2話


 宿舎の壁は、広間と同じ石造りだ。

 支給された硬いベッドに横たわると、背中から体温が吸い取られていく。本来なら、それで「七二一」に戻れるはずだった。


 ――トク。


 鼓動が、耳の奥で鳴り止まない。

 任務中に一度だけ跳ねた心臓が、今も内側をせっついている。


 暗い天井を見上げる。

 視界の隅に、砂嵐のようなノイズが混じった。


 瞬きをしても消えない。

 やがてノイズは形を持ち、無機質な石壁に、うっすらとした「線」を描き出す。


 あの時、異形の中に見えた終わりの場所。

 それが、何もないはずの壁に走っている。


(やめろ)


 思考が、わずかに濁る。

 淡々とした「僕」に戻ろうとするのに、指先が震え、シーツを掴んだ。


 熱い。


 喉の奥に残る、乾いたひりつき。


 僕は――いや、俺は。


 震える手をかざす。

 五本の指。その肉の下、骨の継ぎ目に、線がある。


 この線に刃を重ねれば、俺も。


 ぞっとする感覚と、吐き気を伴う全能感が、脳裏を焼く。

 正体は分からない。ただ、この衝動を、心臓の奥の塊を、俺は「熱」と呼ぶことにした。


 誰にも言えない。

 言葉にした瞬間、七二一でいられなくなる気がした。


 目を閉じる。

 ノイズが薄れ、鼓動が静まり、重さが戻るまで。


 ……街のどこかで、鐘が鳴る。

 均衡の、朝が来る。


 同じ頃。


 協会最深部。

 無人の記録室で、一台の端末が音もなく起動する。


 膨大な「正常」の記録の最下段に、青い文字列が灯った。


《721:再計測待機

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