンタは何も悪くないだろ」


 俺はフォローした。


 シャルも頷いた。


「あの勇者一行を追い払ってくださり、ありがとうございます」


 店主はハゲた頭を下げた。


「それに、言いたいことを代わりに言ってくださってスッキリしました。……あとで甘い物でもサービスしますね」


 店主はそう言うと、小さく笑った。


 リーナが小さくガッツポーズをする。


「えへえへ。気にしなくていいのにね」


 シャルが笑うと、俺のマントの裾をぎゅっと握った。


「わざわざ言うことでもない当たり前のことだけど、わたしは先生にずっとついていくからね」


「リーナも。マスター、美味しいモノ食べさせてくれますし」


「……シャル、リーナ」


 俺は気恥ずかしさに、思わずそっぽを向き、言った。


「部屋で筋トレでィ! 今日は胸と肩と上腕三頭筋を鍛えるぞ!」


「はい! 先生!」


「照れ隠しに筋トレさせようとしないでくださいよ」


 リーナが呆れて言った。



 宿の二階の一室。


 俺が召喚したパワーラックとバーベルで、俺たちは身体を鍛えていた。


「ふぅ」


 シャルが一息ついた。ベンチプレスとダンベルプルオーバーとオーバーヘッドプレス、それにスカルクラッシャーと上半身や体幹を鍛えた。彼女はトレーニングを進んでやる向上心のある子だった。


 リーナもそれほど嫌がらず、しっかりとメニューをこなす。日に日に弓矢を引くのが楽になっていると言ってるので、筋力向上を楽しんでいるのだろう。


「シャルよ! ダンベルプルオーバーはしっかり記録を伸ばしてくれ!」


 俺は言った。


 シャルは素直に頷いた。


「分かった、先生! でもなんで?」


 俺は身体を鍛える喜びと、そして前のパーティではありえなかった、進んで学ぶ姿勢に打ち震えた。


「うむ! トレーニングの原則の一つに、特異性の法則というモノがあるんだが……」


「特異性の法則?」


「うむ。動作の特異性といって、トレーニングは目的の動きにあった鍛え方をすると良いと運動生理学の本、もとい、伝説ではそう伝えられている」


 俺は実際に腕をゆっくりと振り上げ、下ろした。


「上段に剣を構える動きは肩関節の屈曲と肘関節の屈曲だ。あと肩甲骨の上方回旋だな。振り下ろす際は、肩関節伸展と肘関節の伸展だ」


「う、うん。むつかしいことは分からないけど」


「つまり、ダンベルプルオーバーは剣を振り下ろす動作に近いんだ。特異性の法則でいえば、競技動作に近い動きをすればより良いとされる」


「剣の振り下ろしが強くなりやすいってこと?」


「うむ!」


 俺は満足気に頷いた。


「ベンチプレスやプッシュアップでも大胸筋や上腕三頭筋は鍛えられるが、ダンベルプルオーバーだとより自然な動作で筋肉に刺激を与えられるのだ」


「分かった! ダンベルプルオーバーの記録、伸ばしてみる!」


「マスター! リーナもちゃんと見てください! リーナを見て見て!」


 リーナがやかましく騒ぎながら、床からバーベルを引き上げた。四十キロのバーベルを床から挙げる。


 もう一般女性の平均的な筋力には達しただろうか。


「おう! リーナよ! 最初は筋肉付きやすいから楽しいだろう!?」


「はい!」


「いい返事でィ! 魔力による身体能力強化は誰でも出来るが、地力を鍛えてるのと鍛えてないのとじゃ大違いだからな!」


 俺はリーナに対し、右半身を出して横向きになり、左手で右手首を掴み、大胸筋を張り出した。サイドチェストのポーズである。


「しっかり励めよ! 俺のボディを目指して頑張ってくれ!」


「……いや、そこまではムキムキになりたくないです。シェイプアップしてメリハリのある、美ボディになりたいのです」


「てやんでィ! 生意気言いやがって!」


「それより、ラストセットです。リーナのデッドリフト見てください」


 リーナは前屈みになって股関節を引き、肩甲骨の真下にバーベルが来るように微調整した。


 ふむ、悪くない。


 教えをしっかり守っているようだ。


 リーナはぐっと股関節を押し出すようにして背筋を伸ばし、バーベルを腰まで引き上げ、十一レップ目で顔を真っ赤にさせた。


「も、もう無理限界ですぅ……!」


「無茶はいいが無理はするなよ! もう十分だ!」


「は、はい……ラストレップゥー!」


「ライトウェイトベイビー!」


 俺は転生前の世界の勇者、アメリカ合衆国が生んだ伝説のボディビルダー、ロニー・コールマンに倣って掛け声を出した。


 シャルも拳を突き上げ、叫ぶ。


「ライトウェイトベイビー!」


「イェア! ライトウェイトベイビー!」


 俺たちの掛け声にリーナは奮起し、最後のレップをこなそうとし――


 ズズズ……ズウゥン!!


 ――床が抜けた。


「きゃぁぁぁぁぁあああ!」


 リーナはバーベルと共に一階の部屋まで落ちた。大変だ! 一階の善良な宿泊客にご迷惑がかかる!


「いってぇぇぇえ!」


「な、なに!? なんなのよォォォォォォ!」


 真下の部屋はジーク一行だった。


 良かった。俺はほっと胸をなで下ろした。

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