5話

振り下ろされる質量。

 空気が悲鳴を上げる。


 七二一は、迷わず踏み込んだ。

 受けない。逸らさない。――撃ち抜く。


 拳と巨大な腕が衝突する。

 衝撃が足元の地面を割り、黒い紋様が閃きとともに波紋のように広がった。


 一瞬。本当に一瞬だけ、群体の再結合が停止する。

 巨大な腕が内側から軋み、ひび割れ――爆ぜた。


 だが同時に、砕け散った肉片が吸い寄せられるように七二一の腕に絡みつく。

 紋様が強く脈打つ。

 自分の心臓と、異形の鼓動が重なる。近い。近すぎる。


「離れろ!」


 一二七が横から滑り込んだ。

 閃光のような剣撃が、絡みついた肉を断つ。だが彼女は止まらない。

 踏み込みは深く、斬撃は荒い。


「来いよ……!」


 赤い瞳が群体を睨む。

 斬る。斬る。斬る。

 再結合が間に合わない速度での蹂躙。だが、斬るほどに数は増える。

 分裂した群体が、逆流するように彼女を囲み始めた。


「一二七、戻れ!」


 声は届かない。彼女の呼吸は乱れ、重心は完全に前のめりだ。

 群体が再び膨張する。今度は七二一ではなく、一二七を標的に。

 地面が裂け、無数の触手が突き出す。包囲。退路はすでに塞がれていた。


 七二一の拳が、再び疼くように脈打った。

 理解する。群体は自分に反応しているのだ。自分の“何か”に。

 ――なら。


 七二一は地面を蹴った。

 包囲の内側、一二七の背後へ滑り込み、その肩を強く掴む。


「見るな」


 低く、命じるような響き。

 そして。

 拳を、地面へ直接叩き込んだ。


 黒い紋様が地面に走り、衝撃が円形に爆ぜる。

 再結合が強制的に断ち切られ、群体の動きが鈍り、やがて音を立てて崩れ落ちた。


 沈黙。

 埃が舞う中、一二七の荒い呼吸だけが響く。

 七二一の腕から、ゆっくりと紋様が引いていく。だが皮膚の下には、まだあの忌まわしい「熱」が居座っていた。


 一二七がゆっくりと振り返る。

 その視線が、七二一の拳に落ちた。


「……今の、何」


 七二一は答えない。答えられない。


 そのとき。

 遠くで、地面が再び脈打った。

 今のはただの前座に過ぎないと告げるように。


脈動。

 今度は、さっきより深く、重い。

 地面の下。街全体が、一つの巨大な肺のように呼吸を始めた。


 一二七はまだ七二一を見ている。

 問いの続きを飲み込んだまま、その赤い瞳が彼の拳を射抜いていた。


 七二一は拳を握り直す。

 熱はまだ残っている。だが、制御できないほどではない。


「終わってない」

 短く告げると、一二七の視線が前へと戻った。

 戦闘の顔に切り替わる、その速さ。

「うん」


 それ以上は聞かない。聞かない代わりに、彼女は隣に立つ。

 距離は半歩。さっきより、ずっと近い。


 地面が裂ける。

 今度は一点ではない。放射状に、広範囲に。

 黒い肉が地中からせり上がってくる。先ほどの群体とは密度が違う。重く、確かな殺意を孕んだ圧がある。


「……核が、下にいる」

 七二一が呟く。

 散らばっていた群体の破片が、一斉に中心へと流れていく。再結合ではない。これは、巨大な「一」への収束だ。


 一二七が剣を構える。

 今度は踏み込みすぎない。七二一の呼吸を、その肌で測るように合わせている。


「行ける?」

 小さな、確認の声。


 七二一はわずかに顎を引いた。

「合わせろ」

 一二七の口元が、わずかに上がる。

「最初から、そのつもり」


 地面が崩落し、巨大な影が地下から這い出した。

 群体の本体。この街の鼓動、その正体。

 黒い塊の中心で、赤い光が凶悪に瞬いた。


 七二一の拳が、わずかに反応する。

 呼ばれている。――だが、今度は引かれない。


 踏み出す。

 同時に、二人の足音が重なった。

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