第3話 すべてがAになる

〜最終日〜


 あかりは女神と2人、晩ごはんにスパゲッティクラブで作ったアクアパッツァを食べていた。今まで口にしたことのない食事だったが、今後も作りたいなと思える味にあかりは満足していた。


「なんかさ、もうちょっと味濃くてもいいんじゃなくて?あと、私推しのハチミツとマスタードも入れたほうがいいわよ」


「それじゃアクアパッツァじゃなくなるでしょ」


 女神カトレアの妄言を明かりは軽やかにあしらった。


「それでだけど……」


「はいはい、取り消せって言いたいんでしよ」


「……そうよ。タイムリミットまであと1時間しかないのよ!!」


 カトレアは鬼気迫る勢いで23時を指す壁時計を指さした。


「みたいね。こんな時間まで起こされるなんて地獄なんだけど」


「世界の一大事に早寝するなんて許さないから!!」


 普段夜10時には寝てしまうあかりを無理くり起こしていたのはもちろんカトレアだ。

 

「別に困ってないでしょ。誰も」


「困ってるのは私よ!このまま還ったら他の女神から総スカンよ!!」


「知らないし。天界の都合なんて」


「女神はみんな巨乳なんだって言ってるでしょ!私のせいでAカップになったなんて嫌よ、嫌嫌!!」


「女神も大変なんだね……」


 一瞬だけ同情しかけて、あかりは首を振る。

 このわがまま女神がなんと言おうが、もう元の世界に戻さないと固く誓ったのだから。



「だけど。貴方も、世界があまりに変わりすぎてないって本当は気づいているんじゃなくて?」


「んっ…………」


 あかりは痛いところを突かれた。この女神、アホそうで案外鋭いところがあるなと思った。

 世界が変わって以降、あかりはスパゲッティクラブに何度か顔を出したが、本当に何も変わっていないと実感させられたのだ。

 巨乳だからモテてると思っていた同級生は貧乳になってもモテているし、あかりに声をかけてくる男は全然いない。初めて付き合った彼氏が特異的なだけで、元々陰キャで寸胴体型なあかりは世の中が貧乳になったところでモテやしないのだった。


「……巨乳がいなくなっても、世の中に大した変化なんてないのね」


「そうよ。逆に言えば、巨乳がいたって歯車は変わらず回り続ける。それが人間世界なんだから」


「そう言って元の世界に戻してほしいだけでしょ」


「それが秩序なんだからいいでしよ!」


「体裁の間違いでしょ?」


「…………七割は体裁」


「正直!」


 嘘のつけない女神にあかりは唸った。


「ねえ」


 あかりが言う。


「このまま時間切れになったら?」


「願いは固定。永続的に」


「アップデート不可?」


「不可」


「じゃあ決まりじゃん」


「まだ決まってないでしょうが!」


 女神が羽衣をばさっと広げた。

 もう天界への旅立ちの時は近いらしい。


「あと3分!! 本当に後悔しないの!?」


「んー、するかも」


「えぇぇ!!するの!?」


「でもさ」


 あかりは壁にもたれ、天井のライトに目をやった。


「私、どうしても巨乳が許せなかったの。だから、みんなを巻き込んだ」


「最低ね」


「知ってる」


 あかりがにやっと笑う。


「でも、今さらやっぱやーめたって言うのもダサいし」


「プライドで世界を固定するな!」


「女神が体裁で世界戻すよりマシじゃん?」


「痛いとこ突くわね!」


 沈黙が走る。そして、残り10秒。


「……本当に、取り消さないのね?」


「うん」


「最後の確認よ?」


「しつこい」


「職務なの!」


「じゃあ私も職務。わがまま貫徹係」


「そんな係ないわよ!」


「今できた。私が係長」


 そして、カウントがゼロになる。

 この瞬間、世の中は固定された。BもCも根だやしにされた、あかりが望む世界が完成されたのだ。

 女神は目を閉じ、深く息を吐く。


「……確定したわ。Aカップ世界」


「おめでとう、共犯者」


「不本意よ」


「でもさ」


 あかりがくすっと笑う。


「この1週間、楽しかったわ」


「最悪な共有財産ね。私は最悪だったわ」


「あら、残念」


「貴方、反省してる?」


「1ミリだけ」


「少なっ」


「でも権利があったとて撤回は絶対しない」


「でしょうね」


 女神の身体が淡く光り始める。


「私は天界に戻るわ。報告書が地獄よ。女神達からのバッシングもね!」


「がんば〜」


「他人事!」


「だって私にゃ関係ないし」


 あかりは女神に背を向け、押入れを開けて布団を敷き始めた。


「……さようなら、わがままな人間」


「またね、体裁とバッシングに怯える女神」


「二度と来ないわ!」


「たまにはアクアパッツァ食べにきなよ」


 この会話を最後に女神カトレアの姿が消えた。

 部屋にはあかり1人が残された。


「これでようやく寝れる」


 肩をすくめてあかりは布団にもぐった。

 明日からもまた、今までと変わりない日常が待っている。ただ、巨乳貧乳の概念がなくなっただけの世界が。あかりは5分とたたないうちに眠りについた。


 こうして、すべてがAになったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すべてがAになる ゆいゆい @yuiyui42211

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画