『ムネモスの秤』

@kuroyasu1027

1話

番号で呼ばれるのには、もう慣れている。


「登録番号、七二一。前へ」


 石造りの広間は、朝の光を受けても冷たい。高窓から落ちる白が、床に刻まれた紋章を淡く照らしていた。二皿の秤。針はまっすぐ上を向いている。


 七二一。それが、いまの僕の名前だ。


 孤児院から協会へ送られた子どもには、まず番号が与えられる。均して扱うためだと教わった。重さに偏りが出ないように。


 均衡を乱すな。

 感情に傾くな。

 与えられた役目を果たせ。


 監査官が書類を閉じる。


「初任務。三区画外縁。小型異形の討伐。班行動だ」


「はい」


 武器庫で渡されたのは量産型の短剣。装飾はない。握りは硬く、刃は鈍色だ。

「誰が使っても同じ結果になるよう作られている」と教官は言った。


 手に取る。


 軽い。


 重さが、あまりにも素直だ。


「七二一、遅れるな」


 外縁区画は、崩れた都市の残骸だった。瓦礫が積み重なり、空気はわずかに濁っている。


 影が揺れた。


 犬ほどの異形が這い出る。四肢は不揃いで、表面は黒く濁っていた。


「囲め! 削れ!」


 三方向から間合いを詰める。

 隣の隊員が踏み込み、短剣を叩きつける。


 ――ガギィ、と嫌な音。


 刃が弾かれ、火花が散る。

 何度も振るうが浅い。異形が跳ね、隊員の腕を掠める。血が飛ぶ。


 泥臭い消耗戦。

 それが、普通の戦いだった。


 その光景のなかで。


 ――ああ。


 見える。


 黒い体の奥に、細い白線がある。


 そこが、「終わる場所」だと分かる。


「七二一、待て!」


 制止を背に、足が前へ出る。


 呼吸は浅い。


 刃を、線に重ねる。


 振る。


 抵抗は、薄い。


 鈍色の刃が、静かに異形を断つ。


 動きが止まり、崩れ落ちる。


 砂埃が沈む。


「……急所を断ったのか?」


 隊長の声に、わずかな驚き。


「もう、終わっていました」


 自分でも不思議なくらい、声は静かだ。


 そのとき。


 崩れた腕が、びくりと跳ねる。


 まだ、残っている。


 線が、少しだけ深い位置にある。


 心臓が、一度だけ強く打つ。


 熱が喉の奥を掠めた。


「下がって」


 言葉が零れる。


「……俺が、やる」


 地面を蹴る。


 世界の音が遠のく。

 ただ一本の線だけが、視界に残る。


 刃を重ね、押し込む。


 何かが、静かに切れた。


 異形は完全に沈黙する。


 風が通り抜ける。


 短剣を握ったまま、しばらく立っていた。


「……七二一」


 隊長の声が、低い。


 僕は瞬きをする。


「終わりました」


 刃を下ろす。


 任務は成功だ。


 報告端末が淡く光る。討伐完了の表示。


 その隅で、計測限界を超えた数値が一瞬だけ跳ね上がり、すぐに消えた。


 数値は消えた。

 それで終わりだ。


 誰も気づかない。


 僕も。

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